佐野宮依鶴と黒い影
「小説家になろう」サイトに不慣れなため、連続する話のつもりでしたが、間違えてしまいました。
連載(?)している方へ同じ内容の話を移動することができたため、こちらの話は消していいのですが、
削除しようと思ったら「システム負荷を減らすため」?のような内容が呈示されたため、消さないで起きます。
別に消してもいいのかもしれませんが・・・。
絵に描いたような積乱雲
青々と茂る葉を風に揺らす一本の大樹
そして、足元に広がる雑草たち…。
夏の日差しを少しでも浴びないために被っている麦わら帽子の中は、熱がこもっていて気持ち悪い。泥で汚れていない手の甲で額に流れる汗を拭うおうと試みるが、軍手も汗だくで全く意味がない。
夏なんてクーラーで冷えきった部屋でそうめん食って、アイス食って、腹下して、寝て起きて、そうめん食って…の繰り返しだろう。
なのにどうして俺は今、炎天下の中雑草を抜いているんだ。そもそも俺はどこにいるんだ…?都心で暮らす家に、だだっ広い庭なんてあっただろうか?誰に強要されて雑草なんて抜いているんだっけ?父親も母親も、俺に「お手伝い」なんて頼んだこと一度だったなかったのに…。だとすればここは家ではないのか。
…じゃあ俺はどこにいるんだ?
「高清」
いつから立っていたのだろう、金髪で瞳が澄んだ青空の様な少女が俺の名前を口にした。
死に際は天使が迎えに来るのだろうか、しかもこんなに可愛い天使が…。
「なんじゃあこりゃああああ!」
「…あなた、水も分からないの?」
「そういう意味じゃねぇ!俺が聞きたいのは、どうしていきなり頭から水をぶっかけられなきゃいけねーんだ、て話をしてるんだよ!」
「いきなりじゃないわ。私前もってあなたの名前を呼んだでしょ。『高清』て。」
聞いてる限りじゃ嫌味な女だろうが、この女は決して悪気はない。むしろ暑さで朦朧としていた俺のためを思って善意で行動したのはずだ。
俺にぶっかけた水が入っていた空のバケツを両手に持ち、首を傾げて頭にハテナマークを浮かべている。
…くそっ、かわいい!!顔だけは!!
「もうとっくに12時を過ぎてるわ。早くお昼を作ってちょうだい。昨日の白い麺はまた作れるの?昨日、数本入っていた桃色や薄緑色の麺も可愛いけれど、私今日は紫色の麺が食べてみたいわ。」
…いや善意などではなく、ただ腹が減って俺に昼飯を出してもらうためだけに水をかけたのかもしれない。
「ったく、そうめんくらい自分で食えよ。」
「…どうやって料理すればいいか分からないわ。」
はいはい。作りゃいいんでしょ。
いくら可愛いからって…天使に見間違える程可愛いからって、高校生にもなってそうめんすら一人ですすれない女は嫌だね。
「そうめん用意してやっから、食べ終わったらお前も草抜き手伝えよ!佐野宮さん!!」
「いやよ。もしも手を負傷したり、虫に刺されでもしたらパパに怒られるもの。…高清に強要されたと言いつけても良いのなら、手伝っても良いのだけれど…。」
「そ、それだけは勘弁…」
『佐野宮』とは日本に住んでりゃ知ってる大財閥の一つだ。その『佐野宮』のひとり娘、佐野宮さんを…
佐野宮依鶴にケガを負わせたと言われちゃマズイ。
「と、とにかくこの一角が抜き終わったらすぐにそうめん出すから、室内でゆっくりしておいてくれ…」
「分かった。」
佐野宮さんは踵を返してそそくさと不知火荘の中へと戻っていく。佐野宮さんに水をぶっかけられて思い出した。
「ぎっくり腰ぃ!?」
「うるさいよ高清。ここをどこだと思ってんだい。」
個室の病室だから、多少の話し声じゃ迷惑にならたいだろうが、俺の声はきっと三つ隣の部屋にも聞こえる程響いていただろう。
「なんだよ…。スマホに病院の名前だけ書いてあるから一大事だと思って飛んだ来たのに…。」
「なんだい。大病だった方が嬉しかったのか?」
「そういう意味じゃないけど…。せっかく今日は終業式だけだったからダチとカラオケ行く約束してたんたよ。…まぁでも良かったよ。婆ちゃんがただのぎっくり腰でさ。」
「良くないよ。私ゃ…」
婆ちゃんが視線を下にして口ごもった。もしかしてぎっくり腰だけじゃなくて、違う病気が…?俺は静かに婆ちゃんの皺くちゃな手を握った。
「婆ちゃん。隠し事しないでよ。俺にもちゃんと話して。…俺たちたった二人の血の繋がった家族だろ…?」
婆ちゃんは俺の瞳に視線を合わせ、目の皺を深くした。
「不知火荘をほっぽって病院に来ちまった。」
「不知火荘…て、お嬢様学校の学生寮みたいなやつでしょ。皆んな夏の間実家に戻んないの?」
「そりゃ戻るさ。皆んなお金持ちのお嬢さんだからね。」
「じゃあ何が気掛かりなのさ」
「不知火荘は築50年のオンボロ荘だがね、腐っても白椿学園の女子寮の役割を果たしている。…変な輩が下着や金目当てに空き巣に入るんじゃあないかと気が気でならないよ。」
婆ちゃんは笑っていうが眉が下がったいて、本気で困ったいる様だった。80を過ぎる老人だが自転車で某池を一周するくらい元気な婆ちゃんだが、ここまで本気で気を落とすのは初めてみた。
だから俺はつい口走ってしまったのだ。
夏休みの間、不知火荘で番犬していようか、と…。
そうだ、俺は婆ちゃんに夏休みの間だけ不知火荘の管理を任されたんだった。伸びきった雑草の処理も。
しかし婆ちゃん…。夏休みの間は皆んな実家に帰るって言ってたじゃないか…。普通に住人いるんだけど…。
男子校に通って一年半。中学でもろくに女子と会話してこなかった俺にとっちゃ、佐野宮さんみたいな美少女と一つ屋根の下一ヶ月も暮らすなんて、悪夢みたいなもんだ。
しかも佐野宮さんは常識知らずのお嬢様ときた。
ため息を雑草の上に吐き出したその時、不知火荘から大きな物音がした。
「佐野宮!?」
一目散に不知火荘の玄関を開けると、そこには紺の革手袋をした佐野宮さんが尻餅をついていた。
「…な、何やってんの」
「やっぱり私も高清と一緒に草を抜いてみたくて手袋を探していたんだけれど、中々見つからなくて…。」
手袋とは軍手のことだろうか。佐野宮さんが手にしている革手袋は軍手ウン万個くらいの価値がありそうなんですけど…。
「で…どうして何も無いところですっ転んでんの。」
「…やっと棚の底に手袋を見つけたから…。」
つまり、嬉しくて走ってすっ転んだのか。…こいつ本当にお嬢様か…?
