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お母さんへの贈り物

 部屋がノックされ、返事をすると杉田さんが顔を覗かせた。


 あれからわたしは何度も本井さんの言った意味を考えていたが、答えは出ないままだった。

 わたしはどうしたいのだろう。


 忙しい時はいいが、暇になればそのことに考えを巡らせてしまうことも少なくない。


「今日、出かけない?」

「いいよ。どこにいく?」

「君のいきたいところがいいな」


 彼はそういうと笑顔を浮かべた。

 杉田さんのこういうところはすごく好きだ。


「だったら買い物に行きたいな。お母さんの洋服を買いたいの」

「お母さんの?」


 わたしは先日、出演料の一部をもらったのだ。それは監督がわたしが気晴らしに使うお金が必要だろうと思い渡してくれた。わたしの最初に買いたいものは決まっていた。

 理由を説明すると杉田さんは微笑んだ。


「君らしいね。車を借りてくるよ」

「わたし、らしいかな」

「そう思うよ」


 監督に車を使わせてほしいと聞いたら帰ってきた返事はNOだった。今日、出かける予定があるらしい。交通機関もほとんどないから送ってくれることになった。

 わたしたちはそのまま車に乗り、ショッピングモールで下してもらい、夕方六時に待ち合わせをする。そこで女物の洋服を打っているお店に入ることにした。


 ワンピースやカーディガン、スカートなどいろいろな洋服が売っていたが、黒のタイトスカートと、白のシャツを買うことに決めた。それはもちろん母親への贈り物だ。


「僕は明日戻るから、渡してこようか?」

「いいよ。宅急便で送るつもりだから」


 わたしたちはそのままサービスカウンターに行くと、母親宛の洋服を送ってもらった。

 一息ついて時刻を確認すると、まだ十二時を回ったばかりだった。


 昼食を食べてもまだかなり時間があった。


「どこで時間潰す?」


 そんなわたしの目の前に入ってきたのはショッピングモール内にある、ゲームセンターのガラス扉超しに見えるユーフォーキャッチャーだった。


「あれ、やってみたい」


 わたしの言葉に杉田さんは笑顔を浮かべると、店の中までついてきてくれた。

 わたしはくまのぬいぐるみをとろうと決める。さっそくコインを入れ、ボタンを動かすが、なかなかつかめなかった。結局くまのぬいぐるみがとれないまま、終わってしまう。


 杉田さんもやってみてくれたが、結局とれず、お互いの顔を見ると笑い出してしまった。


 なぜかそれで満足すると、店から出ることにした。

 そのとき、階段のそばにあるガラスに水滴がついているのに気付いた。


「降ってきちゃったね」

「この中で過ごそうか。外にいなくてよかったよ」

「そうだね」


 わたしは延々と降り続く雨に視線を傾けた。

 その雨がわたしに一つのシーンを呼び起こさせた。

 二人の誤解が解ける、わたしの好きなシーンだ。


「このシーンって映画にありそうなシーンだよね」

「そういえば、そんなシーンがあったね。そろそろそのシーンの撮影か」


 彼は空を見上げながら、微笑む。


「わたし、そのシーンが好きで、この映画が好きになったんだ。きっとこの役を演じたいと思ったのもそのシーンがあったから」

「そうだったんだ。確かにいいシーンだったよね。表情の一つずつに気持ちがこもっていて、手に取るようにその気持ちが伝わってきた。


 彼はそのままふっと目を細めていた。


 何かを思い出したような笑みに気づき、彼を見る。


「僕がこの映画に出ようとおもったときのことを思い出したんだよ」

「千春から借りたんだよね。演劇のDVD」

「聞いた?」

「本井さんからだけどね」

「すごく驚いたよ。演技は未熟なところも多かったけど、君が話せば息をとめて聞き入ってしまう。君とならもう一度演技をしてもいいと思ったんだ」


 その優しい言葉に頬が赤くなるのが分かった。


「初めて聞いたよ」

「初めて言ったから。さすがに恥ずかしいからね」


 その言葉を如実に示すように、杉田さんの頬は紅く染まっていた。


「言い訳みたいだけど、あと一つ、妹がもう一度だけ見たいと言ってくれたんだ。俺が映画に出ているのをね。君の文化祭の映像を見せたら、すごく気に入っていたよ」

「仲がいいんだね」


 想像してほほえましいと思ってしまっていた。


「もともと妹のために始めたから、というのもあったんだと思う」

「子役になったのが?」


 杉田さんは頷いた。


「僕の妹は体が弱くて、なかなか遊べなかった。だから、彼女はいつもテレビを見たり、映画を見たりしていたんだ。そんなときにね、成宮監督が僕が映画に出たら、妹も喜ぶんじゃないかって言ってくれたんだ」


