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シスターと兵士のあいだ3

 やっぱり僕は──行方知れずの“精霊せいれい神子みこ”なんだ。

 痣だけじゃなくて、根拠は沢山あった。この前読み終わった本には、『自然に呼びかけると心に声が届くの』と言う主人公──つまり神子──の台詞がある。

 『おはよう、みんな』いつもの習慣でそう呼びかければ。『おはよう、ラマル』という返事が無数に僕の体や頭に滑り下りては登ってくる。他の人はそうじゃないんだと気づいたのは、いつ頃だったかな? 割と昔……物心付いてすぐだった。

 その確信を事実にするために僕は今、聖獣の森の一番奥にある大きな岩が重なるちょっとした洞窟の中にきていた。蝙蝠のふん一つない、落ち葉の敷き詰められた洞窟内は風が遮られている分外よりも暖かい。

 ここは懐かしさと冬の匂いがした。寒くなるとティイガは自分の寝床に入れてくれて、暖を取りながら二人で眠ったものだ。


「ティムガーン」


 一声呼ぶだけで響き渡る音。そして、暗がりから黄金色をした月が二つ現れた。


「どうしたんだいラマル? 僕をその名前で呼ぶなんて──珍しいね。初めてだ」

「うん、今日はちょっと相談したいことがあってきたんだ」


 僕は一番奥で伏せて居るティイガの前まで頭をぶつけないように這って進み、ふわふわの白い毛並みを撫でた。しゃべる白い虎……ずっとそばに居たせいで疑問に思わなかったけど、彼こそが“白き守護者”聖書にも出てくる──何よりの証拠。


「相談ね。例のセェジ何某なにがしについて?」

「あはは、違うんだ。いつも通り僕についてだよ」

「そうだね。厳密に言えば君は君以外のことを相談することは出来ない。……それで? 他に前置きがないなら本題に行こうか?」

「うん、あのね」


 一つ間を置く。なんでか、少しだけ緊張していて……息を吐くと言葉を紡ぎ出した。もう僕は恐れていない。


「僕は“精霊の神子”なの? 自然の友で、聖書や神話にも語り継がれる《奇跡》の神子なの?」


 途切れた一瞬が痛いほど静かだった。


「──そうだよ。君は確かに“精霊の神子”と呼ばれる存在だ。君が望めば僕はいつ何時なんどきでもそう答えるつもりで居た」

「なら、なんで教えてはくれなかったのさ? ティイガ、君は僕のことを誰より知っているのに……どうして?」


 思っていたよりもずっと声が震えていた。泣いているみたいに。


「言い訳はしないよ。どんな責めも受けるつもりで居る。ただ──今の君なら、違うな。自分が神子なのか訊くことの出来るラマルなら──だな。……わかってくれると思う」


 それが僕の伝えたい理由の全てだと言って、ティイガは黙った。光を集める縦長の瞳孔は宝石みたいだ。見つめて考えているだけで、吸い込まれそうな力を持っている。神子の小説に書かれていたこと、僕がどうやって暮らしてきたか──それが違って──神子なら自分がどうなって居たかを──よく考えてみた。


「……うん、僕、わかったよ?」


 そうしてたっぷりと気持ちが積み重なった頃、僕の膝は濡れていた。前もよく見えないけれど、ティイガの存在は感じられた。


「僕はラマルの為を思ってる。それだけは変わらないよ」

「ありがとう、ティイガ。僕はいつだってティイガに助けてもらってた」


 頑張って滑らかにしゃべらないと。ティイガははっきりした言葉が好きだから。


「ううん、ラマル。お礼を言うのは僕の方だ。わかってくれて、何より僕の親友で居てくれてありがとう」


 しばらく僕は動けなかった。珍しくティイガは寄り添って、僕の前で片腹を見せるように寝転がった。


「ティイガぁ……!」


 小さい頃に抱き付いてきたその優しい温かさに耐え切れなくて、僕はティイガの胴に縋り付いた。

 泣き止まない僕をあやしながら、ティイガは「ごめんね」とか「大好きだ」とかの沢山の愛で慰めてくれた。

 僕が相談したのは僕のことだったけど、それは結局セェジのためだった。ただそれをティイガに言われるのは気恥ずかしかった。でも隠したって無駄なはずだ。ティイガは僕の隠したことをみんなわかっていて、得意気にこう言うんだ。

