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*****3 眠らない庭の記憶


「いい夢って、見れないものなんだな……」

 ベッドの上、見慣れた自室の天井に呟く。案の定寝覚めが悪い。

 夢を見たせいもあるのかもしれない。

 それはまだ幼い頃の夢。

 あれは言われるまま訓練に出された時の情景だった。

 その時は、今と違ってまだマシだったのかもしれない。何も知らず、わからないからこその、だけれど。

『なんや一樹、また悪い夢でも見たんか?』

「もう起きてたのお前」

『目覚め一発目から冷たい視線やめて~や。わし、一応ご神木の精やで!?』

 許可なく肩に止まるな。重い気がするんだよ……と、低い声で呟いた一樹の目は座っている。

『まあまあ、エエやん? それよりやっぱり行くんやろ? 歩廊座』

 フクの一言に一樹は口籠る。

 今はまだ冬休みで新年の顔見せも終わったし、ようやく自由になったと思いきや鈴女から連絡があって今日は店に行かなくてはならなくなっていた。

 たまにこうした呼び出しはあるのだが、昨日の今日だけにものすごく嫌な予感がしている一樹の足取りはひたすら重い。

「とりあえず行くしかないか。面倒だけど」

 部屋から一歩出ると、身が縮こまるような寒さに包まれた。今朝もよく冷える。

 にも拘わらず、一樹は数歩の所で立ち止まっていた。

 庭に面した縁側。そこから広がる風景にいつも一樹は驚かされる。しっかりと手入れされた日本庭園は見事の一言なのだが、その季節感がいつも不自然なのだ。

 今朝は紫陽花が青く色づき咲き乱れ、その周囲を見たことのない蝶が舞っている。

 紫陽花の葉に浅く積もった雪が朝の光をキラキラと反射している様は美しいとは感じるが、不自然さがその感情を大いに妨げる。そうしてこうした気持ちを忘れまいと、毎朝一樹はとりあえずここに座るのだった。

 瞬きをしてもそのままの、あべこべなこの風景を忘れない為に。

「はあ」

 息が白い。ずり落ちたカーディガンを肩に掛け直すと、一樹は両膝の間に顎を埋めた。

 青々とした木々の間から、庭の手入れをする者達が見える。

 時折風景に溶け込む様に浮かんでは消えるのを繰り返すその者達は、一樹に気が付くと嬉しそうに笑い、手を振ってきた。

 だが、一樹は見たくはもないと言わんばかりにその瞳を閉じる。肩にとまったフクが、代わりに羽を揺らした。

「!」

 その羽音に一瞬だが一樹の動きが遅れた。

 片手をつき転がりながら避ける。その動きを追う殺意から連続で飛び退くことで何とか難を逃れたが、お気に入りのカーディガンが無残に犠牲となっていた。

「くっそ」

 床に刺さった苦無の一つを引き抜きながら舌打ちをする。

 多少の余裕はその気配を捉えている為、その筈だった。

「!」

 だが次に感じた冷たい感触に一樹の動きがピタリと止まる。一樹の喉が鳴った。

 背後から現れた手が自身の顎下にある事をやっと認識する。その手に握られていたのは鈍く光る小刀。 

 一樹が身構えた時には左手は背中に回され強い力で捻り上げられていた。

「親父……」

 橘家では毎日こうしたことが繰り広げられていた。

 退魔師の家系に生まれたがゆえ仕方のないこと。そう言われてきた。

 妖魔と対峙する時は、昨日のような有利な場面だけでは勿論ない。不意に備えた日々の鍛錬、その継続こそ咄嗟の時に活きてくるというのが、今一樹の背後にいる人物、一樹の父である寿一の口癖だ。

「まだまだだな一樹」

 一樹の顔が歪む。

 やっと小刀は離されたが、チリッとした痛みがそこにある。

「今日すでにお前は一度死んだぞ」

 返事の代わりに一樹はその人物を睨み上げた。

「離せよっ。ったく」

 橘寿一。一樹の父であり、退魔業を営んでいる橘家の組織である『梟ノ杜』の現代表である。

 すでに白髪だがその眼光は未だ鋭い。足早にその場を去る一樹を黙って見つめる様は、あのフクが黙って付いていくほど中々に迫力だった。







 数ある退魔の家系の主力である四つの家系。その筆頭に記されている二つ名がある。

 『睦月』『水無月』『葉月』『極月』

 それらは四季の陰暦の呼び名の一つである。それぞれ一族は十二の月を四季で区切り、古来より守護の任に当たってきたとされているが、その代表の名に二つ名が使われ、代々受け継がれてきたらしい。継承される者の条件としては、力の強さ、血縁、依り代との相性。様々に理由はあるが一樹ら橘家は何代か以前より血縁者で継承されてきている。

 そして、継承者の証として受け継がれるのは依り代と呼ばれるものだった。

 継承者の力の象徴と言えるそれは様々なモノに宿り、常に継承者と共に在る。

 前継承者は一樹の父、橘寿一。刀を依り代とし『睦月』を名乗っていた。

 だが、ある時より寿一は前線から退くようになる。そうしている内に一樹を授かり、歳も取った。そろそろ次の継承者をと、一族間では囁かれ始めていたのである。

 しかし当の息子の一樹はというと御覧の通りであり、日々鬱々とした気持ちを持て余していたのだった。




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