「何か、それって弱みに付け込んだような」


 わたしの顔を見て、杉田さんは複雑そうな表情を浮かべた。


「そうでもないよ。僕が悩んでいたら、そう言ってくれただけだから、そこまで強引に引きずり込もうとしたわけでもないんじゃないかな。結果的に妹も喜んでくれたし、妹がいつも見ているテレビに僕が映ると、嬉しそうにしていたって。何度も何度も繰り返してそのシーンを見たりして、よかったと思っている」


 本当に彼は妹のことが大好きだったんだろう。


「結局辞めたけど、妹は気に入ってくれていたみたいで、今回も絶対見に行くと言ってくれているよ」


 千春とは全く違う理由で始め、全く違う理由で辞めていったのだろう。


「兄弟っていいね」

「僕の家は仲がいいけど、仲が悪いと大変みたいだよ」


 それはそうなのかもしれない。仲が悪いのに毎日顔を合わせないといけないといかないのだ。


「前向きになったからか、最近は体調もいいみたい」


 この映画を見て、何かを感じ取ってくれる人もいるのだろうか。

 わたしが、この映画を見て感動したように。

 それがわたしがこの仕事に就きたいと思った原点だったのだ。


 自分がやっていけるとか、よく見せようとか、いろいろ考えないといけないことはある。

 ただ、わたしにできることは果歩という少女を演じ切ることだと思ったのだ。



 そのとき、わたしの携帯が鳴る。


「出てもいいよ。こんな調子だし」


 杉田さんはにこやかにほほ笑んだ。


 電話を出ると弘の弾んだ声が聞こえてきた。


「今いい?」

「少しだけなら」

「昨日、成宮さんと一緒に映画を見に行ったんだ。彼女が行きたいと言っていて」

「よかったね」


 わたしは素直に驚いていた。弘とは全く会わない日が続いていたため、千春と弘をセットで見る機会がほとんどなかったためだと思う。


「お前は大丈夫?」

「なにが?」

「いや、成宮さんが心配していたから」

「大丈夫だよ」


 いろいろあって今までなら弘にいろいろ言っていただろう。

 ただ、今は離れていることもあって、言う機会は減っていた。それに杉田さんがいてくれるからだ。


 どちらが上とか親しいとかそういうのはないが、近くにいてくれる分なんでも話しやすかったのだ。


 その気持ちは息を荒げるような気持ちじゃなくて、優しく、心の中を撫でてくれるようなそんな気持ちだった。わたしが彼を好きだと思わないのは、まだ尚志さんのことがどこかで忘れらないのか、千春の気持ちに薄々感づいていたからなのか、親友として好きなのかは分からない。


「大丈夫なら、安心した。話は変わるけど、成宮さん、好きな人いるんだよね」

「多分、ね。誰かは言えないけど」


 心の中を呼んだようなタイミングでそう言われ、ドキッとする。


「そっか。でも、今は近くにいられるだけいいと思わないと。その相手は成宮さんのこと好きなわけ?」

「分からない」


 彼はわたしを好きだと言ってくれた。でも、彼の言葉の意味を考えると、わたしではなく、わたしの演技が好きだったのではないかと思えてくる。

 わたしが千春や水絵さんの演技にほれ込んだみたいに。


「その男が成宮さんのことを好きだったらいいのにな」


 弘はぽつりと言った。


「そう、なの?」

「なにが?」

「千春を自分の彼女にしたいとか思わないの?」


 弘はわたしの言葉を聞いて笑っていた。


「だって無理なのは分かっているし、成宮さんの前でみっともない姿を見せたくないなって思うんだ。あまり欲張っちゃうと嫌な奴になっちゃうし、今だけは彼女の幸せを願っていようかなって思うから」

「弘っていいやつだよね。本当」

「身の程をわきまえているんだよ」

「頑張りなよ」

「ぼちぼちね。強引に何かして嫌われるのは嫌だし」


 弘との電話を切った。


「幼馴染の彼?」

「そうです。女の子の友達と遊びに行ったみたいで、その報告です」


 なんとなく千春の名前を隠してしまった。


「そっか。楽しそうだね」


 彼はそうにこやかに笑う。


 傍目にみるとやっぱりかっこいいと思う彼はもてないわけじゃないと思う。

 彼は千春のことを、そしてわたしのことをどう思っているんだろう。


 わたしたちは昼食を食べると、成宮秀樹が戻ってくるのを待ち、別荘に戻ることにした。


 今度千春に会ったら、なんとなく弘とのことを聞いてみようかなと思っていた。


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