孤独のあいだ
準備ができたことを確認して、シィナを振り返った。
「じゃあここまでで良いよ。セージと一緒に帰るから、シィナは先に帰って」
「畏まりました。お気を付けください」
今日が終われば、人生を取り戻せるんだ……僕は笑っていた。
両親のお墓は、王都の中でも《眠りの森》と名づけられている自然公園の中にある。
何故ここなのかというと、僕が生きているかわからなかったからだ。もし死んでいたなら、一緒に自然公園で眠っていただろう。神子の墓は暴かれないように、王都に作る決まりなのだ。
生きているとわかってからも、無闇に墓を移動させるはずもなく、侯爵家が代々眠る墓所から離れてずっと待っている。僕がくる日を──。
「やっと会えるね」
林の中を一歩ずつ進んで行く。しっかりと管理されているのがわかって、安心した。
「これはこれは、偶然ですな」
「こんにちは、ルター様」
両親の墓の前で手を合わせていたのはルターだった。もちろん、知っている。
「神子様もお墓参りにいらしたのですね。私は今終わったところですので、ごゆっくりどうぞ」
「『きちんと死んでいることを確かめに』いらしたんですね」
「は──失礼、今なんと?」
僕は神子の力を渦巻くように集めた。──かかれ!
「ふふふ──地面の寝心地はどうかな? これからね、復讐。するんだよ──」
ルターの四肢を植物達の根で封じ、大の字にして地面に仰向けに縛り付けた。良い感じ。
「何をするのです! 復讐等と──放しなさい!」
ああ、五月蝿い。準備して置いた、柄が長めの金属製ハンマーを振るって顔の横に落とした。地面が揺れる。
「死ぬ準備は良い?」
鎚を肩に担ぐと、草が抜けて土が抉れていた。筋力には問題なさそうだね。
「や、止めろ! 誤解だ! 私は何もしていない!」
「嘘──吐く、なっ!!」
今度は右肘を狙って正確に落とす。ぼぎぃ、と砕けたような音がした。
「ぐぎぁあ~~~っっ!!」
「ね、ルター。嘘は聞きたい気分じゃないんだ。僕の質問に答えて? ──僕とお父さんとお母さんの乗った馬車に細工をしたのは、貴方?」
「ひ、ち、が……」
真上から鎚を振りかぶり、鼻先で止めてあげた。失禁している……まあ当然だろう。
「訊き方が悪かったみたい。事故が起きるように馬丁に指示を出したのは貴方?」
「はは、はひ……」
必死に首を縦に振っていた。……知ってるよ。だって、自分で言ってたもんねぇ? 神子も一緒に死ねば良かったのに、って。
「嘘を言えば沢山痛い目に合うよ。でも正直に素直に懺悔してくれたら、少しは許してあげる気になるかも。僕がルターの命を握ってるの──わかった?」
「わか、りりました!」
すっかり怯えたルターは、借りてきた猫よりも大人しくなってくれた。ふふ♪
ルターの顔を覗き込むと、恐怖に歪んで涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。それを見て、思わずにっこりと笑っていた。
「じゃあ次の質問……神子捜索の為に組まれた予算を横領した?」
「しま、した──ですが、仕方のなかったことで!」
僕が地面に鎚を叩き付けると、ルターは黙った。
「言い訳は要らない。次、ね。その資金を使って年月をかけて地位を盤石にした貴方は──見付かった神子、つまり僕を人を雇って誘拐させようとした。だよね?」
「その通りです……」
蚊の鳴く音みたい。まあ耳障りなのは一緒だから、構わないけど。
「それにも失敗して、僕の力が歴代でも素晴らしいものだとわかると、今度は出張を利用して多額の接待費を各地の領主から巻き上げ始めるね……?」
「……はぃ……う、ぅぅっ」
わかってるんだけど、つくづくゴミクズ。こんな奴に、こんな寄生虫に僕の人生が台無しにされた……!
抑え切れない感情に、ルターの左肘を潰した。醜い叫び声が耳をつんざく。五月蝿いけど、意識がなくなったら意味がないからほどほどにしなきゃ。
「そして、出張先で僕が《奇跡》を断ると、話が違うと金を払った連中に訴えられた貴方は、噂や権力を利用して僕が力を使わざるを得ないように圧力をかけて行った。ラウネを投獄までしてさ──同情の余地なんてないねえ?」
「こ、答えた……のに。うぅぅ、悪魔ぁ……」
「ゴミクズに悪魔って言われるなんて心外だな。貴方より悪魔の方がよっぽど誠実だろうけどさ……次はどこが良い? やっぱり膝? 手首でも良いよね」
「ごべんなざい! ひが、今のは、止めてくれぇ!」
「だ~め!」
右手首を粉砕した。ちょっと疲れてきちゃったなぁ。もう少し体力付けないとダメだね。
もがき苦しむルターを見ていても、当然だと思うだけで他になんの感情も湧かない。
今度は話せるようになるまでに時間がかかりそうだったので、顔に空気から集めた水をかけた。
「あ、ぁぁ……」
ぼんやりしてるけど、耳は聞こえてるはずだから話を進めよう。
「いきなり僕が休んでしまって困った貴方は、お得意の圧力を使ってセージまで利用しようとした。けれどこれが上手く行かなかった。時間が経つに連れ金を返せと言う領主も増え、全てを知らぬ存ぜぬで通しても流石に収まらず、面倒なことになった──だから偽りの命令書を発行させて、更に対策室の人達にも圧力をかけて神子を復帰させようとした」
「──うぁ……」
