歴史物
「ひ?」
「やっと起きたか」
紋付袴を着た白髪爺が、隣で座っている。
畳の部屋。掛け軸。
「えっと、ここは?」
「歴史ものじゃ。話を転がすぞ」
襖があくと、タンクトップが現れた。袴の上をはだけてタンクトップを露にしている。
「と、殿!やべえぜ、あいつらが迫ってきてやがる」
タンクトップが逼迫感を込めて言った。ついつい笑ってしまう。
「この野郎、なに笑ってやがるんだ!」
タンクトップが僕のほほをつねった。
「い、いひゃい、やめ」
「やめんか、馬鹿」
白髪爺に怒鳴られ、タンクトップは僕のほほから手を離した。
「ああ、めんどくせえ、なんでもいいんだよ、とにかく、やつらがもうそこまできてるぜ」
耳くそをほじりながら、タンクトップは言った。
「ふむ。我らの計画がなぜかばれてしまったようですな。かくなる上は、上様」
殿なのか上様なのか。計画とはなんだ。とにかく危機的状況なのはたしからしい。
白髪爺が改まって僕の方を向く。
僕はかしこまり、正座して
「は、はい、上様です」
と白髪爺のことばを待った。
「逃げましょうぞ!」
「え?」
「ささ、早く!」
白髪爺に促され立ち上がろうとしたが、袴の裾を踏んでしまい転んでしまう。
タンクトップが、「おいおい、大丈夫かよ」と小声で言った。うるさいやつだ。
「であえ、であえい!」
キャリアウーマンの声が外から聞こえた。勇ましくも美しい声である!
「敵の将が来ましたぞ!こちらです!」
白髪爺は、かかっていた垂れ軸を持ち上げた。垂れ軸の裏側には抜け穴があった。
「さ、ここから逃げるのです」
言われるがままに、体を丸めて穴に入った。
はいはいの状態で穴の中を進む。
後ろに、白髪爺、タンクトップと続いた。
「さ、これを」
白髪爺から提灯を渡される。
二十メートルほど進んだところで、小さな部屋に出た。
「かくなるうえは、しかたありませぬ。ここは、先祖代々受け継がれてきた隠し金庫です。逃げも一手、金銀を手みやげに隣の国へ行き、この国の現状を訴えま」
白髪爺が、急に横へとんだ。
「お、お前」
白髪爺の背中に短刀が刺さっていた。
「さすがだな、少しずれたぜ」
タンクトップは、にやりと笑った。
白髪爺はなんとか僕のところまで歩いてくると、天井から垂れ下がっていたひもを引いた。
がらがらと土の崩れる音がすると、タンクトップと僕らの間に大きな穴ができた。
タンクトップは舌打ちすると、抜け穴を戻っていった。
白髪爺は、僕の腕の中でぐったりとしている。
頭がパニックになる。
とにかく、血を止めなければ。
わけもわからず袴の中を弄ると、黄色いハンカチがでてきた。
白髪爺の背中に刺さっていた短刀を抜いて、ハンカチで傷口をおさえる。
ハンカチはあっという間に赤く染まった。
なんとか声をかけなければ。映画とかだと、ええっと。
「おい、しっかり意識を持て、あれ」
急に冷静になった。
「名前はなんでしたっけ?」
白髪爺は、悲しいような嬉しいような顔をすると、ぐったりと横たわってしまった。
「おい!死ぬな!ええっと、とにかく死ぬな!」
「いや、生きとるよ、わし」
「うわ」
急に目が開いたので、のけぞる。
渦巻く床に吸い込まれる。
ぐるぐる廻る。
すとんと落ちる。
浮遊する。
てるにはてるは紅葉山に、最後の種をまきませう。あっちこっちに巻きませう。中途半端に追いつめられたら、開き直るまで走るがいい。虚心坦懐に進取の気性、二兎を追って、一羽得る。同心円上には何がある。逸れて外れてまた元通り。