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木洩れ日と日だまりのあいだに  作者: 結衣崎早月


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願いと無意味さのあいだで2

 対策室に参加したい人は沢山居たので、ふるい分けは親衛隊の部下達に手伝ってもらい、一日目で三十人が集まった。

 ラマルが復帰するまで随時受付中だが、条件を一度クリア出来なかった人は以降対策室に関われないようにした。仕事を持ちながら行うことを考えても、条件は厳しい方が良いと考えたからだ。


「ラウネ、済まなかったな……投獄中に何も出来なくて」


 俺が言ってもどうにもならなかったばかりか、国賊の味方だと思われるような行動は慎めと諌められた──本当に申し訳なく思う。


「セージさんが気にすることじゃないわ。それより流石ね、こんなこと私なら絶対に思い付かなかったわ」

「それなら良いんだが。会議は二日後だ、よろしく頼む」


 ラウネはレディ・カミュインのこともラマルのことも、何も訊かなかったし言わなかった。俺はそれに助けられていた。


「わかったわ、名案が纏まると良いわね」


 ラウネが持ち込んだ条件は身体的肉体的負担を理由にまずは休養し、その後で神子と周囲をすり合わせるという案だった。この案だと辞められはしないが、休養が出来ているのできちんと条件に添っている。

 それからティイガにも知らせて、会議に出てくれるように頼んだ。彼に限っては条件は関係ない。“白き守護者”に資格を問うのは愚かだろう。


「さて、どれだけ集まるか……不安だな」


 会議は親衛隊とアード宮に仕える者達以外の参加は任意だ。基本的には本来の仕事を優先して欲しい。

 俺のところに来た条件を通過した人で知り合いは他に居なかったが、ラウネとティイガが来てくれるとわかっているだけでもましだ。

 会議の議長である以上、案も煮詰めなければならないし進行表も作り原稿も用意しないと。自慢ではないが俺が会議で準備なしにこなせることは一つもない。二日間かけて、なんとか形にすることが出来た。

 しかし本当に集まるのか? 俺の不安はとんでもない形で裏切られた……。


「失礼します」


 ノックに応えると入って来たのはダフネ様だった。ダフネ様?! 慌てて立ち上がり敬礼する。


「ダフネ様、おいで頂きありがとうございます。今日はどのようなご用件でしょうか?」

「楽になさい。どのようなも何も、あなたに招かれたようなものですが。ここが会議を行う復帰対策室でしょう?」


 これはまさか、ダフネ様が復帰対策室の一員だということか?! でも何故……いや、事前にわからなかったのか? 通過した書類を見てみても、ダフネ様の名前はない。


「間違ってはいません……失礼ですが、ここには条件がないと参加出来ないのです。決まりですので……」

「その話は聞きました。ラウネは伝えていないのですか? ラウネが出した条件は私が考えました。私も参加する資格があると思っていましたが……ないと言うのであれば従いましょう」

「そ、そうでしたかっ!」


 ラウネが言っていた『自分は思い付かなかった』と言うのは、条件のことも含めてだったのか? ならばダフネ様が参加することをあらかじめ伝えておいて欲しかった……!

 しかし条件を本当に通過したのはダフネ様だった訳だし、断る理由はない。


「私はガルハラ室長に従います。帰った方が良いのでしょうか?」

「ああ、違います。驚いてしまっただけでして……どうぞ寛いでください。まだ始まるまで時間がありますから」

「ありがとう。……私はこれまでずっと、あなたを誤解していました──数々の暴言を許してもらえますか?」


 ダフネ様が頭を下げられた。そんなこと気にしていないのに……!


「も、もちろんです。ダフネ様はラマルのことを思っての言動なのだ、と私は思っていましたから。頭を上げてお座りください」

「本当に優しい方ですね──ありがとう。それでは待たせて頂きます」


 ダフネ様が座ってから他のメンバーも集まり出す。他のメンバーはちゃんと書類と名前が一致した。ラウネがやって来た時に恨めしい目を抗議として向けると、『許して』と手を合わせる仕草で謝られた。……許してはいるが心臓に悪い。

 八割の通過者が揃った。ティイガが来ていないのは気になったが、もう何事もなく始められそうだと思った時、騒ぎが起きた。


「お待ちください陛下、ここには現在身分のわからない者が集まっております。いくらご休憩の時間だとはいえご配慮ください」


 はっきりと聞こえた、陛下と休憩時間という言葉……まさか陛下が参加? 書類はあるにはあるが、これは名前だけの参加だろう。だよな?


