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木洩れ日と日だまりのあいだに  作者: 結衣崎早月


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幸せと存在のあいだ

 今日は春の新年祭。あれから──僕は出張にも復帰した。出張先で歌も踊りもできなくなる、なんてこともあったけど……それも克服することができた。

 誰も奇跡を願わない。

 自然達と手を取り合うことが、何より素晴らしいのだと陛下や大神官様が──神がおっしゃったから。僕も信じられた。

 復帰対策室もその役目を終えて、解散した。僕は最後の最後でみんなに感謝を伝えられて。──良かった、と心から笑ってくれるみんなが──みんなの存在が一番嬉しかった。


「ラマルまだかー? みんな待ってるぞ」

「待ってルシアン。首飾りが上手く……」


 もたもたしていると、今日のエスコートであるルシアンに首飾りの留め具をサッと付けられてしまった。

 今日着けるのは春らしく桃色のビーズだ。神子服も今日のためだけに仕立てられた特別な物。


「凄く可愛いな。春の妖精みたいだ」

「やだ、またそんなこと言って! 行こう?」


 差し出した手にルシアンは恭しく口づけた。最近の社交ではルシアンがエスコートしてくれることが多くて、復縁するんじゃないかと……周りがそう望んでいるのはわかる。

 けれど……僕は恋心を二つ持ってルシアンには嫁げない。と既に陛下と王妃様に伝えてしまった。そしたらルシアンは、「俺だけに気持ちが向くようにさせる」なんて格好付けて……それも悪くないかな。って揺れてしまう。


「皆、飲み物は持ったか? ──よし、それでは新年の到来と芽生えを祝って──乾杯!」

「「乾杯!!」」


 城下町でも農村でも、今日ばかりは国中でお祝いをする。それにかこつけて、僕のやり損ねた誕生会をしてくれる──らしい。

 嬉しいけど申し訳なくて、そんな資格あるのかなと思う。自分でほっぽりだした訳だし。


「あのね、ラマルの誕生を祝うのに、資格のあるなしが本当に関係あると思ったのかい? 止めろと言ったって無理だね。何たって、僕も贈り物を用意してるからね」


 相談したティイガにこう言われてしまったら、罪悪感は消え去って──純粋に嬉しさだけが残った。


「ご誕生おめでとうございます。私からの贈り物です、良ければ受け取ってください」

「ありがとう大神官様! 後でちゃんと開けるからね!」


 みんなからプレゼントをもらって、僕も新年を祝うおめでたい歌を歌って──幸せな日。何をしても喜びになる日。少し背が伸びたルシアンとダンスして、美味しい物を食べて……でも。

 ふと気づいてしまった。他のみんなからプレゼントをもらったのに、セージからの贈り物だけ、まだもらってない……。幸せな気分がちょっと落ち込んで……いたら、カリンとシィナに化粧室に引っ込められた。


「何なの、どうかした?」

「お色直しでございます」


 二人は手早く神子服を脱がせてドレスを着せていく。首飾りもドレスに合わせて着け替えられる。


「これ……」


 深い青のガラス。それが映えるように日だまりのような薄い黄色のドレス──そのコーディネートは、何故かセージを彷彿とさせた。


「用意が出来ました。失礼致します」


 シィナは訊ねる隙もくれずに下がってしまった。付き添うカリンが何も言わないのは当たり前だ。必要なことだって言わないんだから。

 お色直しするなんて聞いて居なかったけれど、きっと僕には内緒だったんだろう。内緒? 何だか──期待に胸が鳴ってしまう。


「エスコートさせて頂きます」

「セージ、その格好……!」


 再び広間に出ると、セージが僕の手を取った。僕が贈った燕尾服を着て──さっきまで違う服だったのに、なんでセージまでお色直ししてるの?

