*****12 諦めない背中
「成長した……」
信じられない、といった風な表情を神崎はしている。
『それ』が重要なことは知っていた。
だが、あの日発現した2匹の眷属に、神崎は敢えてそれをしていなかったのだ。
甦る。木霊する声。誰かが叫んでいる。
(これは俺だ。まだ小さくて、何も持たなかった弱い俺自身だ)
『こんなの要らない!』
『あの子はどうなったの? 教えて!』
『教えてよ!』
カノが発現したのは、あの日。
退魔師育成地。俺とあの子は、夜の森を2人で歩いた。
ただ泣きじゃくることしか出来なかった自分。その手を引いていた者がいた。
訓練地で出会ったその子は怯える自身を鼓舞し、助けてくれたのだった。
目的地近く、妖異が出現した。幼い2人には、どう頑張っても勝てない。恐らく訓練士の大人達にとってもそれは想定外の。
自身は攻撃を得意としていたが、強大な敵を前に身が竦み、何も出来なかった。何かを察知した大人達が早く駆け付けてくれないかと願うばかりで。
だが、あの子は違っていた。守りの力で結界を張ったのだ。数刻の時を稼ぎ、幾分混乱した頭が冷静さを取り戻しかけた、そんな時。
『結界は破られて、風の刃が俺たちに向かって来たんだ』
声が、聞えたような気がした。「今」カノの発する光に包まれながら、神崎は目の前に幼き日の己の姿を見ていた。
『その時の事を思い出せるか?』
幼い自身が問い掛けてくる。
「どうして?」
(思い出したくなんてないよ)
(怖い)
『だってそうだろう?』
飛び散ったこの子の鮮血も、左頬が生ぬるく感じるのも、全部、ぜんぶ。
『俺のせいなんだから』
でも、あの子は守ってくれたんだ。
「守ってくれたんだ」
大丈夫だと言ってくれた。
でも、言葉が途中で途切れた。
寄り掛かった体は驚くほど軽く、あの子を支える為に背に回した手はぬるい感触に包まれていったのを覚えている。
その傷は、とても酷くて。
傷口を抑えた手の下から、みるみると温かい血液が溢れていった。
その紅を覚えている。俺はただ怖くて、あの子を抱き締める事しか出来なかったんだ。
『抑えてて……』
でも、あの子は諦めてなどいなかった。
細い腕が背中に回される。しっかりとした力を背中に感じた。
耳元で紡がれ始めたのは言霊の唱。瞬間、周りのあらゆる音が止んだ。
続いて下半身が浮き上がる様な感覚と、大きな唸りが上がった。
2人を中心に旋風が発生したのだ。
妖異の攻撃が二人をとらえるすんでのところでそれは弾け飛んだ。後方に僅かに飛ばされた妖異は攻撃の手を止めこちらを窺っている。
にわかには信じがたいその光景に喉が鳴った。
鈍い音を上げるそれは手を伸ばした先辺りに不可視の壁を作っているようだった。
だが見える。吹き上がる草や葉が、普段は見えぬ風の姿を映し出している。自らを守る壁であるのに、それは恐ろしくも感じられ、自身はただぎゅっと、その風を操る者の背中を抱いていた。
瞳を閉じ、唱を紡ぐその姿に。
この腕に伝わる温度を、今もはっきりと覚えているというのに。
何が霊石か、眷属か! 代わりに得た様に感じられた眷属など気にも留めなかった。むしろそれはあの子を奪ったモノとして嫌悪すらしていたのかもしれなかった。
眷属に名を与えぬこと。それは恐らく俺の、ただ1つの一族への反抗だ。
守秘義務として、頑なに共にいた者の素性を明かさなかったこと。それだけならまだしもー。
『こんなの要らない!』
『あの子はどうなったの? 教えて!』
『教えてよ!』
ボロボロになった俺と発現した白狐2匹を見やり、親族は下卑た顔で笑いながら言ったのだ。
『それは教えられない。お前は助かったのだからいいだろう? そんなことより白狐2匹とは素晴らしい! さっそく名を決めねばな』
人の命より、眷属が大事と言った。
死の気配を味わった直後のその言葉は、まだ子供だった自身にとってあまりにも衝撃だった。
(『そんなこと』……か)




