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返事のない問いかけ

 窓の外を流れる景色を見ながら、電話から聞こえてくる声に耳を傾けた。


「お前、顔ひきつってて、せっかくきれいに化粧をしているのに台無しだな」

「仕方ないでしょう。緊張して」


 電話の相手は弘でどこかでわたしの写真を見かけたようだ。


「田中と久井にお前のことどこかで見たのか聞かれたんだけど、だからあいつは母親の実家でのんびり暮らしているからそんなところにいるわけないじゃんって言っといたよ」

「ありがとう。でも、ばれたときは文句言われるよね」


 わたしはその言葉にドキッとする。高校の知り合いでは、映画のことは結局千春と、弘以外は知らないのだ。


「そのときはそのとき。頑張れよ。俺はこれくらいしか言えないけど」

「うんん。こうしてときどき話を聞いてくれるだけで嬉しいよ」


 わたしはお礼を言うと電話を切った。


「高校の友人?」


 鏡に映った成宮秀樹がわたしを見る。


「はい。それでいて、幼馴染です」

「そうなんだ。仲がいいな」


 彼は目を細めて笑っていた。


 わたしは成宮監督と一緒に一足先に撮影で使う別荘に行くことになっていたのだ。何でも彼の所有の別荘なので、そうした面では自由がきくようだ。杉田さんも明日には来ることになっていた。その途中、弘から電話がかかってきて、彼の許可を得て、電話で話をしていたのだ。


 彼を父親だと知っても、わたしと彼の関係は何も変わらない。ただ、彼をじっとみる機会が増えたとは思う。


 彼は今でも独身なのは、それとなく杉田さんから聞いた。千春や尚志さんを実の子供のように可愛がっている。そんな彼がお母さんとの将来をどう考えていたのか、他の男との間に生まれたとされたわたしのことをどう思っているのかはいまだに分からなかった。


 そのとき、車が減速し、白い別荘の前で停まった。

 わたしは今まで考えていたことも忘れ、その白い別荘に目を奪われていた。


「ここって本当に監督が持っているんですか?」

「正確には千春の父親だよ」


 わたしたちは車から降りる。本井さんはさっさと鍵を持って別荘の中に入っていった。

 監督が彼女の姿が消えるのを待っていたかのようなタイミングで口を開いた。


「あいつがここを買ったんだよ。鍵はこの前千春から借りた」


 今でも生活には困らないという話を尚志さんからも聞いたことがあったが、余計に真実味を増していった。誰も足を踏み入れなかったこの別荘を維持し続けるくらいだ。


「そんなに価格帯は高くないよ。きっと子供一人を育てるほうがお金がかかる」

「そんなにかかるんですか?」

「二千万とか三千万とか言われているね」


 お母さんはそれだけのお金をわたしのために支払い続けてくれたのだろうか。同時にわたしが最初に稼いだお金で何を買いたいか決まった。


「わたし、お母さんにお世話になったから、お母さんに洋服を買いたいな」


 彼に言う必要はなかったのかもしれないが、言葉が自然にこぼれていた。


「きっと彼女は喜んでくれるよ」


 彼はそう言うと、わたしがびっくりするくらい嬉しそうな表情を浮かべていた。



 別荘の中に入ると、もう一度驚く。外から見たときも見当はついていたものの、とにかく広く、部屋は二十は軽くありそうだった。

 わたしの部屋は二階の一番奥の部屋だった。成宮秀樹の部屋はそこから四部屋離れた部屋だった。ちなみに本井さんはわたしの隣の部屋だった。


 わたしは自分の部屋に入ると、窓を開けた。和やかな風が入ってきて、その風を一身に浴びるために目を閉じた。

 これから、頑張ろう。

 そう決意を新たに部屋を出てリビングに行く。


 そこには成宮秀樹の姿があった。彼は何か本を読んでいる。


「何を読んでいるんですか?」

「兄貴の本。ここに置いてあったんだよ」


 彼が読んでいた本の表紙をわたしに見せてくれた。その本の表紙はぼろぼろになっていて、年月の古さを思い起こさせる。同じ本を尚志さんから借りた。そう思い、心がちくりと痛んだ。