呻き声は返事になっていないけれど、始めから返事とかどうでも良い。
「それにも失敗。陛下が貴方を探り出したのがわかると、一旦なりを潜めてやり過ごすつもりだった。──なのに、セージが神子に《奇跡》を起こさせてはならない理由を見付けてしまった。そして──神子に力を使わせないのは誓約に反する、とする集団を立ち上げようとした。……うん、凄いものだよね。ここまでやられると、流石に僕も理由が気になるんだ。──どうしてここまで神子を苦しめるの?」
「な、何故……知って……」
「訊いてるのは僕だよ? 一生歩けなくしてあげようか?」
「止べろぉっ! わ、私は……ルター家に産まれた時からティファト家が目障りだった……」
よくある詰まらない贈収賄が始まりだった。潔癖で汚職を許さないティファト侯爵に失脚させられたルター侯爵家は、その逆恨みを息子に託して育てた。
やがて息子が成人する頃、ティファト家に“精霊の神子”が誕生する。神子が赤子の内に殺さなければ、復讐の機会が失われる──そう考えたルターはごろつきを雇って、難所や急カーブで事故を起こすように車軸に細工をさせた。
事故が万が一軽度のものであったなら、どさくさに紛れて神子だけでも馬丁に殺させるつもりで居たが……その馬丁も事故で死亡。
ティファト夫妻も神子も証人までもが消えて憂いが晴れた……と喜んだのも束の間、神子の生存が判明する。なんとか神子を先に捜し出し殺そうとしても、誰にも見付けられないまま時は経ち……とうとうルターの前に現れた。
殺せないのならば、と誘拐を仕組み防がれ……だったらとことん絞り尽くしてしまえば良い、と考えた。
噂を操るのはお手の物。反対の意思を見せた人間には圧力をかけ、味方に取り込み──それでも一部の人は頑なに神子を庇っていた──そして、僕に《奇跡》を起こさせた。人の命と自然の命を秤にかけさせ──二つの罪から片方を選ばせた。
「へえ~。貴方はたかだか失脚の恨みで……おっかしい。僕の今までの人生をさぁ、こんなにしちゃって!! どうしてくれるの? ……自業自得の癖に──っ!」
次は右膝──と狙いを定めた時、茂みの向こうから一番会いたくない人が現れた。
「だずげてくれ! 誰でも良いい゛! この狂ったガキを止めろぉ!」
気を取り直して振り下ろす。黙ってろ、狂ってるのはお前だ──。もし僕がおかしいなら、それは全て全て全てお前のせいだ!
「何してるんだラマル!」
ルターの叫び声が五月蝿い──僕は近づこうとするセージに鎚を向けて牽制した。僕の意図を理解してくれたのか、ちゃんと立ち止まってくれる。
「帰って。どうやってきたのかわからないけど──セージには見せたくない」
こんな姿……誰もたどり着けないように幻惑の霧を張ったのに。林の中にはちゃんと深い霧が漂っていて、セージがきてしまったことに苛立ちを覚えた。
「今の、はラマルがやったのか? それは誰なんだ──! まさか、ルター?」
「知ってるなら話は早いよね。僕の邪魔をしないで欲しいんだ。お願い──帰って」
セージならわかってくれる。ひもじくて草でも渋い実でも構わず口に入れた。殴られて追い払われても盗んだ食べ物……遠くから見た、手を繋ぐ親子……寂しさもわからずに流した涙。
洞窟の中でティイガと身を寄せ合って。不幸も幸福も知らずに馬鹿みたいに笑ってた! この男に奪われた──全部の時間を取り戻す。
「じにだくな、っがほっ。ひき……たじゅけ……」
「復讐なんて止めろ!」
ねえ、セージ。やっぱりセージに僕は似合わないんだね……。
「止めてなんになるの?! こいつはね、セージは知らないだろうけど僕の人生を悉く壊したの! 軽々しく止めろなんて言わないでよっ」
何度だって思い出す。寒さに震え、空腹を堪えながら覗き込んだ家族団欒──暖炉の裏から、煤塗れで見上げたあの瞬間を。
人間以下の存在だと、役に立たないなら邪魔をするなと罵られて納得していた。屈辱なんてものが、あるとさえ知らない……這いずり回る日々。
セージに向けて神子の力を集める。とにかく押さえてしまえば……、え?! なんで、なんで自然達は動かないの? この大事な時に──もう!
「俺の為に止めてくれないか?」
「なに、それ──」
普通、『お前のためにならないぞ』とかだよね?
「ラマル、お前を愛している。お前に復讐だとか人殺しなんて似合わない──、だから止めてくれ!」
なに──? ああ。そう、そういうことね。こんな状況にならなければ言ってはくれない程度の愛。
「女として見られない癖に『愛してる』なんて言わないでよっ!! だったら、抱き締めてキスして一生離さないで! ……できないでしょ? 家族ごっこじゃ足りないんだよぉ!!」
僕は愛されて、魂まで求められたい──それでも。人殺しをさせないためだったら、愛してもらえる……嬉しくて──虚しさが募る。……浅ましい自分が哀れで、涙が出そうだった。
「そうすれば止めるんだな?」
セージは優しい、優し過ぎるよ。
「──本当の気持ちじゃなきゃ、嫌──っ。こいつが、こいつが居るから──!!」
胸なら死ぬだろう──力任せに叩き潰すつもりで、「嫌いだ!」
?
「そんなお前は──嫌いになる!」
──キライ、ニ、ナル?
『セージが僕を嫌いになる』
やだ、やだヤダヤダヤダヤダヤダやだ! 嫌だっ!! 待って、行かないで──!