 「隠すものは暴かれる。これは曲げられない真理なのさ」ってね。僕はそんなティイガが大好きだ。




 月が大きく空にかかって、宵の町を照らしている。ミントと並んで一人帰り道を歩いていた。『良い月夜ね。ただセージの今日も子供に泣かれた顔がなければもっと良かったかしら』こちらを見たミントに笑って返す。何か喜ばしいことがあったらしい、そんな鳴き方だった。


「こんばんは、セージさん」


 声をかけられて振り向けば、そこには教会の前に立つシスター・マリーが居た。


「こんばんは、シスター。もう遅い時間ですから外には出ない方が良いですよ?」

「ええ、もちろん。ただセージさんにお話したいことがありまして、少しだけ教会の中でお時間頂きましてよろしいでしょうか?」


 話したいこと? 何だろう、町の活動かラマルのことか……最近シスターと話すことと言えばラマルについてだった。それもこんな時間に引き留める辺り、簡単に伝えれば済む話ではないようだ。となれば、きちんと聞かなければいけないな。


「わかりました。裏にミントを繋ぐのでシスターは中に入って居てください」

「はい。ありがとうございます」


 『え、今から二人きりになるの? セージのくせに、私よりあの猫を被ったシスターを選ぶの?! 私はやっぱり噛ませ馬だったのね~!?』さっきまで機嫌が良かったのに、何故かミントは繋がれるのを嫌がった。


「すぐ戻るから」


 『ちょっと、帰って来なかったらラマルに言い付けるからね?!』割といつものことなので軽く宥めると、少しだけ開いていた通用口からすぐに教会の中に入った。きちんと扉は開けたままにして置き、ベンチで静かに聖母像を見つめるシスターに声をかける。


「お待たせしました」

「セージさん、わざわざありがとうございます。実はラマル君のことで、ご相談したいことがあるのです」

「ラマルの、何でしょうか?」


 俺はシスターの座るベンチの、通路を挟んだ右隣のベンチに腰かけた。誰に見られても良いようにこういった配慮をして置かないと、責任問題から結婚せざるを得ないからな。そうなったら俺と結婚させられるシスターが不憫だ。


「一週間ほど前だったと思うのですが……若い紳士の方が勉強会を見学にいらしたのです。そこで子供達を教えているラマル君を見て、ぜひ自分の養子に……つまり後継者にしたいとお話を頂いたのです」

「ラマルを、後継者に?」


 意外な話だった。予想していたよりも遥かに良い話で、しかもそれが叶えばラマルは事業か屋敷かを継ぐことが出来るのだ。


「まだこの話はラマル君には話して居ません。セージさんから伝えてあげて欲しいのです」

「あ、わかりました。凄い話ですね、めったにあるようなことじゃない」

「少しだけ噂を聞いた限りでは、投資を中心に最近財を成しつつある準男爵のようです。きちんと身元を調べて頂くつもりではありますが、名前は以前から知っていた方なので間違いはないかと思います」


 シスターの不安ももっともで、頭の良い子供を体良く引き取っておいて、犯罪者に育成する手の込んだ犯罪者が捕まった事件、なんてのもあった。


「そんなことまで気にかけてくださって……ありがとうございました。ラマルに伝えて置きますよ」


 立ち上がりかけた時、シスターは真横を向いて俺を真っ直ぐに見た。


「そして、これを一番お伝えしたかったのですが……」

「まだ何か?」

「ラマル君の意志を尊重して上げてください。もし『断りたい』とラマル君が言っても、決して受けるように説得しないで欲しいのです」


 おかしな話だった。こんなに良い話なのに、しかもシスターは仲介までしてラマルには無理強いするなと言う。いや、無理強いが良くないのはわかるが、シスターの言い方ではまるでラマルが断ることがわかっているようだ。


