ホラー
「は?」
電気が眩しい。
隣で、タンクトップを着た少年がテレビゲームをしている。
「おい、コントローラー持て」
「え、は、はい」
コントローラーを握る自分の手が小さい。
「て、あれ?」
慌てて体を確認する。
「なんです、小学生ですか?」
少年タンクトップは、ゲームに集中しているのか、返事がない。
「男の子って本当、ゲーム好きだね」
背後から声がした。
慌てて振り向くと、メガネをかけた女の子が本を読んでいた。ちらりと視線を僕に向けると、小さくウインクした。
かわいい。キャリアウーマンに違いない。
なにがなんだかわからないが、みんなの体が幼くなっている。
ドアが開いた。
手提げの鞄を持った、おかっぱの男の子が入ってきた。にんまりとした目、ぼてっとした唇。しみじみと不細工だなあと思う。
キャリアウーマンが、ちらりとおかっぱを見た。
タンクトップもおなじようにちらりとおかっぱを見て、再びゲームに集中しだした。
「ねえ、このビデオ、見ようよ」
おかっぱが、鞄からビデオテープを取り出した。
「は、やだよ。今ゲームしてんだよ」
タンクトップは、画面から目をそらさずに言った。
「ねえ、とっても面白い映画なんだよ。アクションも、ラブストーリーも、歴史ものも、ホラーみたいに怖いのも入ってるんだ。それにね、最後が面白いんだ。オチがね」
壁にかかった時計の音が大きく聞こえる。
すでに、6時を過ぎていた。
「ねえ、見ようよ。見たいよね?ねえ。ねえ、たかしくん」
たかしくん?たかしくんってのは誰だ。タンクトップのことか。いや、彼に 「たかしくん」は、合わない気がする。それに、このおかっぱは僕の方を見て微笑んでいる。ということは、ここではおかっぱが呼ぶように、僕の名前はたかしくんなのか?
それに、オチが面白い、とはいかに。どんなオチだ。
気になる。
「どうするの?時間ないよ?たかしくん」
おかっぱが、僕を誘う。
見たい、と言おう。
「見たくねえな」
タンクトップが、ぼくの呼吸を遮るように言った。
「たかしくんは、見たくないんだね」
おかっぱが、視線を僕からタンクトップの方に移して言った。
「ああ、見たくねえ」
タンクトップが返事をすると、おかっぱは不気味に笑い出した。
どんよりと空気が重い。
なんだ、何が起こった。
タンクトップは「たかしくん」という名前だったのか?
いや、違う。違う気がする。なんとなくだが、絶対に違う。じゃあ、タンクトップの名前はなんだ。僕はタンクトップの名前がわからない。タンクトップの名前を呼ぶことができない。
「たかしくんが見たくないなら、いいよ、ビデオはまた今度で」
おかっぱの口角が上がっている。
時計の音が、再び大きくなる。
それよりも大きく、心臓音が聞こえる。
どうする。
どうすれば。
インターホンの音が沈黙を破った。
キャリアウーマンは突然立ち上がると、僕を引っ張り、外へと連れ出した。
「ど、どうしたんですか?」
「もうすぐ渦に飲み込まれるわ。とにかく走って、時間稼ぎして」
話しているそばから、床がだんだんと黒くなっていく。
ドアを開けると、しかめっ面の少年が立っていた。
ふと安心したのは、少年に白髪爺の面影があったからである。
「どうしたんじゃ、もう渦ができとるぞ」
少年の顔立ちと声で、喋り方だけが年老いているので違和感があった。
「イレギュラーよ」
走りながら、キャリアウーマンが言う。
やばいのう、と白髪爺がため息をついた。
「イレギュラー?どういうことです?」
広がる渦に恐怖しながら、訊ねた。
「物語は全てハッピーエンドになるとは限らない。でも、あなたは」
「僕はバッドエンドは嫌いです」
キャリアウーマンは、ふふ、と笑った。
「あの、あの人は」
「彼は、あいつに名前を付けられてしまった。あなたを救うために」
広がってきた渦に足下を掬われた。
転げる。落ちていく。
「名前は、あなたが決めるの。登場人物も、題名も、あなた自身にも。あいつに決めさせてはだめ。あなたが」
ぐるぐる廻る。
すとんと落ちる。
浮遊する。
荒唐無稽の鶏口牛後。四文字熟語を並べてみても、馬鹿であるこたあすぐばれる。一知半解の究極体、内弁慶でもいいじゃない。取り繕って、吐き出して、廻り回って金が欲しい。悪銭身に付きゃ一人前。