 ちょっと待って、お色直しするのは結婚式とかだけだよ──そう気づいた途端、恥ずかしさのあまり逃げ出したくなった。


「こちらへ」


 セージに導かれる形で、僕は壇上に上げられた。セージを信じるしかないけど、何をするかは聞いてない──期待に少しの不安が混ざった。


「皆様、これよりセージ・ガルハラ親衛隊長がマルセラ様に誕生祝いを贈られます。ご静聴ください」


 誕生祝いに関しての進行を務めていたラウネが会場の注目を集めた。贈り物──忘れられてなくて良かった、と内心ほっとした。


「『私などで宜しいのでしょうか? 神子様と歌わせて頂くのは光栄ですが、恐れ多いことです』」


 それは、昔に読んだ小説の──十二章。主人公の恋人の台詞だった。


「『もちろん! そんなことを言ってはだめよ。私が貴方と歌いたいのですから』」


 勝手に口が動いていた。覚えて居る──この後二人は、あの歌を歌うのだ。


「明日晴れるだろうか/昨日の雨のように/まだ見ぬ星のように/明日晴れるだろうか/心の空に訊ねてみよう」


 セージが男性パートを歌い始める。『次にまた特別なことがあったら一緒に歌って』と言った、自分の言葉を思い出していた。


「降り積もる雪/海風の熱/梢の囁き/そんな何もかも/光に移ろう/闇に溶けてゆく」


 小説では二人は手を握り合いながら歌っていた。セージは左手を胸に当て、右手を壇上に向かってを伸ばして……まるで何かを請うていた。

 僕は心のままに右手をセージへと伸ばした。許されるのなら、その手に選ばれたいと願って。


 そして/木洩れ日と日溜まり/その間には/愛が/愛が/満ちる

 木洩れ日と日溜まり/その間には/いのち/芽生え/育つ


 短い歌が終わる。重なっていた声がふつりと途絶える瞬間まで、一体となった幸福を感じていた。

 わあ! と会場が湧いた声で正気に戻った。そして僕は泣いていた。嬉しさと切なさが、同じだけ心の中に住んでいた。


「生まれて来てくれてありがとう。この歌が俺のプレゼントだ」

「ありがとう──セージ。嬉しい、嬉しいよ」


 涙が熱かった。


「ハッピィバースディ、ラマル」


 こんなに嬉しい日があって良いんだろうか? 僕は初めて、生まれてきたことを神に感謝した。

 『ありがとう神様。セージと出会わせてくれて。こんな喜びと奇跡を感じさせてくれて──ありがとう』


「セージ。僕、生まれてきて良かった」


 優しく笑んで頭を撫でてくれるから、涙を止めるのが大変だった。



 神の言葉を広める手はずは整った。

 誰も邪魔しないようにと部屋のノブにはプレートをかけ、食料も水も充分に用意した。

 俺はラマルの日記の表紙を撫で、まるで昨日もそうしたように開いた。既視感があって、そんなはずはないと打ち消すと目は文字を追っていた。

 ──日付はアード宮にやって来た日の夜から始まっていた。一週間くらいは戸惑いが強く、慣れない生活に頑張って適応しようとして居たようだ。

 ダビデリアの本を読んだ翌日に、神子を辞めたいという記述があった。驚いたが、これは自分の力を試したいという前向きな気持ちだった。

 こんなに前からラマルが苦しんでいたらどうしようと本気で焦った。

 俺の名前もよく出て来た。恥ずかしさを堪えて読むと、つれないだとか子供扱いされている、だとかだった。不純な感情が伝わっていなくて良かったと心底安心した。

 合わせてダフネ様が憩いのひと時を邪魔しに来る怒りが書かれている。正直言って、俺は助けられていたがな。


 『ラウネに恋愛相談に乗ってもらえることになった。きれいな人で優しくて、お母さんがこうだったら良いなと思った。』


 この時はまだ、ラマルは自分の両親を調べようという気持ちはなかったようだ。それにしても、母親に憧れるのはわかるがレムさんとシスターについても聞いたことがあるから、ラウネで三人目だぞ? 実の母親が元気で居ると、この憧れはよくわからないのかもしれない。