「それは……何故です? 俺は一応でもラマルの保護者のつもりです。ラマルが嫌なことをさせたくはないですけど、より良い将来に導くことが悪いことでしょうか?」

「いいえ、セージさんの仰ることの方が正しいと私も思います。……それでも、この件についてだけはラマル君を優先して上げて欲しいのです」


 シスターの表情は真剣そのもので、どちらかと言えば悲壮なくらいで、俺は温度差を感じながらも気迫に圧され、頷くしか出来なかった。


「わ、わかりました。シスターがそこまで言われるんでしたら、そうします」

「ありがとうございます。セージさんとラマル君に神のご加護がありますように……」


 いつもの穏やかなシスターに戻ると、顔の前で十字を切り胸のロザリオを掲げて祈り出した。


「じゃあ、お話も終わったようですし、お暇します。さよなら」

「おやすみなさい、良い夢を」


 別れの挨拶を簡単に済ませてまた帰路につく。『あのシスターと何話してたのよ~。言いなさいよ~』ラマルに来た養子の申し入れと、シスターの一番伝えたいこと……。先ほどまでは気分の良い夜だったにも関わらず、何だか胸にしこりが出来たような気がした。

 そして翌朝、いつもよりだいぶ遅い時間に家にやって来たラマルに、養子の話を伝えることにした。


「ラマル、話があるんだが」

「話? 何々?」


 自分は今、普通に振る舞えているだろうか? 妙なことが気になった。


「昨夜、シスター・マリーから教えてもらったんだが、お前を養子にして後継者に育てたいという人が居るんだ」

「……僕を、後継者に育てたい……?」


 一瞬の間と繰り返した言葉でラマルは一気に頭の中で考えを纏める。シスターに教えてもらった癖で、何度か目の前で見たことがあった。勉強中は特に増えるらしい。


「ラマルはどうしたい? その人は準男爵だそうで、詳しくはシスターが調べてくれると言っていたんだが、とても良い話だろう?」


 何だ? この白々しいセリフは。上滑りして、自分自身を気持ち悪いと感じた。


「ほんと、いきなりでびっくりしちゃったよ。僕、できたらその人の子供になりたいっ」


 『その人の子供になりたい』これは痛みだった。何故、と思うよりラマルに不信がられないようにと気を付けた。


「そうか。なら、次にシスターに会った時にお前からそう言うと良い。きっと話を進めてくれるから」


 ラマルは目を細めた。満足気な顔を見て、懐かしくて慣れない感傷を奥の方に押し込めた。出て来ないでくれ、頼むから。


「セェジ、僕ね。必ずセェジに恩返しするから!」

「ああ、せいぜいでっかくして返してくれ」


 ──良かった。するりと痛みはほどけて、沁みるような寂しさだけになっていた。笑顔を絶やさないラマルは、撫でられてなんとも嬉しそうだった。

 そうしてその後、一人になってからよくよく考えてみると、これが子離れの寂しさなのかと感慨深くなった。いよいよラマルにも巣立ちの時が来たんだ。ただそれは当然じゃないか? いきなり別れを予感させられて、それで勝手に悲しくなっちまったんだな。

 シスターが言った、ラマルが嫌だと言うなら無理に説得するなと言う話を思い返して、今の俺は場合によっては引き留めるなんて女々しいことをしてしまうかもしれないと、苦々しく思った。頼られることや甘えられることにすっかり浸りきって、甘えているのは自分なんだと気づいたからだ。


「保護者らしく、どっしりと見守ってやらないとな」


 納得できた俺は、それからはラマルの成長と巣立ちを応援できる気持ちになった。

 今日は一日の休みなので、ミントとの約束通り二人――正しくは一人と一頭で少し遠出をして、ミントお気に入りの丘を思う存分走らせた。


『ふう……風が気持ち良いわ。ウエイトコントロールはこんなところかしら? 良い汗を掻いたから、帰ったら洗わせてあげるわ、お願いね』

「なあ──ミント、今度ラマルが養子になって引き取られるかもしれないんだと。それでな、俺と来たらおこがましくもラマルの巣立ちが寂しくなって──しょうもないよな。俺って」