「大丈夫だ、ここには許された者しか居ない。お前達は資格を持っていないのだから、ここで待て」

「父様、もう始まる時間過ぎてるぞ。迷惑だからどいてくれ」

「っルシアン、邪魔者扱いしないでくれないか……どけ、遅れてるじゃないか!」

「陛下!」


 扉が勢い良く開く音と共に陛下とルシアン殿下が入って来た。


「遅れて済まない。……まだ始まっていないのか? 良かった。さあ室長、始めてくれ」


 苦笑いするしかない空気の中、陛下は当然のように着席する。その隣に立つルシアン殿下がすかさず陛下に注意した。


「父様は自分がどれだけ五月蝿く怒鳴ってたかわかってないのか? 自分のせいなんだから謝罪くらいしたら良いのに」


 無理を言わないでくれ! もし陛下に頭を下げられたら、俺は何をすれば良いかわからない!


「それでは遅ればせながら、ただ今より“精霊の神子”マルセラ・ティファト様の為の復帰対策会議を始めます」


 陛下が口を開いたところをギリギリで遮った。ルシアン殿下が不機嫌な理由はどうでも良い、本当に陛下が謝まってしまったら俺では対処出来っこない!


「任意の全員が揃ったところで、まず始めにこの会議の目的を提示します。皆様に課した条件にわかる通り、心を閉ざされてしまった神子様の負担を減らし、辞めるまでいかなくとも仕事量を調整できると神子様に証明して、お仕事並びに社交界に復帰して頂くことです。意義はありませんね?」


 全員が頷いた。……よし、脅威は一旦遠ざかった。まずは会議の進行を優先するんだ。


「会議の目的が定まったところで、私の自己紹介をさせて頂きます。セージ・ガルハラと申します。“精霊の神子”親衛隊隊長にして少尉を勤めさせて頂いています。今回の復帰対策室では室長を任されました。神子様とはご友人という関係で、親しくラマルと呼ばせて頂いてます……これからよろしくお願いします」


 言い切った。軽い拍手が起こり、皆様にも簡単に自己紹介をお願いしますと言う予定なのだが……身分に関係なく右回りになど出来ない。一番最初に陛下に振った。


「先ほどの騒ぎと遅刻を、この部屋の全員に謝罪します。私はガレイシャ・マルナル・キュルレーン・ダカット。ダカットの国王及び総大将を勤めさせて頂いている者だ。今は復帰対策室の一員として、難しいとは思うが平等に扱ってくれると嬉しい。よろしく頼む」


 『絶対に無理だ!』さっそく全員の心が一つになった。拍手が先ほどより大きい。


「次にルシアン殿下、お願い出来ますか?」


 こうなってしまっては俺が身分順に呼んでいくしかないだろう。殿下、大神官様、貴族の方……と紹介は順調に進んだ。

 自己紹介が終わると、俺はもう一度立ち上がった。


「今回の会議に当たり、どうしても皆様に伝えたいことがあります。それは、私達がしてはならないことです。対策室の活動中、いかなる理由があろうと己の罪の告白を禁じます。ここに居る皆が、対策室の全員が等しい罪を負っている、と私は考えているからです。虚しく過去を知らしめたところで、何も解決しません。だから……ラマルの笑顔と未来だけを、皆様に考えて欲しいのです」


 同意してくれる拍手。安心して会議の本題に入ろうとしたのだが。あろうことか陛下が挙手していた。


「どうぞ、陛下。何かありますか?」

「罪の告白を禁じる、というのは素晴らしい考えだと思う。しかし解決の為に、皆様に知って頂きたい事実がある。それは私が何故ここに居るかの説明でもあるのだ……もし皆が許してくれるのなら、事情を説明したいと思っているのだが」


