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終わりを告げた一つの人生

 キスシーンの撮影をする日がやってきた。その撮影シーンは撮影の本当に終盤に組み込まれていた。

 何度かリハーサルをして、そのときは唇を近づけるだけで重ねることはなかった。


 本番前、杉田さんがわたしの傍にやってきた。

 彼の表情には今までにないような緊張が見え隠れしていた気がした。


「大丈夫?」

「大丈夫」


 彼ははにかみながら微笑んだ。


「もうすぐ撮影も終わりだね」

「そうだね。わたしの出た最初で最後の映画か」


 最初は精一杯やることしかできず、周りの気持ちにも気付けなかった。

 けれど、わたしに多くのことを教えてくれた。わたしがどれだけ尚志さんのことを思っていたのかも。

 わたしのお父さんのこと。千春のこと。そして、杉田さんのこと。


「後輩になったら、大学で会うかもね」

「そうですね。勉強頑張らないと」


 一つの何かが終焉を迎えた。

 だが、夢が終わってもこうして築いてきたものは着実に形になって残っている。

 わたしの大事な人たちは、こうしてわたしの周りにいてくれるのだから。


 そう満たされた気持ちを抱きながらも、わたしには一つの疑念があった。

 本番に入ろうとしたとき、わたしはスタッフの後ろに麦藁帽子を被った少女がいるのに気づいた。

 彼女は大学の授業があるらしく、数日前から家に戻っていた。


 彼女もわたしが見ているのに気づいたのか、手を振っていたのだ。

 撮影が始まり、彼の優しい手がわたしの頬に触れた。

 わたしは彼の手に導かれるようにして目を閉じると、間をあけずに、唇に優しい感触を感じる。


 わたしの胸が自然と高鳴っていった。

 しばらく経って彼の唇がゆっくりと離れ、わたしは目を開けた。

 優しく微笑む彼の姿があった。


「カット」


 成宮秀樹の声が辺りに響き渡った。


「うまくいってよかった」


 わたしにそう言ってだきついてきたのは満面の笑みを浮かべた千春だった。

 彼女の被っていた麦藁帽子が途中で地面に転がっていた。


「康ちゃんもうまくいってよかったね」


 彼は肩をすくめてどういたしまして、綴った。


「悪いんだけど、他のシーンを撮るから、下がっていてくれ」


 咳払いをしながら、成宮監督が言った。

 千春は照れたような表情を浮かべ、頭をかいた。帽子を拾い、少し離れた場所に戻る。

 わたしが彼女を見ると、彼女はピースをしていた。


「千春は相変わらずだな」


 杉田さんはわずかに頬を赤らめながら微笑んだ。


 相手が杉田さんだったから嫌ではなかった。彼はわたしのつらかった時期を支えてくれたかけがえのない人だ。わたしが演劇をやめ、尚志さんと一緒にいることを選んでも、きっと彼から受けたやさしさ、感謝の気持ちは一生忘れないだろう。


 黙っていればいいのは分かっていた。きっとそうしたほうがうまくいく確率は高い。

 だが、わたしはそうはしたくなかった。わたしのわがままだったとしても。

 尚志さんに杉田さんへの気持ちを告げたとき、どう思うのだろうか。彼はそんなわたしを受け入れてくれるのだろうか。

 それの答えは今のわたしにはわからなかった。


「どうかした?」


 杉田さんの問いかけに首を横に振った。

 わたしは最後まで彼女を演じ続けた。


 最後のシーンは青空が澄み渡る空のしたで、二人が再開するシーン。

 果歩は数年来会っていなかった少年と同じ後姿を見つけ、思わず声をかけた。


 果歩の言葉に彼が振り返り、少年は驚くとともに、やさしく微笑んだ。

 最後のOKが出た直後、わたしは思わず目を閉じた。

 これでわたしの一つの人生が終わりを告げたのだ、と分かった。


 だが、綺麗に終わりというわけにはいかないようで編集作業などもあるらしく、わたしにもやるべきことがあった。

 正確にはその時点でわたしの仕事は終わりなのだろう。



 年内、その作業に時間をとられた。センターにも出願をしていたため、勉強の合間に残った仕事を片付けるそんな日々を送っていた。

 母親が春に一区切りつけようとしていたのは、こうした事情を父親から聞いたのかもしれない。

 忙しい日々で千春や杉田さんからはたまに連絡が届き、今の状況をわたしに教えてくれていた。けれど、尚志さんから電話がかかってくることは一度もなかった。


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