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神子と少年のあいだ

 今日は教会で勉強会の日。勉強と言っても、今やもっぱら教える方になっちゃったんだけどね。チビ達に勉強を教えるのも楽しいから、水、土は必ずここにきてる。背はともかく、僕以上の年の子は教会には通わなくなるなるから、そこは突っ込まないでね!


「あ、シスターマリー!」

「こんにちは、ラマル」


 少しだけ早くきたのは話をするためで、手短にシスターを奥の部屋に誘った。


「セージから話を聞いたんだけど、人の居ない部屋で聞いてくれる?」

「はい、わかりました」


 二人とも部屋に入って、僕が先に椅子に座るとシスターは鍵を閉めて、僕と向かい合う席に座った。


「いきなりだけど、僕はあの養子の話を受けたいんだ。ただ……」

「性別のこと、でしょうか?」


 シスターは僕と出会った頃から、僕が女だってことを知ってる。懺悔をする僕の話を深く聞いてくれて、僕は救われたように思えた。


「うん、その人は僕を男だと思って……だから後継者にしたいって言ってるんだよね?」


 それが一番大きな問題だった。


「私もそう思って……事実はわからないけれど、性別を偽っているかもしれないと……その方に匂わせてみたのです」

「え、どうだったの?」


 マリーはとても賢い人だ。他の人達は清らかで天使のようとよく噂するけれど、実際にはお金や世間の動きに敏感で勘の鋭い人で、実態を知った僕は密かに見た目は天使、頭脳はギャンブラーって思ってるんだ。


「もしそうだったら、もう一人誰か男の子を引き取って夫婦にして、事業を支えさせても良いとお答えでした」

「夫婦……事業を支えさせる」


 つまり、僕の性別がどちらでも引き取る気は変わらない。これは良い知らせ。けれどその先がどうにもまずい──ううん。でも、まだそうと決まった訳じゃない。

 相手の方に話せばわかってもらえるかもしれないし、結果流れてしまっても一つのチャンスが消えたに過ぎない。そう前向きに考えられるようになった。


「先方にはお断りすると伝えましょうか?」

「ううん、逆。僕はやっぱりその人に引き取られたい」

「今の話を聞いて、それでも本当に養子になると言うのですか?」

「もちろん」

「本当に?」


 シスターの曇りのない双眸が僕を射抜く。シスターの得意技にも怯んだりしないから。


「本当にだよ。でももしかしたら、進めてもらっても行けなくなるかもしれないけど」

「ラマル、あなたは自分の言っていることがわかって居ないの?」


 畳みかけるシスターに僕は焦らずに切り返す。


「わかってるよ。僕がいつまでもセージに寄りかかってちゃいけないんだってことなら」


 シスターは負けを認めたのか困ったように笑って、それから口を開いた。


「あなたは誰よりも強くあろうとする人だと思います。けれど寄りかかることは弱さではない。私はそう思いますよ?」

「僕だって……そう思う。僕はセージのお荷物は嫌だから、自分の分を自分で背負えるようになってから、隣に立ちたいって思ってるだけ」

「そう……あなたには負けました。お話を進めて頂くことにします」

「シスターの賢さには敵わないけど、ありがとう♪」

「おい、シスター……っと。取り込み中だったか、悪い」


 中庭に通じるドアから、セージのお友達のバースさんが入ってきた。……シスターマリーともお友達だったんだ。それにしても中庭に通じるドアが開いてるなんて珍しい。


「じゃあ、もう始まる時間だし僕先に行ってるね? シスターは遅れるって伝えておくよ!」

「ラマル、ちょっと……!」


 おっ、シスターが本気で慌てている。面白いものが見られちゃった♪


「大丈夫、何にも見てないよ?」


 素早く扉を閉めて談話室に向かった。ふんふん、生涯を神に捧げるって言っても恋は人の自由だよね~。

 僕は話を進めてもらっても行けなくなるかも、という自分の失言がシスターに追及されなかったことをバースさんに感謝した。




 まだ一応日がある内に、勉強会を終えたラマルが意気揚々と入って来た。鼻歌まで歌うご機嫌ぶりだった。夕方以降の出入りを禁止しているので、少ししか居られないとわかっていて教会からの帰りに寄るのはいつものことである。


