それぞれの選んだ道
わたしは残された日々を受験勉強にいそしみながら、母親と過ごすことにした。そして、わたしは無事に志望大学から合格通知を受け取った。
父親はわたしには何も言ってこなかったが、尚志さんには案の定、いろいろと言っていたようだった。わたしとのことや、家のこと。わたしとのことはおいておいても、家のことでさえも、尚志さんの見つけたマンションはセキュリティが悪い、立地が不便などとことごとくNGを出されたらしい。結果として父親が探し出した、予定よりも高額なマンションに住むことが決まったようだ。その増加分はわたしの父親が払うらしく、父親はどこか嬉しそうだったと千春から聞いた。
千春は二十年父親をできなかった反動だろうと言っていたが、やりすぎのような気がしないでもない。
だが、そんなめちゃくちゃな愛情表現でも嬉しかったりもした。
新しい家までは千春が送ってくれることになった。
母親は母親で自分の荷物の整理があったため、そっちのほうがいいだろうということになったのだ。
玄関先まで送ってくれた母親を見てわたしは頭を下げた。
「今までありがとう」
「わたしもありがとう。京香が娘に生まれてくれてよかった。また、いつでも戻ってらっしゃい」
母親はそういうと、頭を撫でてくれた。
目元がじんわりと熱くなる。そして、ゆっくりと首を縦に振った。
玄関の外に出ると、待っていてくれた千春に頭を下げた。
「行こうか」
彼女はわたしの言葉に頷いた。
そこから近くの駐車場にとめた車に乗り込んだ。
本当は父親がわたしを新しい家まで送り届けると言い出したが、それは千春が抑えたらしい。
千春曰く、そのまま父親が居座りかねないからだそうだ。
「お兄ちゃんのことよろしくね。あれでも家事とかは一通りできるし。ちょっと無神経なところもあるけど、京香に対して一途なのは間違いないのだかから」
「そうだね。ありがとう」
「どっちにせよ、籍は入れたらだめなんだって?」
「すぐにはさすがにね。学生だし、恋人同士というわけでもないしね。今はそれでもいいよ」
別に結婚の話があるどころか、わたしは受験に精一杯で、彼とつきあい始めたわけでもない。
父親にも念押しされた。
きっと一緒に住んだら彼の今まで見えなかった部分も見えてくるだろうから、籍は入れるべきではないとわたしに言っていたのだ。もちろん尚志さんも知っていて、父親の言葉に苦笑いを浮かべていた。
悪い人ではない。けれど、彼のことをもっと知っていき、怒ったり、戸惑うこともあるだろう。そうしたものはまた人間性とは別の問題だ。だが、それでも彼のことは好きでいられそうな気がした。
彼と一生を歩むと決めたときは、今以上に彼のことを好きになれたときにとっておこうと決めた。
まだ建ってそこまで時間の経過していないマンションの駐車場に入ると、千春は車を止めた。
突然千春は肩を震わせながら笑い出した。
「このマンションを三人で見に行ったときは笑えたな」
「何かあったの?」
「まあね」
わたしたちはオートロックを解除し、中に入る。そして、エレベーターに乗り込んだ。
「だって仏頂面の伯父さんと、気まずそうなお兄ちゃんがなんだか面白くてさ」
「よくそんな微妙な状態なのについていったよね」
「暇だったもの」
五階でおりると、指定された部屋番号の前に立った。
わたしは持っていた鍵を差し込んだ。
鍵は何なく開いた。そして、部屋に入った。
窓辺はカーテンが閉じられ、ソファに横になっている人の姿を見つけた。
玄関先には尚志さんの名前の記された宅急便が届いていた。
差出人は千春になっていた。中身はわたしの荷物が入っている。
そこまで気にしなくていいような気がしたが、千春が念のためと言って聞かなかったのだ。
「幸せになってね」
千春は笑顔でそう言うと、ソファで寝ている尚志さんを起こしに行こうとした。
わたしはそんな千春の行動を止めた。
「疲れていると思うからいいよ」
「あれ?」
ソファから寝ぼけたような声が聞こえた。
ソファを見ると、尚志さんが体を起こすのが見えた。
