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愛らしい千春の夢

 わたしは誰もいない教室でため息を吐いた。

 授業が終わり、もう誰も残っていなかったのだ。昨日のことを思い出し、顔が赤くなる。

 それは二人の伯父にあいにいったことではなく、尚志さんに抱き付いてしまったことだ。


 あのときは悲しくてそれどころではなく、自分がしたことに気づいたのは家に帰った後だった。

 自分から男の人に抱きつくなどどうにかしていると思う。

 その上、雨の中でずっと一緒にいてくれた彼が風邪でも引いたらどうしたらいいだろう。


 考えれば考えるほど、頭の中が混乱してきてしまいそうになる。

 わたしが机に顔を伏せていると、わたしの机に影が映った。


 顔を上げると千春が立っていた。

 彼女は明るい笑顔を浮かべている。


「昨日どうだった?」


 誰からも昨日の話を聞いていないのだろうか。

 ダメだったとは言い出せなかったのであいまいに答えることにした。


「分からない」

「伯父さんも変な人だからね」

「尚志さんも言っていたよ」


 わたしの言葉に千春は笑う。


「一緒に帰ろうよ」


 わたしは千春に誘われるまま、学校を出ることにした。

 帰りがけにコンビニを通りかかったときに、千春がお店の中に入ろうと促した。


「お疲れ様ってことで一個おごってあげる」


 彼女はわたしが選ばれると思っているのかもしれない。

 わたしは彼女の好意を受けておこうとしたのだ。

 ソフトクリームを手に、わたしたちはお店を出た。

 それを近くの公園で食べることにした。

 公園の中で封をとき、食べ始めたとき、千春が短く息を吐く。


「昨日は大変だったみたいだね」

「え?」


 わたしの胸がどくんと高鳴る。

 どっちのことを言っているんだろう。


「傘持っていないのに、雨が降ったんでしょう? お兄ちゃんがびしょびしょで帰ってきて驚いちゃった」


 わたしの脳内で昨日のことが蘇る。

 頬が熱くなってきた。

 千春はそこで会話をやめ、アイスを食べ始めてしまった。


 どうしよう。


 三度ほど躊躇して、四度目にやっと言葉を紡ぎだす。


「お兄さん、何か言ってなかった?」


 わたしは顔が赤くなるのを実感しながら千春に聞いた。


「お兄ちゃん? いつもどおりだったよ」


 彼女はアイスをなめながら、首をかしげる。

 ホッとしたような複雑なようななんともいえない気分だ。

 彼にとってその程度のことだったのだ。

 わたしにとっては一大事なことだったけど。

 彼女の瞳が面白いものを見つけたように微笑む。


「何かあったの?」

「何もないよ」

「アヤシイ」


 彼女は悪戯っぽく微笑む。


 昨日、尚志さんにからかわれたことを思い出していた。

 兄妹揃ってわたしをからかっているのだろうか。そう考えると、何だか恥ずかしくなってきた。

 わたしは強引に会話を切り替えることにした。


「何もないって。そういえば伯父さんから聞いたよ。秋ちゃんのこと」


 千春の顔が引きつる。


「あのじじい」

「隠す必要はないからってさ」

「わたしにとっては黒歴史なんですが」


 彼女は肩を落とす。

 どうして彼女はそんなに知られたくないのだろう。

 あれだけすごい演技をしていたのに。


「誰にも言わないよ。でも、これで諦められると思う」


 わたしの中で水絵さんになりたいという気持ちがあった。

 だが、それ以上の敵わない存在を見せ付けられることで、心がすっとした気がする。彼が彼女の話題を出すことで、わたしに無理だと告げたかったのだろうと思ったからだ。


「絶対に言わないでよね。あんな誰も覚えていないようなことを知られたくないのだから。それに諦める必要なんてないよ。わたしは京香なら絶対できると思う」

「自分のことは自分でよく分かっているからね」


 わたしは明るい口調で言った。


 夢は叶えることができないから夢なのかもしれない。

 もっと現実的な、叶えられそうな夢を探そう。


「千春は何になりたいの?」


 その才能を持つ彼女が何になりたいか知りたかったのだ。


 彼女の顔が真っ赤になる。

 わたしは意外な反応に彼女を見た。


「笑わない?」

「笑わないよ」

「……お嫁さん」


「そうなの? もっと専門職みたいなものかと思っていた。研究者とか」


 彼女が理系クラスに所属しているからそう思ったという単純なものだった。


「あ、そっちの夢?」


 彼女はしまったと言いたそうな顔をした。彼女にとってお嫁さんが一番の夢がそれだったのだろうか。


「研究者とかなれたらいいよね。楽しそうだもん」


 千春は無理に明るい声を出した。

 なんとなくさっきの失態を隠そうとしているのではないかと思って笑ってしまった。


 千春は頬を膨らませた。


「でも、わたしにとっては大問題なのよ。今まで誰も好きになったことないし。これからも好きになれるか分からないでしょう? 二十代の間に結婚したいから、あと十年で相手が見つかるかもわからないんだもん」

「素敵な夢だと思うよ。それにわたしも似たようなものだから」


 千春の顔がもっと真っ赤になってしまった

 素敵なといわれたのが意外にこたえたのかもしれない。

 今まで好きな人ができたことはなかった。わたしはそこまで強い結婚願望はなかった。その辺りは千春と違って気楽なものなのかもしれない。


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