*****5 勝手な報酬
それからが散々であった。
結局、歩廊座雑貨店に入ってからも神崎の態度は変わらず、一樹を翻弄し続けていた。
神崎友也。退魔四大家の一つである『白狐』に所属する術師の一人であるらしい。
端正な顔立ちと、人懐こい話し方。
あんな出会い方をしたにも拘わらず、一樹相手にも友好的に微笑んでみせる姿からは、同年代には思えない妙な貫禄すらあった。
店番の鈴女は顔見知りなのか、飄々としている神崎を上手くあしらってはいたが、初対面である一樹は席についてからまだ数分にも関わらずすでに疲れきっているのであった。
二人の話から察するに、どうやら昨夜の出来事はやはり依頼の最中の出来事であったらしい。一瞬、鈴女が咎めるような目で一樹を見やったが、神崎のトーンに飲まれ、一樹は難を逃れたのかもしれなかった。
すかさずフォローを入れてくれるのは有り難いやら情けないやら、一樹としては微妙な気持ちではあるが、今は二人の話を黙って聞くしかない。
「つまり、憑いた妖異特定を探っている最中に一樹と出くわしたと、そういうわけじゃな?」
「そう。で、依頼人に危害が及びそうになった所を一樹君が術式でかばってくれたってわけ。ねっ、杉本さん」
「……はい」
一樹の向かい、神崎の隣に座っている女性はか細い声でそう呟いた。
先ほど店先でカップルに見えたのは実は神崎と依頼人、杉本の姿だったのだ。
昨夜に一樹が祓いを施した女性である。
見た目には傷も無いように思えるが、若さの割に生気が薄く感じられる上に先ほどから挙動がおかしい。視点が定まらず店内のあちこちを目だけで追っているようだが、何故か神崎は気に留めないらしかった。
「だ~か~ら~、お上には報告無しでお願いしますよ、鈴女ちゃん」
そっと何かを鈴女の手に握らせたのは気のせいではないだろう。
「これは! ……し、仕方がないのぅ。此度の事はわしの胸の内に仕舞っておこう、うむ!」
ちらりとそれを見やり、キラキラと目を輝かせた鈴女は鼻息を荒くしている。
(こんなんでいいのか梟ノ社)
「で、ね? 今後の話。依頼人からの期日も迫っている事もあるしって事で応援を頼んでいた件なんだけど、今回の任務、一樹君に手伝ってもらいたい。いいかな」
「えっ、いや、それは。え?」
いきなり回ってきたお鉢に、ぼうっと事の顛末を聞き流しつつ片肘をついていた一樹の顎がガクッと落ちた。
目の前の神崎は一樹の方を見やり、小首を傾げていた。
その表情は何だか色っぽい様な気もしてくるから不思議だ。
「なるほど? 梟ノ社としては他の者に任せ、一樹にはその補助をと思っておった所だったが、白狐から直々の申し出とあらば仕方ない」
(ちょっ、何が仕方ないんだ鈴女っ)
忙しなく鈴女と神崎の顔を交互に見やる一樹を面白そうに神崎は見つめている。
「で、オッケーかな?」
「橘家としては問題ない。好きに使うがよいぞ」
「んなっ!? す、少しは考えて答えろよ、鈴女! 俺は納得いかない!」
「たまには真面目に依頼をこなすのも良かろう? 神崎は『白弧』の若手ほーぷじゃぞ? ちなみに歳は一樹と同じじゃ。しっかり学んでこい!」
ぴしゃりと言い放ち、鈴女は店の奥へと姿を消した。
「あ、もしかして一樹君もその高級ひまわりの種欲しい? 仕方ないなぁ~」
「いらねーよ!」
目の前に差し出された小さな袋に一樹は思いきりソッポを向く。
「残念。美味しいのに」
と神崎は笑い、殻を剥くと器用にその中の一粒を口の中に放り込んだ。
当の一樹はというと、ウィンクする神崎に恨みがましい目を向けることしか出来ないのであった。