「お兄ちゃん、おはよ」
千春はそう言うと、軽い足取りで歩いていった。
「寝てた」
尚志さんは欠伸をすると、わたしを見た。
そして笑顔を浮かべている。
「今日はこれで帰るね。今度来たときはおいしいものでも準備しておいて」
わたしは千春の言葉に頷いた。
彼女はそのまま部屋を出て行った。
「片付ける? 手伝えるものがあったら手伝うよ」
「そうだね」
わたしは尚志さんを見て、笑みを浮かべていた。
それから数日後、大学に入学し、杉田や千春たちの後輩になった。だが、杉田さんにはほとんど会えない日が続いていた。
尚志さんに止められたわけでもない。
尚志さんはわたしが会いたいなら会いに行けばいいと言ってくれていた。
彼に会えない理由は単純で、彼の露出が増えたことだった。
昔、子役をしていたことで人の印象に残っていたのか彼のマネージャーが有能だったのかそれとも彼を気に入ってくれるスポンザーのような人や会社がいたのか一般的に彼の人気があったのか分からないが、よく見かけていた。
別の媒体を通してみる彼は別人のようで、あのときわたしの相談に乗ってくれた彼はもういないのではないかと思ってしまったこともある。
電話越しに聞く彼の声はいつものままで、どこかくすぐったかった。
会えない代わりに電話は週に一度はかかってきていた。
彼は尚志さんと暮らすことを伝えたときも、「良かったね」と喜んでくれていた。
「新しい生活はどう?」
「少しずつ慣れてきたよ」
「髪を切ったって聞いたけど」
「ショートカットにした。そこまで切ったのは小学生以来だよ」
髪の毛を切った理由は気分転換というより美咲の面影を消すためだ。
普段はメイクを全くしないので、分からないと思いながらも、念には念を入れていた。
だが、童顔のわたしは髪の毛を切って激しく後悔した。
髪の毛を切る前よりもかなり幼く見えてしまったからだ。
「似合っているだろうね」
「女子高生みたいに見える」
「高校卒業してそんなに変わってないから、そんなものじゃない? 俺も同じだから気にしない」
彼の言葉にくすりと笑う。
「この前、杉田さんの載っている雑誌を買っちゃった」
わたしは手元にある彼が出ていた雑誌をぱらぱらと捲った。
「そんなもの見ても楽しくないだろう?」
「俳優としての杉田さんが見れるから楽しいよ。あと写真も。普段絶対こんな顔しないよね」
わたしはそう言ってその雑誌に目を落とす。
笑みを浮かべず、鋭い眼差しを浮かべている彼の姿がそこにはあった。
それは彼が次に出る映画の宣伝のための記事だ。
彼は来年いっぱいでやめることを決めていたが、それはまた別の話だろう。
こうしてみる彼はやっぱりかっこいいし、わたしの彼に対する行動はファンそのものかもしれない。
そのとき、電話の向こうで本井さんらしき声が聞こえる。
「そろそろ行かないと」
「ごめんね。じゃあね」
わたしは電話を切った。
本井さんはどうしているかと言うと、杉田さんの仕事の手伝いをしていると千春から聞いた。
彼女にはそれなりのコネやツテもあったのだろう。
杉田さんを見るたびにわたしが辞めなかったら、わたしもこんなふうにめまぐるしい日々を歩んでいたのだろうかとそんな叶わない日々を思い描くこともあったが、まるで夢の話を聞かされているようだ。
千春はそんな彼をただ見守ろうと決めたようで、彼の活躍を何より喜んでいた。
冬の始まりを告げるころ、映画の上映が始まったが、テレビ局がバックアップしているわけでもなかったため、派手な宣伝もされていなかった。けれど、世間の人の大きな関心を引かない程度には興行成績を伸ばしているようだった。
その客のほとんどが千春のお父さんか、水絵さんのファンだった人か、杉田さんのファンのどれかなのだろうか。
一度、その映画についての特集記事を見たことがある。父親の方針が通ったのか、世間の人の関心の高さを合わせているのか分からないが、その特集は杉田さんと十年ぶりに新作を発表した元売れっ子作家について触れているものだった。