「その本、読みましたよ。なかなか犯人が分からなくてドキドキしました」

「君は推理小説を読むのか?」

「ええ。恋愛ものって恥ずかしいもの」


 彼は笑いを堪えているようだ。


「変わっているね」

「そんなことないですよ」


 わたしと彼は顔を見合わせると、笑っていた。


「来週から撮影を始める。それまではゆっくり過ごすといいよ」


 わたしは部屋に戻ると、もう一度台本に目を通すことにした。

 台本を一通り読み終わるころには太陽が傾きかけていた。

 わたしのお腹が音を奏でる。


「ごはん、どうするんだろう」

「美咲」


 本井さんの呼びかけに返事をして、ドアを開けた。

 彼女はにこりとも笑わずに、淡々と言葉を綴った。


「夜ご飯はどうするの? 何か食べたいものはある?」

「おにぎりかなにかでいいです」

「希望がないなら、下にいる人が作っているごはんを食べてあげたら?」

「監督が?」


 彼が料理ができるというイメージが全くわかない。どちらかといえば、彼は料理ができない人に分類されると思っていたためだ。

 ただ、彼の作る料理に興味はある。


 部屋を出て階段に歩きかけると、本井さんはそのまま自分の部屋のノブに手をかけた。


「本井さんは食べないんですか?」

「後から食べるわ。いろいろやらないといけないことがあってね」

「わたしも手伝いましょうか?」

「あなたはそのままでいいのよ」


 彼女は意味深な言葉を残し、部屋の中に消えていく。


 廊下に取り残されたわたしの鼻腔に香ばしいにおいが届いた。

 その匂いに引っ張られるようにして階段を下りて、キッチンを覗く。そこにはエプロンをした成宮秀樹の姿があったのだ。そのわきには皿に山盛りになったハンバーグが置いてある。形もしっかり整えてある。


 ふっと、彼がお父さんに見えた。

 お父さんはこんな感じなのだろうか。

 彼が振り返る。


「そろそろ呼びに行こうと思っていたんだ。匂いでばれてしまったね」

「ハンバーグですか?」

「たっぷりあるから好きなだけ食べなさい」

「三人で食べられるかな」

「君は若いし大丈夫だよ」


 わたしは明言をさけ、会釈した。


「料理できるんですね」

「一人身だからね。これくらいできないと」

「そうですね」


 なぜ彼は一度も結婚をしなかったのだろうか。


 母親と彼が結婚をしていたら、父親の手料理を楽しむことがあったのだろうか。

 想像できないが、今の彼が父親なら楽しい家庭を築けそうな気がした。


「君のお母さんは料理が上手なんだよね。杉田君から聞いたよ。杉田君が君の家でよく食事をご馳走になっていたらしいね」

「上手ですよ」

「一度、食べに行ってみたいな」


 そう彼は懐かしげに微笑んだ。

 その表情を見て、ドキッとする。


 彼はまだ母親のことを好きなのではないかと感じたためだ。

 だが、わたしは首を横に振る。

 それはわたしが見せた幻想かも知れないから。


「お皿、出しますね」


 食器棚にあるきかけたわたしを成宮秀樹が呼び止めた。


「家に電話をしたのか?」

「していません。予定も伝えてあるし、大丈夫だと思います」

「私が準備をしておくから電話をしてきたらいい。廊下にある電話も使える状態になっているから、そっちを使ってもいい」

「後からでもいいですよ。携帯も持っているし、用事があればそっちにかけてくると思います」

「遅くなったら眠っているかもしれないし、心配しているよ。きっとね」


 親としての一般論を唱えたのだと思う。だが、彼の言葉には妙な含みがあった。

 携帯で母親に電話をすると、彼女は「体調に気をつけて」とだけわたしに告げた。

 キッチンに戻ると着々と準備を進めていて、いつの間に作ったのかミネステローネのスープが白い器に盛ってあった。


「電話してきました」


 彼は笑顔で返事をする。

 よくわからないことだらけだ。

 成宮秀樹がこうして料理をしているのもそうだし、杉田さんと別々にここに入った理由も分からない。

 その直接的な理由は本井さんからそう決まったと言われたためだ。


「お風呂だけど、大浴場がよければ一階にあるお風呂を使ってくれ。君の部屋にもあるとは思うが少々狭いからね」

「部屋のお風呂でいいです。広い風呂だと落ち着きません」


 彼はわたしの言葉を聞いて笑っていた。

 それから彼と他愛ない世間話をして、部屋に戻った。

 トイレもお風呂も部屋についていたため、それからの時間を部屋で過ごした。

 ただ、眠る前にふと喉の渇きを覚えてリビングに行った。



 リビングに行くと、彼はうつぶせになりテーブルで眠っていた。自分の部屋で眠ればいいのに、寝落ちするまでなぜリビングにいたんだろう。

 わたしは彼の寝顔を見る。

 五十近い彼の年齢を考えたら、若く見えるほうだろう。だが、彼の目じりにあるしわが彼の年齢を感じさせる。

 きっと母親と一緒の時にはなかったしわ。

 そのしわが彼の心を丸くしたのだろうか。

 母親は今の彼をみてどう思ったのだろうか。

 母親の幸せが彼と一緒にいることなら、わたしは彼と一緒にいてほしいと心から思っていた。


「あなたは本気で母を愛していましたか?」


 わたしは帰ってくることのない問いかけを投げかけていた。

 首を横に振ると、電気を消してリビングを後にした。


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