 解決に必要だと言われては、断るつもりがなくなった。


「私は室長として、皆様の全員に許可が頂けた場合のみ許可しようと思います。陛下、申し訳ないのですが目を閉じて頂けますか?」


 意味がわかってもらえたようで、陛下は目を閉じて俯いた。これで挙手しなかった人が居ても誰かわからない。


「ありがとうございます。それでは、賛成の方は挙手をお願いします」


 俯いた陛下以外の全員が手を挙げた。……良かった。


「ありがとうございました。それでは陛下のお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします」


 俺が席に着いたのに合わせて陛下が立った。会議はいちいち面倒なことが必要だ。しかしこれがなければ何も決まらないだろうと考えると、結果的には時間の短縮だと納得した。


「私は国主である。神子といえど、彼女はかつて孤児であった少女だ。その事実を忘れ、彼女に『私の息子と婚約したければ《奇跡》を起こせ』と取られても仕方ない発言をした。権力者であるが故に、許されない間違いであったと捉えている。なので今回の復帰対策室において、神子を助ける為に必要な場合であれば、国王陛下の名と許可を使うことを全員に許す。それが私がここにいる意味であり、償いであると考えた。尚、許可した権力を振りかざし、くだらない使い方をした者には相応の罰を与える。そんな愚か者がここにはいるはずもないだろうが、釘を差しておく。……以上だ」


 顔をしかめた。不覚にも泣きそうになったからだ。陛下から目を逸らし、深呼吸をして気持ちを落ち着けた。


「ありがとうございました。他に何もなければ本題に入りたいと思います」


 陛下がラマルを追い詰めたと聞いて、えぐり出されるような怒りを感じた。だが、今の俺に求められていることもやるべきことも怒ることじゃない。メンバーの顔を見ると、何人かが同じような表情をしていた。誰も何も言わないのは、言うべきことがないからだろう。


「ないようですね。では、黒板を見てください」


 準備しておいた黒板には大きな文字で幾つかの案が書かれている。

 ・長期休養を取り、対策を考えてから復帰して頂く。

 ・市民や貴族へのイメージ回復を行い、復帰時点で神子様に対する悪い印象を取り除いておく。

 ・神子様が《奇跡》を拒否出来る環境を作る。

 ・国民が《奇跡》に頼らない意識改革、教育を行う。

 ・神子様のお心とお体を癒やす。

「一番に重きを置かなくてはならないのは、国内外に『説得力のある神子様が仕事を出来ない理由』を用意することです。これがなくては、最終的には反発や理不尽な噂の原因になるでしょう。ただしこれがすぐに見つかる可能性は低いので、皆さんにはこれを見つけるのを第一目標に、過程で重要な役割を担ってもらいます。書類を配りますので、それを見てください」

 何人来るかがわからなかったので多めに作った書類が全員の手に渡る。そこには俺が考えた役割の欄と、本人が希望する役割を書く欄がある。


「神子様が復帰されることを考えた時、やらなければならないことは山のようにあります。目安の為に私が考えついた役割を書いて割り振ってありますが、希望や意見がある方は今書き込んでください」


 こちらで用意していたペンが足りなくなった。仕方ないので早く書き終わった人の物を回していく。少し時間がかかったが、全員分の書類が返って来た。


「ご協力ありがとうございました。こちらは次回の会議までに私が役割を決めるのに使わせて頂きます」


 会議だというのに、半分以上がこちらの決めたことを伝える内容になっていた。だがやっと、一番重要な話し合いに入ることが出来る。


「では先ほど言った、最重要課題である“誰もが納得出来る神子様が仕事を制限、選別する理由”こちらについて皆さんの提案を聞かせてください」


 ルシアン殿下が真っ先に手を挙げた。


「俺は……私は対策室の一員になる際に、レディ・マルセラ・ティファトが別の権力や仕事を持つことで辞める理由足り得るのではないか、と提案させて頂きました。なので、ここでもそれを提案させて頂きます」


 黒板を消して今のルシアン殿下の案を書き込む。


「ありがとうございます。この案に意見がある方は、すべての提案が出尽くしてからお願いします。他の提案がある方は、挙手をお願いします」


 次にダフネ様が手を挙げた。


「私は何も難しく考えずとも、国内へは活動の一つである神子様の《奇跡》の実情を知らせるだけでも、充分に理解されると考え提案します」


 なるほど。ラマルは力を使うとやたらと疲れると言っていたし、それだけでも制限出来る可能性はあるな。ただし農民達はともかく、貴族達がどう思うかが心配か。


「ご提案ありがとうございます。他に提案のある方はいらっしゃいませんか?」


 控えめに手を挙げたのは、ラウネだった。


「私には提案はないのですが、室長のご提案を聞いてみたいです」


 来たか……誰かが言い出すだろうと思っていた。それがラウネなのは予測済みだから諦めている。


「わかりました。私は最初に理由を考える前に歴代の神子様が仕事を休養、選別された前例がないか調べました。結論から言ってしまうと、歴代の神子様はさして重大でない仕事に関しては独断で休まれているという事実です」


