わたしの今後
わたしは携帯を見て顔をほころばせた。ちょうど千春たちが帰って一週間が経過していた。そして、本日の数時間前、千春のお父さんが「また来る」と言い残し、別荘を去ったのだ。もちろん久しぶりに家に帰るために。
そろそろ家に着いただろうか。
千春は喜んでいるだろうか。
そう考えるとおのずと顔がにやけてしまっていた。
ドアがノックされ、返事をすると本井さんが顔を覗かせた。
彼女はわたしの部屋に入ると、息を吐く。
「気になることがあるの」
深刻そうな思い悩んだ口調にわたしの胸がどきっとした。
「何ですか?」
彼女は物語を読み上げるようにゆっくりと語りだす。
「あなたってこれから先、この仕事をやっていきたいと思う?」
「え?」
わたしは杉田さんに同じことを言われたことを思い出していた。
「まだ、分かりませんけど」
彼女はわたしの部屋のドアにゆっくりと体を持たれかかった。
そして、自らの前髪をさらっとかきあげた。
彼女の視線はわたしではなく、彼女の足元に向けられている。
その彼女は寂しそうで、切ない気持ちになってきた。
「わたしもね、千春や杉田君と一緒なのよ」
わたしは突然の言葉に事情がのみ込めなかった。
「わたしも昔、彼女たちと同じ世界にいたのよ」
「そうだったんですか?」
彼女は首を縦に振った。
「結局続かなくて止めたわ。でも一応二十歳まではいろいろやっていたの。あなたがやっている役をやりたくて監督に頼み込んだこともある。あっさり断られたけどね。それで引退したの」
「でもまだ若いですよね。引退って年じゃ」
「若くないわよ。それに人生をやり直すなら少しでも早いほうがいいと思ったの」
「そうですね」
わたしよりは年上だが、彼女が世間的にまだ若いことは十分に分かる。彼女が自分は若くないといっているのを聞くと何だか寂しかった。
「少し話が前後するけど、やめる前にね今回あなたのマネージャーをやってみないかと言われて、そうすることにしたの。元々人付き合いも好きだったし、顔も広かったから」
彼女が事務的にわたしに接していたのはそういうことだったのだろうか。
「最初はね、あなたがきちんと演じられるか分からなかった。逆に彼の足を引っ張るんじゃないかって言われてね。でも、あなたを見ていて分かった。彼らはそんな子を求めていたんだって」
「そんな子?」
彼女は首をかしげると、唇に右手を当てた。
「無垢な、本当に少女だと思える女の子かしら。綺麗さとか華やかさとかではなくて、あどけなさや優しさが必要だったんだって」
「あどけなさ? 童顔ってこと?」
彼女はくすっと笑った。
「そうじゃないわ。外見や作ったあどけなさじゃない。内面から出てくるような少女らしさとでも言うのかしら」
「難しいですね」
「あなたは分からなくていいのよ。分かったらそれが自然なものではなくなるし。少なくともあなたはこの役が終わるまでは今のままでいないといけないから。本当は彼も復帰する気はなかったのよ。もう別の人生を歩むことを決めたし、今更戻るつもりはないって」
「杉田さんのことですか?」
本井さんは頷いた。
わたしは彼は俳優になりたいのだと思っていた。
だから留年覚悟で俳優をやっている、と。
「千春ちゃんに口説かれたみたい。絶対に彼しかいないって。それに彼、あなたを見て決めたって言っていた」
「わたしを見て?」
わたしが杉田さんにあったのは、大学が最初だ。
あの前後に千春からその話を聞いた。でもどっちが先だったのだろう。
「見てってのは実際に会ってじゃない。文化祭のビデオを見たとか言っていたわ。学校から借りたとかなんとか。監督にも見せたらしい」
全く知らなかった。
「成宮さんの中では千春さんと杉田さん以外の役ではもう二度ととる気も、撮らせる気もなかったの。その千春さんが選んだあなたを成宮さんが認めた。もっとも千春さんもあなたか杉田さんが断ったのなら、この話をなしにする予定だったみたいよ」
信じられなかった。千春があそこまで一生懸命だったのは杉田さんのためというならわかる。だが、彼は乗り気でなかった、と。わたしには状況が呑み込めなかった。
