‐その1‐
ハードボイルドはかじった程度の初投稿です。かっこいい男に書けてるといいな……
角ばった顔に大きな鼻をつけた大男が、大声で笑いながらビアを飲み干す。
顎のとがった小狡そうな男が、せっせと男に次のビアを注いではいやらしい笑みを浮かべる。
長テーブルには肉料理ばかりが並び、たくさんの『冒険者』と呼称される男たちが、角ばった顔の男の奢りで飯を食っている。
ここは、冒険者ギルド兼酒場兼宿。彼らのたまり場だ。
「おら!飲め飲め!今日は俺の奢りだ!!がっはははは!!」
大きな仕事でも終えたのだろう、その太い指で惜しげもなく金貨を店員に差し出している。
別に珍しいことではない、羽振りのいいものは後輩や同僚、先輩に御馳走する。死人に溢れたこの界隈で、他人に覚えておいてもらう事は自分の生きた証でもある。
隣り合わせの死と引き換えに、一時の名声と富を得る。なんとも儚い商売である。
男、ラモンは、そんな喧騒の片隅で、本とチェスめいたゲームの駒を片手に眉間に皺を寄せていた。
細めの鼻筋から、ほとんど真っすぐな眉が軽く吊り上がっており、への字口と軽く吊り上がった眼は、男の顔をより一層不機嫌に見せた。
ダークブロンドの髪は、オールバックで纏められ、首の上あたりでまっすぐに切りそろえてある。
冒険者としては至って平均的な、一般人からは少し高めともとれる身長と、引き締まった筋肉、腰に差したショートソードが、彼もまた冒険者であると示していた。
詰めバンギ(チェスのような駒遊びの事)と銘打たれた本に描かれた通りの盤面を、どう切り崩したものかと唸っている。
ラモン・キャンドル
この物語の主人公であり、しがない冒険者である。
ふと、ラモンが顔をあげると、店員がサンドイッチとコーヒーを持ってきていた。
「もう二時間も経つわよ」
「そいつは驚いたな、ずっとおんなじ景色だったものだから」
「あなたも同じようなものだったわ」
「これでも、脳みそはフル回転だったのさ」
「でも、ページはあまり進んでないわ」
「……降参だ」
固まったままの盤面を端に追いやり、遅めの夕食をとる。
よく燻されたベーコンの香りと塩気が、忘れていた空腹を刺激した。
「もう一皿頼むよ、お代は払う」
「タカらないのね?」
「自分の飯は自分で出すのが流儀さ」
「そんなんだからいつまでも一人なのよ、あなたは」
「君が居るさ」
「はいはい、言い訳はいいから、たまには誰かと依頼でもしてみたら?」
「気が向いたらな」
店員は一つ溜息をついて厨房に下がっていった。ラモンは軽く鼻で笑ってから、コーヒーにたっぷりのミルクと砂糖を加えた。
ここ十数年で、砂糖というものは一気に普及した。『来訪者』と呼ばれる異世界人により、大量生産と効率的な農業、貿易が発展したのが原因だろう。
コーヒーに入れる程度の砂糖なら、少しの小銭があれば簡単に手に入る時代になった。
手持ちのボトルからほんの少しのウィスキーを加えて、彼は温かなコーヒーを啜った。
「お待ちどう様、ベーコンのサンドイッチオリーブ多めね」
「ありがとう、これが好きなんだよ」
「知ってるわ、いつものでしょ?」
「そうとも、これがいつもの、さ」
軽くトーストされたパンは、シャキシャキのレタスとカリカリのベーコンとよく合う。瑞々しいトマトの酸味が、ベーコンの脂ぎった口を爽やかにしてくれる。極めつけのオリーブだ、少し多めのオリーブの香りが、次の一口へと駆り立てる。
ラモンは、微かにベーコンの塩気のある指を名残惜しそうに舐めている自分に気づき、少し恥ずかしくなった。これを食べるとつい我を忘れてしまう。
しおりを本に挟み、駒を片付け、店員に金を払う。
夜も更けてきた。騒がしい連中はさておき、ベッドに入ろうかと腰を上げかけたその時、薄汚れた格好の少女が、ギルドのドアを開けて転がり込んできた。
ベロベロに酔っぱらった男たちは全く彼女を気にしていない。ラモンは、ゆっくりと少女に歩み寄りながら、店員に温かいスープを注文した。