圧迫面接
眠るつもりはなかったけど、ついうっかり眠ってしまった。しかもまぬけなことに、熟睡だ。おっさんに揺すられて飛び起きた。フスマが開いていて電灯がまぶしかったので、顔が思わずクシャった。中腰で俺をみているおっさんの後ろに、パンチパーマと丸坊主のバリバリのヤクザが立っていた。作業服とかジャンパーとか着てるから変装のつもりかもしれないが、すぐわかる。あわててウォークマンを丸まったコートの中にかくして正座した。この時はどう考えてもマヌケなので、今だに思い出しても腹が立つ。
寝起きで頭が動かなくて混乱してると、ヤクザ二人はずーっと黙ってこっちを見ていた。赤ら顔のタコの方は酔ってるのかと思ったけど別にそうじゃなくて、そういう奴だった。気になったのはパンチの方で、目が異常に冷たかった。スカしてやがって一番ムカつくタイプだ。おっさんは、おろおろしてた。
「あの……」
「あの、なんや?」
タコがこっちの言葉をリピートして、訊いてきた。この態勢は異常に屈辱的で、こいつら絶対殺そうと思った。おっさんが助け船をだして、代わりに言おうとしたら、
「お前に訊きよったい。」
「組に入りたいんです。」
「ふざくんな。こんな時にお前のごた、どこの馬の骨ともわからんもんを入れらるるもんか。」
「こんな時だからこそ、役に立ちたいんです。」
「なんの役にや?」
助け船を出したおっさんの感じからしてこいつら、もう一度は話を聞いてるようだった。つまり、根性が悪いのだ。
「鉄砲玉になりたいんです。」
「バカ。」
そこへパンチが、
「ヒットマンっちゅうのは、よっぽど信用のあるもんやないとなられん。そうやないと、刑事に写真並べられてガンガンやられて喋られたら、(組の)上の方まで全部教唆で持っていかれろうが。取り調べっていうとは、拷問のことたい。殴る蹴るされて吐くかどうかは、そうならんとなかなか判らん。普段しっかりしとるもんが、調べになったら簡単に泣きの入ってゲロする奴もおる。まして、いま会うたような奴に組の命預けるバカがおるもんか。そうやろうが。」
声もスカしてやがった。なにがヒットマンだ。ダセぇ野郎だ。少し沈黙したあと続けて、
「昔は九州のヤクザは、正面から正々堂々とタマとりに来よったばってん、最近はサツの調べのキツうて卑怯な手ば使う奴も増えてきたったい。お前がハンメ(敵のことだと思う。ハメって言ったのかも)のスパイとか、信用させとってタマ取りに来たヒットマンやないって、どうして判るとや?」
「僕はヤクザじゃありません。」
「やけん、どうして判るとやって。」
「青林高校の学生です。」
「ウソつけ。」
これはタコが言った。
「学生証持ってます。」
コートのポケットから財布を出して、中から生徒手帳を出した。なんで学生証を持ち歩いているかというと映画や電車に乗るとき学割を使うからという、ビンボー臭い習慣だ。タコが手帳を見ながら、目を見開いて本当にタコみたいに口を突き出していて、馬鹿の典型だ。
「こら、本物ぜ。こいつはほんとうにキリストさんの学校のもんばい。」
さすがにパンチも驚いていて、
「なんや、ほんとや?」
「こがんもん、偽造できんめぇもん。」
他人の学生証に自分の写真を貼り付けるという手があるということまでは、思いつかなかったらしい。
「あ、ほんとや。ほぇー、なんであんなよか学校の生徒さんが極道になりたがるとや?」
「冬休みのアルバイトや?」
これはタコが言った。こいつはもう、最悪で、ギャグも最低の「よか親父」だ。
その後はおっさんに言ったことの繰り返しになったが、なんか急になごんで俺も酒につきあわされた。パンチは完全に信用しているようでもなかったが、厳密に言えばノーテンキに信用してるのはおっさんだけだったんだろう。タコは途中から俺のことはどうでもよくなったみたいだった。パンチはよく見るとパンチの名残りで、ぜんぜん髪をいじってないみたいで、格好だけだと二人ともレゲエの親父に近いものがあった。でもおっさんの話だと、こいつら神龍会でもかなり上の奴らしかった。
俺は日本酒が嫌いだ。まぁ、高校生なんだけど、日本酒はすぐゲロ吐きそうになる。無理やり飲まされて、ひとが気持ち悪くなっている横で「ナトリの珍味」とかでビンボー臭く盛り上がっていたが、気になる話題もあった。
おっさんがタコに、
「熊本の方は大丈夫ね?」
「明日また出頭するごとなっとる。」
「調べキツかったろうもん。」
「織田がゲロせんかったけんね。ムチャクチャされたらしか。拳銃口に突っ込まれたて言いよった。それでも吐かんけん、今度は私たい。」
「スゴかったてねぇ。」
「署ん中でやらんかったもん。人のおらん外に連れて行かれて柔道の締め技掛けられて、コロッたい。何べんもダメって思うたもんね。」
「警察がそんなことするんですか。」
俺が口をはさんだ。タコがバカにしたように笑って、
「他の課は知らんばってん、ヤクザ相手の取り調べはそんな甘いもんやなか。お前らに人権はないって、ハッキリ言われたもんね。裁判になっても、そんなこと、人殺しが何言いよるかって感じやもんね。」
「裁判まで行くね。」
「行くやろうね。向こうも頭に血の上っとるけんね、誰も何も吐いとらんけど、そんなこと関係ないけん。懲役食らうやろ。でも、織田のほうが重かろうね。織田の嫁さんも気の毒やけどね。」
「あんたも鉄砲玉になるんやったら、サツの拷問が待っとるんよ。考え直すんやったら今だけたい。」
と言って背中を叩かれた。そしてみんなでバカ笑いしてた。何がおかしいんだか。
それよりもおっさんがパンチに言ったことの方が、気になった。
「荒巻会の件はどげんするね?」
「どがんもされん。」
タコが、
「本部の松山幹事にハナシだけでもしとこうか?」
「こっちのポカで荒巻の若いもん死なせとるとに、本部に泣きついて行かれるもんか。仕返しせんことには、弁解やらしとるヒマはなか。」
「葬式の方は幹事が出席を見あわせたらしか。本部の方でもウチがやったにしちゃ、なんかおかしかっちゅうことになっとるらしかけん。」
これはおっさん。
「山野のほうでも、カン違いしとるとの多かっていう話やけど。」
これはタコ。
「私がいつか、キチッとカタつけるけんが、二人とも、こんことは胸ん中にしまっとってくれんですか。」
「それはよかばってん、その後のヤツは?」
「あれは私はぜんぜん知らん。こんな状態やけん、ウチがやっても山野がやってもおかしゅうなかけど、でもあれはヤクザの殺しやなか。ドンパチになっとるのに、わざわざ殴り殺すバカがおるもんか。警察も知っとうとたい。わざとウソ流しよると。混乱するでしょうもん。私らのほうが。陰険やけんね。県警のやり口は。」
盛り上がっているうちに、俺がいま鉄砲玉してる奴の見習いっていうか、家政婦みたいなことをしに行くことに決まっていた。おっさんが言っていたほど、ヤクザは酒を飲まなくて、飲まされたのは俺だけだった。そして二時間ぐらいで帰っていった。