「だから、あなたに興味があったのよね。どうしてそこまで人の気持ちを動かせたのだろうと。でも実際に関わって分かった。その理由がね。同時にあなたはある意味水絵さんと同じじゃないかとも思ったの」
「水絵さんと?」
「あなたは続かないって思った」
「え?」
今までどちらかと言えばわたしを褒めるような言葉が続いて、どうしてそんな話に突然なるのか分からなかった。
「普通にやればね。でも、やり方によっては続けていくこともできるとは思う。だから、あなたが本気でやりたいなら、わたしも全力でサポートするわ。でもね、それには覚悟が必要になる」
「やり方って?」
「このまま映画のみにこだわるか。成宮さんもあなたを別の映画で撮りたいと思っているみたいよ」
わたしは驚き本井さんを見る。
「でも、成宮さんにかかりきりになるのは悪い気がします」
「それに抵抗があるなら、大きな事務所にうつるか、スポンサーをつけるかね。杉田君にも同じことが言えるけどね。この映画の撮影が終わるまでに、お母さんと相談して、じっくり考えなさい。この映画は話題になると思うわ。もちろん、それが興行に結びつくかは分からないけど」
彼もわたしと同じで監督の事務所に所属している。そうしたのは多分金銭的な問題があったからだろう。事務所を通じると取り分は少なくなる。それなら千春の家の持つ事務所を通したほうがいいからだ。その取り分を少しでも多くできるからだ。
「あと一つ、あなたは千春さんのお兄さんが好きなのよね」
わたしは驚き、彼女を見た。
からかうわけでもない真剣な言葉に、わたしは首を縦に振る。
「やっぱり彼ね。つきあってはいないのよね?」
わたしは頷く。
「女優になりたいなら彼のことは忘れたほうがいいと思う」
わたしの戸惑いに気付いたように言葉をつづけた。
「わたしは千春ちゃんたちよりももっといろんなことを知っているからそう思うの。だから、これはあなたのためなのよ。彼だからまずいというのもあるんだけどね」
わたしは母親を中傷していた二人のことを思い出していた。ああいうことが普通にあるということなのかもしれない。
「中途半端な気持ちなら後悔すると思う。あなたの父親のことも聞いたわ。そのことも忘れなさい」
「父親って」
「あなたの母親から聞いたわ。あなたを守るためにあなたに関わる全てのことを教えてほしい、と。知らなかったら対処のしようがないでしょう? あえていっておくと、あなたが忘れなければ、あなたのお母さんが中傷されるようになるかもしれない。あなたはきっと耐えられないでしょう?」
わたしは答えられなかった。彼女の言っていることは当たっていたのだ。
彼女の足はそのまま窓辺に向かう。そして、白いカーテンをゆっくりと開くと、窓の外を眺めていた。今、彼女はどんな表情で窓の外を眺めているのか分からない。
「沢井ひろみはほめられたものではないけど、あれくらいないとやっていけないと思うわ。そういう面であなたと水絵さんは似ているのよ。優しすぎるし、回りを蹴落とすことができない。だから、彼女はやめたのよ。あなたもいずれそうなると思う。好きだけではやっていけない世界なの。だから、もう一度考えてみなさい。あなたの幸せを」
「わたしの幸せ?」
それって何なのだろう。今まで考えてきたことが何かずれはじめていた。
「ならどうして水絵さんは千春を子役にしたんだろう」
「それだけの才能を持っていたからじゃないかな。あなたも思うでしょう? あの子は別格だ、と」
わたしは頷いた。
千春はそれを自分の夢にはせずに、別の目標のために頑張っていた。
本井さんは部屋を出て行った。
わたしはなんとなく、本井さんのことが気になっていた。彼女がどういう人間で、どんな演技をしていたのか。
わたしは考えた末、千春に電話をし、本井さんが出ていたというドラマを教えてもらった。千春がすぐに送ってくれ、二日後にはそれが届いた。そこに映し出された彼女は綺麗で、演技もうまく、主役の子よりも輝いていた。だが、それでも彼女はやめた。
彼女の過去はわたしの考えを余計にまとまらなくさせていた。




