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*****2 理論の外側の内

「あれ? ここ近道だったと思ったけどな」

 この辺りに来るのは毎年の恒例行事の時だけだが、道に迷うほどではなかった筈だ。

 明らかにおかしいと一樹は数歩で足を止めた。その時だった。

 ジジ……と頭上の電灯が点滅を繰り返していたかと思うと、いきなり闇に目を奪われてしまうような眩暈が一樹を襲った。

 胸に走る予感。ハッと振り返ってみると、何故か来た道が暗い。まるでそれは絵の具で塗りつぶした様な穴あきの風景。視界の所々が黒くなっているように一樹には感じられたのだ。

「マジか、勘弁しろよくそ」

 急いで制服のポケットから出した札を足元に貼り付ける。片手で印を切ると札が淡く輝き出した。蛍の様に一樹の足元を照らし出した無数の光は地面から少し浮いて自立している。

 一樹は屈み込み息をひそめた。

『ホロゥ。また鎮めるんか~?』

「遅いぞ、フク」

 とぼけた顔の梟がぱたぱたと一樹の肩に乗ってきた。

 フクと呼ばれたこの梟は自宅の庭の大木を依り代にする梟の精で、幼き頃より一樹の側にいる眷属だ。

 周囲の景色から浮かび上がってきたかの様に、ごく自然とそこにある。一樹達には見えるモノ達。

 自然界すべての生あるものから出現するそれは負も正もあり、時に具現化することがある。人はそれを霊体と呼ぶのだろうか。

 人の心の内に生まれいずる。そうしてそのまま世の綻びに身を潜める物の怪・妖魔の類とされるそれは、驚くほど当たり前に常に一樹の側にあるものだった。

 ただ普通の人には上手く認識出来ないだけなのである。時に障りとなって害を及ぼすことで垣間見えることもあるが、基本闇夜に蠢いているに過ぎない。

 だが、時にそれらは脅威となる。その地を、その者の血を汚し、何もかもをとり込もうとしてくる。生者から奪ったモノを利用し、現世で暴れまわる妖異の類も存在していたと記されている程だ。 

 それらを鎮め浄化し、消滅させる責務を担っている存在。それが一樹達の家系が代々なしてきたことであった。

 元は一つだった退魔の血筋は年月と共に分かれ、今では主となる家系は十程になるという。その中で大きな力を持つとされる四季を守護する四つの家系があった。

 その内の一つが一樹の父が当主を務める『橘家』なのである。


『見たとこ極度の障りが原因かもしれんな』

「ちょっと離れてるけど、大丈夫だよな?」

『いけると思うで~。というか、憑いてるモノを探って突き止めなアカンのとちがうか? また祓うだけかいな』

 フクの言葉には敢えて聞こえていないフリをする。

 数メートル先に佇んでいる女性の顔は黒い煤煙で包まれていて一樹からは見えなかった。ぶつぶつと独り言を言いながらカクカクと小刻みに震えている様は見ていて不気味でしかない。

 今は札の力でこちらの存在は悟られてはいないが、いつ覆るかしれない。

「風よ……」

 額に意識を集中して紡ぐ。

 すると、緩い風が鈍い音を立て一樹の頬を撫でていった。

 額に淡い光が発現する。浮かんだ光の文様を掌に移し、それを女性の方へ向け一樹は投げるように放った。

 書物に記してあるような大きな術ではない。その筋の者なら使えるような簡単なものだが、直系、そして眷属であるフクがいることでそれなりの威力を発揮するに至る。

 発生したつむじ風は女性の足元からすくう様に這う。それはパキンッと乾いた音を響かせ、彼女を覆っていた煤を静かに霧散させたいた。

 女性はその場に崩れ落ちたようだ。

「大丈夫かな」

 駆け寄って女性の肩を起こす。

 はらりと落ちた髪から覗く表情は顔色こそ悪いが穏やかな寝顔に見える。

 ほっと一樹は安堵の表情を浮かべた。

「あーあ、もう少しだったのに余計な事してくれちゃって」

 その時、静かな場所に突如として声が響いた。けして大きくはないのに、それははっきりと一樹の耳に届いた。

 思わず身じろぎ、息を呑む。どくどくと一樹の心臓は飛び出そうに鼓動を打っていた。

「だ、誰?……」

 あまりに虚を突かれ上手く動けない。

 屋根の上に佇んでいた人影はその場から動こうとはしなかった。鼻で笑われた気がするのは気のせいではないだろう。ちかちかと点滅する電灯の光が映し出す表情は上手く読み取れないが、声音から同世代の男と判った。

「まぁいいや。じゃあね~。また最初からだ」

 電灯の光が消える。そうしてその影もまた気配を絶ってしまったようだ。

「き、消えた?」

 あっという間の出来事だった。

『ビビりすぎちゃうか~?』

 フクの間抜けな声がなかったら我に返るのが遅くなっていたかもしれない。





 あれからすぐ救急車を呼んで救急隊員に女性を任せると、周囲の野次馬に紛れ一樹はその場を後にしていた。

 極力面倒とは距離を置いてきたゆえに身についた行動。

 そんなことをしていると、フクも鈴女も呆れた目で見つめてくるのだが、なるべく『普通』に生きたい一樹にとってはこれが処世術だったのだ。

 本当はそのままついて行って話を聞いて、うまく行けば依頼を受けるみたいな、そういう流れに持っていきたいのだろうけど。


「俺は嫌なんだよ」

 ずっと、ずっと嫌だった。

 物心ついた時から見えるモノも、感じてしまうこの身も、それを『普通』とする周囲も。

 ずっとそうしたものに囲まれて生きてきて、否定し続けてきた一樹にとっては一族も、その仕事も後継者問題も煩わしいものでしかなかった。

 青春を謳歌する同級生達に憧れを抱き、指示された依頼を無視したことも一度や二度ではない。寿一から駄目だと言われたバイトも強行したこともある。

 だが哀しいかな、見える、聞こえる、霊力がある一樹は己が望んでいなくとも物の怪や妖魔の類を呼び寄せてしまい、毎度バイトどころではなくなってしまうのだった。

 それは当然の様に友人付き合いや恋愛事情にも及んでいる現状であり、『普通』に憧れる一樹は思春期真っただ中も相まって、ますます稼業嫌いに陥っているのであった。

 こんな体質で無ければ……どうしてもその感情が捨てきれず、すっかり拗らせてしまった一樹はろくに修行もせず継承も受けずに十六の齢まで来てしまっていたのだ。




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