 この時間はミントの為に使って居たが、昨夜の自分があまりに情けなくて、つい話しかけてしまった。

 『あら、今更何を言ってるのかしら。このうだつの上がらない男は』みたいな目で見られ、益々落ち込む。いや、そう言ったように感じただけの話なんだが、ミントはつれないところはあっても、こんな時はいつも俺の味方なので珍しく冷たい反応にしょぼくれたのだ。


 『ついでに言うなら、あんたはラマルが好きなんだから俺のそばに居ろ! って言えば万々歳ね。あ、無理だったわねー。ラマルを捕まえて悪戯坊主とか言うんだから、未だに男の子と勘違いしてるのよね~? 馬に蹴られて死ぬ? 蹴ってあげても良いわよ? 半分しか殺さないけど。従僕思いの馬に仕えられて幸せね~?』

「何だ、そんなに見て──。ん、慰めてくれてるのか! やっぱり飼い主思いの馬を持てて幸せものだなぁ、俺は!」

 『は、はあああっ? 違うし、勘違いしてるし、そもそもセージは私のしもべなの! う、ううう嬉しいに決まってんでしょ馬鹿! 馬に罵られて喜んでんじゃないわよ、いつもいつも!』


 途端に機嫌良く歩き出した。首を撫でてやると、また鳴いた。『これからも話聞いてあげるから、一生私に乗りなさいよっ?』

「ああ、俺には最高のお前が居れば他の馬は要らないぞ」

 『通じた!? 良い? もしラマル以外の女選んだらほんとに殺す! 殺すからね? わかってる?』


 何やらミントは殺気立って速度を徐々に上げた。もうひとっ走りしたいんだろう。


「走るか、今日はお前の為に来たんだから。ずっと、俺の隣に居てくれよな?」

 『ああもう、肝心なとこだけわかってないんだから――誰か神子呼んで来て、って無理だけどぉっ。う゛~、というか幸せ過ぎて今なら最高速のチーターも抜けそうよ! す、好きじゃないわよ~!! 馬鹿セージ、大好きよぉ~っ!!』


 そのまま全速力で走り切ったミントは、流石に疲れたのかペースを落とすと帰りたがった──ような気がした。


 『帰ったらマッサージの刑に処すっ。やらなかったら絶対蹴る! 全部殺す!』

「今日は帰ったら、またきれいに洗ってマッサージしてやろうな。だから、落ち込んでたのは誰にも内緒にしてくれな」

 『くぅ~~! 悔しいけどラマルに告げ口するのは考えてあげるわよ……わ、私の為なんだからね? 下手くそだったら言うから。超上手いのわかってるけど、言うかも知んないんだからねっ?』


 こう言って置けば主人思いのこの馬は他の動物達に内緒にしてくれるだろう。何を心配してるのかと言うと、ミントは鳥達と仲が良くて毎日おしゃべりしてるのだ。例え鳥にでも広がったら嫌な話は口止めしておくに限る。

 それにあり得ない話だが、万が一にも動物と心を通わせられる神子様のお耳に入ったら恥ずかしくて適わない。


「どうだった、ミント。まだどっかやって欲しいか?」


 マッサージを終えると夕方になっていて、今日は考えていた以上にミントと有意義な時間を過ごしたことを実感した。『ふふふ♪ まあ今日はこの辺で許してアゲル。寛大な主人は使用人の弱音を告げ口したりしないから、安心して』


「ご満悦みたいだな。俺も休暇をミントと過ごせて幸せだったし、良い一日だった」


 『ふふふ、不意打ちずるいわよ~!』餌箱と水桶を確認してしっかり入り口を閉めると、明日の為にも早々に寝た。

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