「お帰り」

「うん、ただいまっ。今さっき教会に行ってきたんだけどさ?」


 どんなことがあったかを楽しそうに話すラマルは、やはりいつもと変わらない。養子の話がどうなったのか知りたくて、必要以上に気にしてしまう。


「ああ、それで?」

「それでねー、あっそうだ。この間の話ね、シスターにちゃんと言ってきたよ?」

「ん、ああ養子のか。良かったな、シスターは何か言ってたか?」


 たった今思い出したかのように言えたが、ミントに慰めてもらって居なかったら悲しい顔を見せてしまったかも知れない。癒してもらった甲斐があり、またミントに助けられた形だな。


「お話を進めておきますねって。多分だけど、今度顔合わせとかすると思う」

「そうか」


 シスターはああ言っておきながら、止めたりしなかったのだろうか? でもそれをラマルに訊くのもおかしいし、俺は途中までやりかけた報告書の作成に戻った。


「セェジ、ご飯できたよ?」

「ん? おお」


 机から顔を上げると美味そうな匂いが漂っていた。シチューか何かのようだ。


「セェジったら夢中になり過ぎだよ。もうすっかり暗くなっちゃったじゃん」

「なんだ、早く帰れば良かったのに。こんな時間まで……声をかけてくれれば送るぐらいしたぞ?」


 室内には灯りが灯って、閉められたカーテンの向こうは夜の帳に包まれていた。顔の割に考えることが繊細だって? 俺は昔から、よくそう言われていた。


「良いんだ。今日は泊まることにしたから」

「そうか? だったら良いが……」

「それより、早くご飯食べてよ! セェジの真似っこだけど結構上手にできたと思うんだ」


 ラマルに袖を引かれて台所に行くと、確かに机の上には湯気の立つシチューと新鮮なサラダが並んでいた。


「ほお、凄いな。いつの間に料理なんて作れるようになったんだ?」

「昔なんだけど、料理の下拵えの仕事をしてたことがあって、ちょっとだけ教えてもらったことがあるんだ。でも作る機会がなくて……初めてちゃんと作ってみたんだよ。食べられると思うけど、不味かったら無理はしないでね?」


 意外にもラマルは色々な仕事をしていたようだ。前にも赤ちゃんの子守りをしてたとかで、ラタニアさんが助かったとお礼を言いに来ていたしな。


「よし、頂きます」

「頂きます」


 まずシチューを食べる。いつもはサラダを半分ほど食べてからメインを食べるのだが、自分のスプーンも持たないでこっちを見るラマルの手前、早く食べてやらないとな。


「──うん、美味い!」

「ほんと?」

「ほんとも何も、お前が作ってるんだからわかるだろ? 味見もしてないんじゃないだろうな?」

「味見はしたけど、セェジが美味しいかは別だし」

「まぁな。だが凄く美味いぞ」


 「えへへ♪」と嬉しそうに言ってから、ラマルもシチューを食べ出した。俺もラマル特製シチューを平らげていく。スパイスが効いているのか、変わった風味が舌に残った。


「うん、確かに美味しい。上手くいって良かった!」


 二人で他愛ない話をして食事が片づくと、ラマルは張り切って俺にやりたいことを訴えてきた。


「そんなことまで出来るか?」

「できるって! 僕さ、セェジを出世させてモテモテにして家も建てさせてあげる。セェジの夢をぜーんぶ叶えてあげちゃうよ?」

「ははは、本当にそうなったら良いがな、俺より自分のことを優先させろよ?」

「平気だって、僕なんてすぐに欲しい物なくなっちゃうし、美味しいものが食べられて本が読めたら充分だもん!」


 『そしたら後の分はみーんなセェジとか他の人に分けてあげたい。それが僕のやりたいこと』ラマルの語る夢が不思議な響きで持って共鳴する。何が共鳴したのか──?


