わたしの夢
わたしはゆっくりと深呼吸をして、目の前に並ぶ男性たちを見据えた。
「八番、平井京香です」
そこはビルの一室だった。しかし、一室といっても会議などで使われることもあるのだろうか、部屋自体は学校の教室よりも広かった。
その正面には折り畳みの机と椅子があり、五人の男性が座っていた。けだるそうにしている人、真剣な瞳で見ている人、手元の資料をめくっている人。その様相は様々だ。
その真剣な目で見ていた男性が、わたしの姿を視界に収めた。
見られていると分かって、わたしの心臓は大きな音を立てて鳴り出した。前もって言おうとしたアピールポイントを言おうとしたが、上手く言葉が出てこない。
「君はどうしてこの映画に出たいの?」
これはある映画の主演を決めるオーディションだった。一般公募をしていたのを見かけ、わたしは飛びつくように応募をした。
「女優に、なりたくて」
自分の声が震えているのに気づく。
こんなんではだめだと思いつつも、想像したように滑らかに言葉が出てこなかった。
「まあ、いいや。とりあえず台本のセリフを言ってみて」
男は欠伸をしながらそう言った。
台本には数行のセリフが記されていて、何とか言葉を搾り出す。
すると部屋の中で一番右手に座っている人が、もう結構ですよ、と告げた。
ダメだったのだろうか。
肩を落として部屋を出て行こうとした。そして、ドアノブに手をかける。
ドアを開けると、そこには真っ直ぐな瞳をした女性が立っていた。彼女はわたしと目が合うと、優しく微笑む。女のわたしでもちょっとどきっとしてしまいそうなくらいに、美しく笑う人だ。
彼女はわたしの次に面接を受ける人だ。名前は前原香奈枝と言った。
オーディションに残ったのは十人。残るは彼女と、柔らかそうな猫毛の髪をしたあどけない少女。もう一人の少女も、目を見張るような美少女だが、目を瞑って、身動き一つしない。
わたしの前にオーディションを受けた人たちは控え室に戻ってしまったようで誰もいなかった。
わたしは今だ鳴り止まない心臓を押さえるために、椅子に腰を下ろし、何度も溜め息を吐いた。
「九番の方どうぞ」
そう言って先ほどわたしに出て行ってよいといった人が扉を開けた。
彼がわたしを見て、まだ居たのかと言いたげに冷めた目で一瞥した。
前原香奈枝が立ち上がり、部屋の中に入っていく。
男性が目を瞑った少女を見て、表情を緩ませた。
知り合いなのだろうか。
扉が閉まり、控え室に戻ろうと立ち上がったとき、目を瞑っていた少女がわたしの腕を掴む。彼女の瞳に、わたしの姿が映し出された。
彼女の名前は……。記憶の糸を手繰り寄せようとしたわたしを彼女の言葉がさっと打ち消した。
「あなた、悲惨ね」
「何がですか?」
「だって彼女の前なんて絶対比べられるわよ。その様子じゃあまり話せなかったみたいね」
「あなただって彼女の後ろでしょう?」
「わたしは良いのよ」
彼女は意味ありげに笑うと、悲観的とも投げやりとも思えないあっけらかんとした笑みを浮かべていた。