 次に多く出て来るようになったのは、ルシアン殿下だった。我が儘なルシアンがそのまま育ったら心配、と姉のような目線で見ている。

 この頃にラウネと飲みに行って……ラマルへの気持ちを見抜かれていたんだった。


 『ラウネが「セージにフられちゃった」って打ち明けてくれた。ラウネくらいきれいな人をフっちゃうなんて、セージは贅沢だと思う。「セージもったいない」と僕が言うと、ラウネは「ならラマルが付き合ってくれる?」とふざけて、愚痴に付き合わされた。楽しかった。』


 思わず笑っていた。確かに贅沢者でもったいないな。


 『ルシアンにセージの昇進について相談した。名案が出て、今日からセージが報奨金をもらえるまで頑張ろうと思った。』


 なんだ? この俺の昇進と名案って……? 少しページを戻すと一行だけ、『セージの昇進についてラウネに相談したけれどだめだった。』とあった。恋愛相談の部分は流してしまっていたが、ラマルはどうやら俺を昇進させたかったらしい。

 先を読むのが躊躇われた。嫌な予感が……誘拐未遂事件が頭をよぎった。

 ラマルとルシアンと俺で、城下街のディグの家に遊びに行った時の様子がこと細かに書いてあり、俺もはっきりと思い出して居た。


 『セージが優しいから良いけど、ルシアンがセージを雑に扱ったり「クビにするぞ」と言うのを聞くと、冗談でも悲しくなる。ちゃんとルシアンに伝えて改心してもらわないと、ルシアンのためにもならない。』


 そうだ……このくらいの時期まではルシアン殿下の護衛や侍従に対する態度は、俺に限らず酷いものだった。誘拐未遂事件の後は徐々に改善して行った為、事件がきっかけなんだろうとぼんやり思っていたが……ラマルが言って聞かせたからだったのか。


 『計画は手帳に最終構想を記して、後は時期を待つだけになった。セージの誕生日までに間に合って欲しいな。』


 俺は一旦日記から顔を上げた。まさか……あの事件を仕組んだのはラマルだと言うのか? 違うと思いたいのに、否定出来ない。

 飲み物で喉を湿らせ、摘まめる物を食べた。ラマルが計画を書いたという手帳があれば判明するのだが……読み終わってから探そう。アード宮のどこにあるのか検討はついた。

 そうして日記に戻ろうとした時、開かれたままの日記の上に何食わぬ顔で手帳が存在していた。『やあ。』

 置いてあった、というのはこの場合正しいのかわからない。正しくない気さえする。

 幻聴といい、最早完全なホラーになっているが、それを開かずとも中に何が書かれているのか予想が出来た。……誰でもわかるか。


「冗談にして欲しかった……」


 うなだれる俺を余所に、手帳にはルシアンとラマルが書き込んだとおぼしき計画が載っていた。

 怒りと悲しみが湧いてきて、今すぐラマルとルシアンを叱りたい気持ちになる。それも日記を最後まで読んでからだ、と押し込めた。

 そして事件の当日。


 『セージが僕を離したくないって言うみたいに抱きしめてくれた。幸せ過ぎて、セージに謝りたい気持ちになった。セージは僕をひたすら心配してくれてるのに、それを自分で招いたなんて……言えない。嫌われてしまうかもしれないことをして、後悔してしまいそう。』


 後悔してしまいそう……でもしなかった。俺が狙い通りに報奨を受け取ったからだ。それも誕生日に勲章が授与されると決まって、喜んでいる。

 その喜びを、俺がぶち壊したんだ……。


 『今日は朝からセージの勲章授与式があった。セージは僕からのプレゼントを受け取ってくれた後、僕の気持ちに応えることは出来ない……と言った。』


 そこで途切れていた。字が震えているのを見ると、その先は書けなかったんだろう。

 隣りのページ。


 『ティイガと話して少し気持ちが落ち着いた。どうしようかゆっくり考えて行きたい。何故、僕の過去を話せばセージが愛してくれるかもしれないなんて言ったのかを、特に。ティイガのせいで、昔のことを思い出してしまう。忘れようとしているのに。』


 『ティイガの言いたかったことはわかったような気がしたけれど、遅過ぎる。未練が残っているのにあんな──幻想を言われたせいで、どうしても頭の中に過去の暮らしがこびり付いて、出てこようとする。頭を切り替えようとしてるのに……失敗する。』


