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閻魔様と異世界

作者: 中取 庸

 学校帰りの夕方、俺は傘を差して信号待ちをしていた。

 激しい雨が傘を差していてもズボンの裾を濡らし、気が滅入る。


 信号が青に変わりさっさと渡ろうと横断歩道に踏み出したところで、激しいブレーキ音とともに大型トラックが突っ込んでくるのが見えた。

 驚く暇もなく俺の意識は暗転した。


 気がつくと真っ白な空間にたたずんでいた。

 ははーんこれはアレだな、とすぐに気づく。

 最近よく読むWEB小説に出てくるプロローグ。

 異世界転生だか転移だかの直前に神から手違いで死なせてしまった詫びとか言う理由で能力をもらったりするアレだ。

 もちろん創作だと思って読んでいたが、やけに似た話がたくさんあるのでもしかしたらそんなこともあるかもしれないくらいには考えていた。


 俺の順番が来たのかぁ、と感慨深くまわりを見回してみたが神様も女神様もいない。

 ここは少年に見える神様だったりとぼけた女神様だったり仙人っぽい老人だったり眩しい光の玉だったりが見えて、話しかけてくるのが定番だったような気がするのだが。

 それとも問答無用に転生するパターンだろうか。

 それならこの真っ白い空間を経由する必要もないと思うし、やはり誰かいるはずでは……。


 不思議に思いつつあちこち見回すと、大きな扉がある。

 何故気づかなかったのかというほどの存在感なので、気づいた直前に出現したのかもしれないが、それはまあどうでもいいだろう。

 おそらくあの中に目的の人物がいるはずだと信じたい。

 ドアを開けたらいきなり異世界とかは勘弁してもらいたい。

 まだ魔力も異能ももらっていないのだ。

 いずれにせよドアの中に入らないとと話が進まないだろう。

 俺は覚悟を決めるとドアを押し開いた。


 どでかい机に座った大男がこちらを見ている。

 ものすごく厳つい顔をしていて、修学旅行で行った奈良の東大寺の門にいる金剛力士像みたいだ。

 顔面と同じくらいの大きさの派手な帽子には、正面にどでかく王の字が書いてある。

 あれっ? なんか思ってたのと違う。

 これって閻魔大王じゃね?


「さて、お前の行き先だが……」


 閻魔大王らしき大男が口を開いた。

 いかんっ、このまま舌を引っこ抜いて地獄行きとか宣告されてはたまらん。

 なので、先にこちらからかぶせるようにして話しかけた。


「あの、ちょっとうかがいたいのですが……」


「……申してみよ」


「あ、はい。私はトラックにはねられて死んだのだと愚考いたしますが、合っているでしょうか」


 できる限り丁寧な物言いを心がけて聞いてみる。

 怒らせて速攻で地獄行きだけは避けたい。


「そうだが」


「それで今、閻魔大王様の御前に引き出されていると」


「それで合っている」


 まずいまずいまずい、異世界転生とかじゃなかった。

 ファンタジーな展開とは無縁の極楽浄土行きか地獄落ちかの瀬戸際らしい。


「ええと、それで私めの行き先ですが……」


「それを話そうとしていたのではないか。で、どこに行きたい?」


 閻魔大王は机の上の閻魔帳らしきものをめくりながら聞いてくる。


「はっ? えっ? あの自分で選んでもいいのですか?」


「うむ。できる限り本人の希望に添うようになっておる。生前から強く願う場所のある場合は儂と顔を合わせることなく勝手に行く者もおるしな」


「えーっと、具体的にはやはり極楽とか地獄とかいう感じでしょうか?」


「かつてはそういった所が多かったな。最近の流行は特殊能力で成り上がる剣と魔法の世界か、前世の記憶持ちの悪役令嬢かヒロインに転生して婚約者の男をかけて暗闘する世界などだ。もちろん悪役令嬢やヒロインに生まれ変わる場合は女性になる」


 あれっ? なんか思ってたのと違う。

 いや、最初に考えてたたシチュエーションそのものだが、なんで閻魔大王がそんな感じの話を?

 とりあえず即地獄行きはなさそうだから、もう少し大胆に聞いてみよう。


「あのぅ、そういうのは普通神様とか女神様が出てきて聞いてくるものだと、生前に創作小説で読んだ記憶があるのですが、なぜここで閻魔大王様なのでしょうか?」


「……ああ、それはお前の死後の世界のイメージではまず儂に出会うという意識が一番強かったからだ。女神に会うはずと思っておったなら女神だったし、老人のはずと意識しておれば老人だった」


 驚きの事実。

 親父もお袋もじいさまもばあさまも仏教徒だったが、俺も意外と信心深かったらしい。

 しかしなぜに閻魔大王なのだ、俺よ。

 そこは素直に女神様に会うと思っていたら、死後で傷心なセンチメンタルタイムに追い打ちをかけてむさ苦しいおっさんにビビることもなかったのに。


 驚愕でしばし呆然としていたらしい。

 閻魔大王がそのまま話を続ける。


「話が進まんのでこちらから説明するが、要は儂が誰に見えていようがかまわんのだ。すべての人間は死んだら異なる世界に転生する。その時どんな世界に行きたいかを自分で決める。それが決まりだ。見る人間によって儂は神にも女神にも預言者にも見えるかもしれんが、それは問題ではないのだ」


 今、俺の宗教観は大きく揺らいでいる。

 神とは? 仏とは?

 死後の世界の真実はWEB小説が一番いいところをついていたと言うことか。

 俺の前に現れたのはは閻魔大王だけど。


「お前達人間の魂はお前達自身が考えるよりずっと貴重なのだ。そうと知る手段をお前達が持っていないだけで、人間のものほど複雑かつ精緻になった魂は宇宙開闢以来存在しなかった。そこで、肉体の死でそれを霧散させるのが惜しいと考えた我々は、お前達自身が考えた箱庭の世界にそれを放って保存することにしたのだ。どうせあと数万年もせぬうちに滅びてしまうのだ。すべて保存しても問題ないからな」


 閻魔大王はなにやら難しい話をしだした。

 えーと、人間の魂は貴重なので俺たちより上位の存在が人間の死後それを保存している、と。

 俺たち自身が考えた箱庭?


「魂の行き先は別にどこでもかまわん。個人の考えによって異なるが、以前は極楽や天国やエデンが多かったのだ。たまに変わり者がいて、地獄に行きたいなどという者もいたな。なんでも蜘蛛が出す糸を登って天国に行く過程を楽しみたいなどと意味不明なことを申しておった」


 そいつはたぶんある短編小説かそれを書いた小説家にかぶれすぎだ。

 あっ、異世界転生も似たようなものか。


「だが今の人間は想像力が豊かになったのか、いろいろな場所に行きたがる。国民性も出るな。例えばある国の民なら西部劇や宇宙探検、エイリアンとの戦いの世界などに行きたがる者も多い。最近の日本人、特に若年層はゲームや漫画、小説の世界に行くのが流行だ。たまに現代風の世界でハーレムを作りたいなどと盛った者もおる。……それで、お前はどうする?」


 まあよく分からないがそういう事らしい。

 そうと知っていればもっと事前に知識を仕入れておいてから死んだのだが、今さら言っても仕方ない。

 閻魔大王に舌を引っこ抜かれそうな様子もないし、じっくり考えて新しい世界へ旅立つとするか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。こんなに自由度の高い転生なら、死ぬことは怖くないなあと思いました(^^) 上位の存在ってなんだろう?神とかになるのかしら。
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