「ケツ、痛くないの?」
「け、けつ…?」
「…まぁ、大丈夫そうだな。あー、せっかくだしそうめん作ってくわ。」
「高清は一緒に食べないの?」
けつ…お尻を払いながら佐野宮さんは俺に問いかける。
「まぁ、腹減ってねーし。さっさと草抜き終わらせてーからな。」
佐野宮さんはじっと俺を見つめて何か言いたげだ。
「言っとくけどな、佐野宮さんがそうめん食い終わるまでに雑草引き終わらねーから!一本一本啜っても全然草あるから!」
佐野宮さんは顔色一つ変えずに黙って首を傾げている。
「だーかーらー!佐野宮さんが食い終わってからちゃんと草抜き手伝わせる程、大量に草あるから、俺も一緒に食わなくていいだろっつってんの!」
「…そう」
また顔色一つ変えない。会話のテンポが悪い。暑さのせいもあってイライラしてきた。
「自分から草抜きしたいって言い出したんだから、ケガとかしても絶対父親とかにチクんなよ!やるからには佐野宮さんにも不知火荘の住人として働かせまくるからな!!分かったら返事!!」
「うん」
今度は少し嬉しそうだ。
…分からん。女子は皆んなこうなのか?それとも佐野宮さんが少しズレているんだろうか…。
まぁ考えた所で対比する女子はいないんですけどね。
「そのお高そうな革手袋、きちんと戻してこいよ。後でやっすいやっすい軍手あげるからさ。」
「分かった。」
佐野宮さんは自室のある二階の方へ階段を登って行く。
なびく金色の髪が光に反射して煌めいている。月並みな言葉だか、綺麗だ。
本人には決して言わない。けれど俺は佐野宮さんの容姿全てに惹かれていた。人形の様に整った顔立ちは、目が腐っていない限り『かわいい』と思うだろう。暑さで朦朧としていようがいまいが、天使だと思う程、佐野宮さんはかわいい。
麦わら帽子の中で蒸れた汗が額を流れる。俺は靴も脱がないで階段の方へ視線を向けて立ち続けていたのだ。
佐野宮さんが一階の共有スペース――――佐野宮さんがそうめんをすする場所へ辿り着くまでにそうめんを用意しなくては。佐野宮さんに見とれて棒立ちしていたなどと疑われてはならない。
…まぁあのお嬢様にそんな思考が巡るとは思わないけれども。
「あと一ヶ月…。佐野宮さんと暮らすんだな。」
自分の発した言葉には落胆と嬉々としたものが混じっていた。
俺はまだ知る由も無い。
不知火荘でこれから起こる怪奇現象と、住人たちとの出会い、そして佐野宮さんへの想いが世界を揺るがすことになることなど……。
自室が服やら小物やらで散乱しているのを静かに見つめながら、佐野宮依鶴は革手袋を足元に落とした。まるで空き巣にでも荒らされた様な散らかりぶりだが、決して空き巣ではない。依鶴自身な荒らしたのだ。
高清と草を抜いて、談笑でもしてみたい一心で手袋を探すために。
依鶴はズルズルと、閉じたドアにもたれながら脚を折り、ペタンとお尻を床に落とした。
一時間以上、炎天下の下庭を清掃する高清が倒れているのではないかと思い、バケツ一杯に水を汲んで高清のもとへ駆け寄った。
「あの人…高清、私のこと『天使』と言ったわ。ど、どういう意味かしら…。…天使みたいに可愛らしい…なんてそんな訳ないわよね…。」
高清のことを考えるの頬が熱くなって、鼓動が少し早くなる。
依鶴は自分の身に起こる体と心の変化を全て夏の暑さのせいにした。
依鶴もまだ知る由も無い。淡い恋心と、すぐ側で高清ではないモノが、息を潜めて依鶴を見つめていることなど……。