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*****4 歩廊座の円卓

『なぁ一樹、そないに仏頂面せんでも。せっかくの男前が台無しやで、おっちゃん悲しいわ~』

 頭上からとぼけた声が降ってきた。

 わざわざ顔を上げることもない。前髪を掠めそうになる翼を鬱陶しげに払いながら一樹は大きく息を吐き出した。

「いいから、今日の呼び出しの内容は? どうせ伝書ノ鳩で知ってるんだろ? フク」

 あれから最低限の身支度を整え、一樹は家を飛び出したのだった。

 フクの言葉が気にかかった一樹は歩きながら荒っぽく手櫛で髪を整えはじめる。しかし細く柔らかい黒髪は緩くパーマを当てたようにはねたままだ。

 昔よりは短く切ったものの、背が低めというのも相まって、後ろ姿は女子に見間違われる事もある一樹の闇は深い。

 特に今期の冬は幾度とそれが重なり、徐々にストレスが溜まっている日々を一樹は過ごしていた。

 それがまさか母が見立てたダッフルコートにあろうとは夢にも思っていないようだ。

『んー、今朝の早くにやったかいの、こっちに到着したのは。内容は、やっぱり昨夜の事らしいで。えーと、詳しくは歩廊座雑貨店にて、やて』

「やっぱりか。なに、祓う事だけしたから何か文句あるとか? もしくは祓いきれてなくて、あの女の人がまた暴れたとか?」

『それを儂に聞かれてもなぁ』

 と言いながら、フクは慣れた風に大通りから脇道へと消えてゆく。

 続いた一樹はフッと一瞬視界が光源を下げたのを感じ目を伏せた。

 裏通りではないが、メインストリートから外れた場所に歩廊座は店を構えている。

 退魔の依頼は勿論のこと、退魔師御用達の品を多く扱うのもその特徴で、実際に一樹も何度かここで装備品を見繕ったこともあるのだが。

「あれ?」

『先客さんか?』

そこから少し歩いた頃だろうか、もうすぐ目的の店が見えてくると一樹が思った矢先。

 店先に捉えた人影に思わず一樹は足を止めてしまった。

歩廊座は同業者も多く利用する。それは親族も然り。

(もしかして鈴女が他に誰か呼んだのか?)

 先述した通り、一樹は親族にあまりいい顔をされていない。自然と足が重くなるのは当然だろう。しかし、どうやらフクには違う様に映ったようだ。

『なんや? カップルさんやからって気にしてるんか一樹は。今更ええやんか気にせんでも』

 思わず一樹のこめかみが波打つ。

『まだ16やろ? まだまだこれからやって! 彼女くらいすぐにできー』

「うるせーよ!」

 本日の一樹はいつにも増して機嫌が悪い。

『んぐはぁっ!! ……や、な、なんでや一樹』

 一樹の裏拳を食らったフクは、ヒュルル~と漫画みたいな音を立てて墜落した。

 足をピクピクと痙攣させているフクを踏んだことに恐らく一樹は気づいていない。

「そうだな。俺だってこんな家に生まれなきゃ普通に過ごせたよな。ああ、きっとそうだ」

 フクが言った「今更」が引っ掛かっている橘一樹、16歳。

 所謂お年頃である彼はお年頃であるがゆえの悩みを常に抱えているのだった。

 友達とふらっと出掛けてバカ騒ぎをしたり、人並みに恋愛だってしたい。

「お前に俺の気持ちが判ってたまるかってーの。って、あれ? フク?」

「変な梟なら、あっちに倒れてるけど」

 振り返りかけた一樹の身体が一瞬にして固まった。間近に人が立っていたのだ。

「えと、はい」

 至近距離だというのに、全く気配を感じなかった。

「君の眷属でしょ、アレ。というか、もしかして君が橘家から派遣されてきた術者なのかな?」

 一樹の呟きに答えた栗色の髪の少年は、目が合うと一瞬きょとんとした表情の後、「なるほど」と独り言のように呟いた。

 口ぶりから、どうやらこの少年は一般人ではないらしい。

「これも運命ってやつなのかな? 皮肉だね~」

 右の掌をクイッと空に向け、大げさに溜息一つ。

「え? ……あっ」

「やっと気づいた。昨夜はどうも。神崎友也です」

 気を取り直した風に続いて一礼した少年は茶目っ気たっぷりに名乗ってみせた。

 ウィンクしていた左目元の黒子(ほくろ)が眼差しを大人びて見せる。年は一樹と同じ頃だろうか、視線を合わせるには少々上目遣いになってしまうのが腹立たしいが、しどろもどろ挨拶を返した一樹に、神崎と名乗った少年は「行こうか」と先を歩き出した。

「昨日の事は両成敗ってことで、お互いお上には黙ってようか。知られると、爺婆が五月蠅いからね~」

「え……あぁ、はぁ」

「君も理由知っていたら、まさかあんなことしなかったでしょ? あ、そういえば君の名前は?」

 ひどく曖昧な返答にも構わず神崎は続ける。

(昨夜に突如出現した謎の人物とまさかこんな形で再会してしまうとは……)

 何とか自らの名前を絞り出した一樹は気が気ではなかった。

 神崎の口ぶりから何かの依頼の最中であることが窺えるのも、一樹を挙動不審にさせているのだった。あくまで内容によっては、だが。神崎の依頼の邪魔をして失敗させてしまったのかもしれないのだ。これが梟ノ社に知られると、より一樹の立つ瀬がない。

 関知しない内容だったにしろ、一族の者として、もう少し慎重になるべきだったと何らかの処罰を受ける可能性がある。

 だがそれは、一樹だけの話だ。

「でも、神崎さんは」

「ああ、俺? 俺は男女問わず黒髪の子には特別だからさ」

 意味深に笑って一樹の頭を撫でる神崎に見事に一樹の身体は固まった。

(全力でよろしくしたくない)

 いい奴だなんて一瞬でも思った自分が馬鹿だったと、一樹はムッとする。

「これからよろしく、一樹君」

 そこらの女子ならとろけそうな微笑みも、こめかみが引きつってしまっている一樹にとっては神経を逆撫でするものでしかない。

 無言で手を振り払い、これ以上にない速さで一樹は店の扉を開けた。

「いいじゃーん、冷たいなぁもう」

 後にも先にも行きたくないだなんて、なんなんだ。ああなんて日だ!


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