「セェジ? 大丈夫? もう眠い?」

「あ、ああ。そうだな、ぼーっとしてすまん」


 もやのような眠気に包まれていたらしい。ちょっと前に考えていたことが霧散してしまった。


「もう寝よっか。確かセェジは明日も朝から仕事だよね?」

「ああ、そうだな……」

「セェジったら半分以上寝てるよっ、ベッドに早く入って」


 情けないことにその通りで、俺は重たい体をなんとかベッドまで運んで寝転んだ。


「おやすみ……」

「おやすみ、セェジ」


 ぼんやりとラマルが笑っているのが眠る前の最後の記憶だった。


「ふあぁ~」


 あくびを一つしてベッドの上に起き上がると、何やら違和感があった。

 ……腹の上にラマルが突っ伏している。初めてあった翌朝のことを思い出したが、何故まだこんなところに居るんだ? 泊まった日で俺より遅く起きたのは、それこそ初めだけだったのに。寝坊なんて珍しいな。


「おい、ラマル! 起きろ!」


 体を揺り動かしても反応がない。ただの屍……ってことはないが、何かおかしい。


「ラマル? 大丈夫か?」


 顔を上に向けさせようと肩に触れた。


「──!?」


 体が異常に熱い。これは風邪か? まさか熱病? 怪我はして居なかったと思うが──。


「セ、ェジ。おはよ」


 ラマルがゆっくりと目を覚ました。


「おはよじゃない、酷い熱だ。起き上がるな、寝てろ」

「でも……ごほっ」


 自分で起き上がろうとしただけで目が回ったのか首がふらついた。どう考えても病気だ。今は特別流行っている病気はないはずだが、子供は流行病の最初の罹患者になることが多いから、特別に用心しないと。


「でもじゃない。絶対に起きるなよ、な~に心配するな。ちゃんと看病はしてやるから」

「だめだよ。僕は平気だから、セェジはお仕事に行って……?」

「仕事は今日は休む、こんなお前を放って外に行けるか」


 眉をひそめて苦しそうな表情をして、何度か咳込んだ。早く医者と薬と冷たい布を用意しないと。

 部屋を出て行こうとすると、ラマルが不意に起き上がった。


「待って、僕は寝てれば平気だから……ね? お仕事に行きなよ」

「馬鹿かお前は! 余計な心配してないで、寝て早く治すことだけ考えろ」

「けどそれじゃぁさ。意味な……ぐっ、ごほっ! ごほっ!」


 何か言っている途中だったが、咳が酷くなって聞き取れなかった。それよりもラマルの体調が心配だ。


「ほら、もうしゃべるな。今から医者を呼んで来るから」

「う……うん──平気なのに」


 ラマルの平気は鵜呑みにしてはいけないからな。迅速に町医者に連絡をして来てもらうと、俺は外の井戸で水を汲み、手拭いを浸して固く絞った。寒くなって来ただけあって冷たい。

 部屋に戻ると診察が終わったらしく、ラマルはきちんと布団を着て寝て居た。


「先生、ラマルはどうですか?」

「うーん、風邪でしょうなぁ。薬を飲ませて栄養のあるものを食べさせて……自然に熱が下がるのを待ちましょう」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

「お大事に」


 煎じ薬を置いて帰ったお医者様は、また明日看に来てくれるそうだ。持ち合わせで薬代が足りて良かった。


「……セェジ」


 少しだけ具合が落ち着いたらしいが、風邪はこれからが本番とばかりに顔を赤くして、ラマルはそこはかとなく息を上げていた。


「仕事ならもう休むと連絡したからな。追い出そうとしても無理だぞ?」

「も、頑固なんだから」

「お前には負けるがな」


 ふにゃりと笑った頭に当てた手拭いを取り替える。先ほど替えたのに、もうぬるくなってしまっていた。


「何か欲しい物があれば言えよ?」

「なら、お水ちょうだい」


 カップに水を注いで飲ませると、ラマルは規則的な寝息を立てて眠ってしまった。

 肌寒い季節になるし疲れが出たんだろうか? と言っても長く下町で暮らしていたラマルだから、元は頑丈に出来ていると思う。さして心配はして居ない、もちろん命の心配という意味だが。

 今日はなるべくラマルに付いていよう。読みかけた本を持って来るとラマルに注意を置きながらページを捲っていった。

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