 室内にいた殆どの人が驚いているようだった。それは驚くだろう。何せ俺もそうとう驚いたからな。


「では、神子様も休むことは難しくないのですか?」


 発言したのはまたラウネだ。


「難しくしてしまったのは、現在神子様が我が儘な理由で重要な誕生会と婚約発表を台無しにしてしまったことが大きな理由です。これで復帰はするけど仕事を選り好みして休みを増やします……と言っても納得してもらうのは大変難しいでしょう」


 その言葉に反応したのはルシアン殿下だ。表情からもラマルを心配していることがわかる。


「その件についてなのですが、良いですか?」

「ルシアン殿下、どうぞ」

「私は今回の休養の理由と婚約延期について、全国民に誤解のないように説明をするつもりでいます。ただラマルがどうしたいのかわからないので、この婚約に関しての印象操作は慎重に行って欲しいです」


 室内の人間が、今度はルシアン殿下のお願いに感心してしまう。確かに婚約問題は慎重に扱わなければならない。

 もしかしたらラマルは婚約を止めたいかもしれないのに、復帰したら婚約すると匂わせて操作してしまったら大変だ。もちろん逆の場合もある。何より、国民はもう婚約したも同然で結婚して当たり前、と見ている人が多勢を占めているはずだからだ。


「もちろんです。ラマル本人の意向がわかるまでは、婚約は保留、どうなるかわからない方向で徹底させましょう」


 方針に書くことが増えた。ラマルがやたらとルシアン殿下が頭が良いと言っていたが、それを目の当たりにしたようだ。


「父様、そろそろ次の予定があるだろ?」

「む、そうだな。最後まで参加したいが仕方ないか」


 陛下が退室されて、対策室で作った書類はすべて提出して報告するように命令された後、俺の提案を最後まで続けた。


「話が途切れてしまいましたが、つまり神子様が正当な立場や状況を取り戻しさえすれば、神子様の判断でお休み頂けるようになるという提案です」


 これは皆に受け入れられた。ただそれだけでは難しいと俺も思っている。結局、間違った環境が存在していてそれを正すには強い理由がないと納得されづらいという本質が変わっていないからだ。

 会議は進み、提案と共に神子様に関しての印象操作をどう行うかについて話し合われた。

 これに一番反応したのはラウネだった。侍女達の横の繋がりを駆使して、貴族から商人まで地域も幅広く『今の正しい神子様のお姿』を広めてみせると意気込みを見せた。

 話すことはまだまだあったが、会議が始まってから少なくない時間が経過している。進行役として、区切りの良いところで話を纏めた。


「それではまだまだ話し合うことは尽きませんが、本日の会議はこれで終了したいと思います。今回決定した方針については、親衛隊で書類を作成し一両日中に今回参加出来なかった方々も含めて配布します。そちらを元にして、次回会議まで活動の参考にして頂ければと思います。以上で閉会の言葉とさせて頂きます」


 最初の進行にしては、そこそこ出来たと言って良いだろう。だがそれは、皆が協力的でいてくれたからに他ならない。

 何時間も座りっぱなしだった為、部屋に居た人達が殆ど居なくなってからやっと固くなった体を伸ばす。


「お疲れ様、セージさん」


 ダフネ様と話していたラウネがこちらに声をかけた。どうしても文句を言いたい気分だった。


「お疲れ様です。それにしても、今日はダフネ様が突然いらして慌てました。ダフネ様が考えた条件ならば、どうして先に言ってくれなかったんですか?」

「本当にごめんなさい。だってお母様が条件を考えたなら、私には資格がない気がして……参加させてもらえなくなるのは嫌だったからつい、言えなかったの」

「まあ……事情はわかりましたが、それならそれで相談くらいしてください。いきなりのことで驚きました」


 ダフネ様が聞いているので、いつもより丁寧な言葉使いを意識した。


「そうよね、謝るわ。でも今日のセージさんはとても格好良かったわ、見られて得した気分よ。また次も頑張ってください」

「ありがとうございます」


 こう言われてしまうと、もう怒れなくなる。上手く誤魔化されていると自分でも思うが、にこやかに出て行く二人を見送った。


「さて、始まったばかり……なんだよな」 


 手元の書類と戦うことから始めることにしよう。まだ、ラマルに会いに行く時ではない。

 ラウネがまた行くそうだし、今は落ち着いているらしいからな──やるせなさや愛しさに似た寂しさは拭えなかったが、ラマルの為だと思うと頑張れた。


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