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撮影開始

 撮影が始まった。初めてのことなのでうまくできるか心配だったが、今までの練習の成果もあり、思っていたよりもスムーズにことが運んだ。


 別荘に泊まり込み状態のわたしや成宮監督とは違い、ほかの人は別荘とほかの場所を行き来していた。杉田さんも大学に通うために一週間の半分以上は向こうで過ごし、週末にやってくるといった感じだ。


 彼は母親の店にもたまに通い、彼女の様子を逐一わたしに教えてくれていた。

 彼女が元気だと聞かされ、わたしも撮影に打ち込めていた。


 清閑な緑の空間に、監督の厳しい声が響き渡った。だが、驚きはない。今日、五回目のカットだ。その原因はわたしの目の前に立つ、わたしの親友役の少女を演じる沢井ひろみだ。今、撮影しているのは果歩が友人に勇のことを話すシーン。その大半のセリフはわたしだが、彼女が短いセリフを間違えたり、間を取り間違えたり、表情が場違いだったりと再撮影になる行動を繰り返していたのだ。


 わたしがセリフを間違えなければ、難しいシーンでもない。果歩が少年のことを語り、友人が笑顔で「よかったね」と返すだけの他愛ない一カットだ。


 演技が下手なのかといえばそうではなく、わたし以外と絡むシーンでは難なくこなしていたのだ。


「少し休憩しよう」


 成宮秀樹はため息混じりに呟いた。


 彼女は成宮秀樹が出したいと思った子ではなく、出資をしてくれている事務所から言われ出すようになったらしい。その前は主役でという話を向こうがしていたらしく、最初の敵意に満ちたまなざしの理由にもおのずと気付いた。そんな彼女に与えられたのはセリフが少ないけれど、比較的画面に映る役だったのだ。


 

 わたしは太陽の光を手で遮った。季節は六月になっていた。

 六月にもなると、太陽の日差しは強くなっていた。

 わたしの体に影がかかり、顔を上げると心配そうな顔をした杉田さんの姿があった。


「大丈夫?」

「大丈夫」

「監督が次のシーンを撮ると言っているけど、撮れる?」


 次に撮る予定になっているのは時系列的に少し前の、わたしが彼との誤解を解いていくシーンだった。


「やっぱり伸ばしてもらうように頼んでくるよ」


 歩きかけた彼を制した。


「大丈夫だよ」


 杉田さんは明日また家に戻る。明日の昼過ぎからは大学の授業がみっちり入ってて、大学に通っている彼のほうが大変なのに根をあげることなどできない。


「無理そうだったら言って」


 杉田さんの言葉に頷き、少しの休憩の後、次のシーンに入ることになった。セリフを言う途中、彼の顔を見るシーンがある。そのとき、胃の辺りに不快感を覚えていた。わたしはその痛みに堪えて、苦しみをできるだけ顔に出さないように心がけた。


「ノート貸してくれてありがとう」


 そこで果歩は彼から目をそらし、彼に歩み寄るタイミングを伺っていた。

 そのノートを彼は無言で奪い取り、去っていこうとした。


「あなたって変な人よね」


 そこで垂れた髪を耳にかけ、困ったような照れたような笑みを浮かべる。

 だが、果歩を見つめるのは、冷たく蔑んだような瞳だ。


 そんな彼の瞳を見て、最初は憤りを感じていたが、その眼が今では別のものに見えつつあった。まるで自分を傷つけないために相手を威嚇するような瞳だ。果歩はそんな彼の瞳の真意に気付き、放っておけないと思い始めた。


「何が?」


 吐き捨てるような言葉。

 果歩はその表情に切ない気持ちを募らせる。

 なぜ彼はそんな言葉を投げかけてくるのだろう。

 そんなに自分が嫌いなのだろうか、と。


「優しいと思ったら急に冷たくなったり。でも冷たいと思っていたら優しい人だったり」


 わたしは胸の辺りに息苦しさを覚える。それは今のシーンの影響だけではない。

 さっきの胃の不快感が全身にじわじわ広がり、頭がくらくらしはじめる。

 もうすぐこのシーンも終わる。それまでの我慢だ。


 わたしは彼を見た。


 彼はその言葉に一瞬だけ驚いた仕草を見せるが、顔を背ける。


「それはお前だって同じだろう? いつもそうやって気まぐれで」


 果歩はその言葉に何かに気づく。自分と彼はどこか似ていると気づいたのだ。

 わたしは笑みを浮かべる。


「それって似た者同士ってこと?」


 その言葉に勇は目を見開く。

 一瞬、照れたような表情になるが、果歩をちらり見て、彼女を再び睨む。


「ばからしい」

「それでもいいよ。わたしが勝手にそう思うから」


 前向きで、後ろを見ない言葉。

 わたしには絶対に言えない言葉だ。


「カット」


 監督の声が響き渡る。

 わたしはそのとき、安堵から胸を撫で下ろしたが、軽い眩暈を覚える。

 崩れかけたわたしの体を杉田さんが支える。


「大丈夫?」


 わたしは頷いた。


「大丈夫だよ」


 そう口にしたもの、胃の辺りのムカムカ感が次第に強くなっていく。

 そのまま立ち上がろうとしたが、そのままよろけた。

 杉田さんがわたしの体を支えてくれた。

 わたしはお礼を言いたかったが言葉が出てこず、意識が遠のいていった。



 目を覚ますと見慣れた景色が飛び込んでくる。わたしの部屋の中だった。

 部屋の中には杉田さんの姿があった。

 彼はわたしと目が合うと、目を細めた。


「大丈夫?」


 杉田さんの手がわたしの額に触れた。その手に、ドキッとする。


「大丈夫です」

「体調悪かったなら無理にしないでいいのに」

「でも、撮影が遅れたら他の人に迷惑をかけるから」

「君の責任じゃないのに。生真面目すぎだよね」


 彼にそう言われると、親や兄に言われたようなそんな気がしてきた。


 わたしは頷いた。


「今日は一日ゆっくり休むといいよ。僕は戻るから。そろそろ呼び戻されそうだしね」

「傍にいてくれてありがとう」


 杉田さんは目を細めていた。

 わたしは一眠りすることにした。時刻は三時を回ったばかりで、今日の夜にも撮らないといけないシーンがあったのだ。

 早めに体調を回復させて、夜には戻りたいと思っていた。


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