 次のページには日付が書かれていなかった。


 物心が付いた時まで、記憶を遡ってみる。最初に覚えていた記憶は、ティイガの温かい毛皮の感触だった。

 何もかもティイガに教えてもらった。寒さから身を防ぐ方法、人間のもたらす危険性については特に何度も教えてくれた。

 生活と呼べるようなものじゃなかった……と今なら言える。けれど今も昔も、浅慮なのか馬鹿なのか、自分はしっかり生きているつもりだった。

 昔は森の動物達が家族だったから、何も疑問には思わなかったけれど。人に会えば、嫌でもその思考は上書きされた。

 朝、日の出と共に起きると水を飲みに行く。朝ご飯の調達も忘れない。狐等、肉食の動物とご飯を食べる時には注意が必要。血が付着した物や肉が含まれている場合は食べずに誰かにあげる。

 言葉を覚えてから、ティイガは僕に街へ下りるように言った。怖かったけれどその通りにした。まだ、何でもティイガの言うことを聞くのが当たり前だと思って居た子供の頃だ。

 最初に行った街では、同じような孤児達と出会った。でも別に眠る場所のあった僕はその仲間には入れてもらえず、何もわからないままティイガの元へ戻った。

 怒られた。人と関われ、とティイガは言った。何故ティイガが怒ったのかわからなくて泣いた。ティイガは僕が人間だから、人間との関わりを捨ててはいけないと言った。

 僕はそれが嫌で、ティイガと喧嘩した。僕もティイガと同じ虎だったら良かったのに。何度も思った。それでも追い立てられるように街へ通うと、自然に子供には親が居るのが当たり前だと学んだ。

 ならば何故僕の親はそばに居ないのか、虎のティイガが居るのか不思議でならなかった。僕が「虎と暮らして居る」としゃべってしまったために、住む場所を変える羽目になった。これ以降、他人に話す際はティイガを人として説明すると心がけて、必ず守った。


 人間が理解できなくて、わかろうと必死になった。


 お腹が空いたから果物を食べれば、泥棒だと殴られた。何故それがいけないことなのかもわからなかったんだから仕方ない。

 お願いすること、働くこと、盗むこと、様々なことを毎日学んだ。それをティイガに伝えると助言をくれた。ティイガは僕を嫌いだと、本当の親でもないから愛していないと信じて居た。

 迷ったけれど──いつだったかそれを伝えると、ティイガは『僕は親ではないけれど、ラマルの家族だ』と答えてくれた。愛される、という言葉を実感を持って知った瞬間だった。

 人らしい生活をするために何が必要なのかを考えて、家を持つことにした。巣は動物の家だそうだから、ティイガと眠る場所が大抵僕の家だった。

 人間は恐ろしい。残酷で乱暴で、僕はそれを色んな形で何度も見た。仲良くなった人も中には居たけど、住処を移してみんなお別れした。誰かに言われた『寂しくなる』の意味が、理解できなかった。

 仕事をもらい、お金をもらい、ルールを学び。やっと社会がどう動いているのか……足りない頭で理解した時には、既になんにも期待しなくなって居た。

 自分が生きているのは偶々で、ティイガが望むから生きて居た。隅っこで隠れて暮らしても、人間と関わるとやがては悪意に分類される感情のいずれかを向けられる。

 僕は間違って生まれてしまって、でき損ないの邪魔な人間なんだと、納得して居た(まだ信じている)。

 裏切られ、売られそうになり……ティイガが居なければどこかで死んでたね。助けないでくれれば、とお門違いな恨みを持つくらいにティイガは僕を助けてくれた。

 そのティイガとも何度もぶつかって、家出をしては傷付いて……僕は人間との関わりは最低限にしよう、と決めた。

 あの時ミコエに言われた言葉は一生忘れないだろう。思い出したくないけど、閉じ込めるためにこうして書いているんだから、あの言葉も書こう。封印するんだ。


 あんたなんか人間じゃない!


 ……俺はそこで日記を閉じた。


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