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木洩れ日と日だまりのあいだに  作者: 結衣崎早月


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願いと無意味さのあいだで

 お気に入りの本を手に取り、捲る。文字は読めるけれど──意味にならない。

 『──ごめんね、ごめんね……』聞こえるはずのない、もう二度と聞けないはずの声に体が強張る。手から力が抜けて本が落ちた。

 怖くなって……絶対に大丈夫だとわかるまで、徹底的に自然との回線を切った。心配してくれるセムとノイルの声でさえ聞きたくない。誰も……何も言って欲しくなかった。

 また涙が落ちる。泣いたって許されやしないのに……どうしても悲しくて。命を、奪った、自分が──嫌で嫌で堪らなかった。

 どうして僕は生きてるの?

 やっぱり、誰も答えてはくれない──一度だって返ってきたことはない。

 死んでしまおうか。自然に浮かんだ気持ちは、とても正しい答えのように思えた。みんなは僕の力が欲しくて──なら。死んでしまえば、こんな苦しみからは解放される気がした。


「だから! あんたじゃなく神子様に────!」


 表で、また誰かが怒鳴っていた。放って置けばシィナが追い払ってくれる。


「死──消えて、しまいたい。もっと……もっと前から居なくなってれば……セェジと、会う、前なら……」


 辛いよ。苦しい、痛い……こんなの当たり前だったのに。これが悲しみだと、あれが幸せだと知ってしまったから──。


「……死のう」


 どうせなら、森に溶けるように死んでしまいたい。餓死は嫌。水死も──あの泉では、ちょっと嫌かな。

 首を吊る。良いかもしれない。高さも縄も、力を使えば問題にならない。──でも基地の中だとセムもノイルも居て邪魔されそう……。

 ふらふらと足は《楽園》の中心に向かっていた。《楽園》で死ぬ──素敵な響きだ。


「ラマル」


 ティイガ――人の姿の彼は、右手を僕に振って、偶然だね。と言うように微笑んだ。何故彼がここに、とは思わない。


「死んじゃだめかなぁ?」

「──僕が悲しい」


 昔……昔におんなじ会話をした記憶があった。昔は不思議だったけど、今はもう疑問に思わない。


「ティイガもシィナも──僕の考えたこと、わかっちゃうんだねぇ」


 悲しくないのに、涙が流れた。正体のわからない締め付けが──懐かしく、よく馴染んだ息の詰まる感覚までが戻ってきた。


「そんなに死んでしまいたい?」

「うん。だって、僕、なんで産まれたのかもわからない。神子の力が必要なら、誰が僕を必要なの? 誰が──この痛みに気づいてくれるの? どうして? なんで……もっと早く死ななかったんだろ」


 思い出せば、あの時もあの時も。死んでいたっておかしくなかったのに──生き残ってしまったから辛いんだと思った。


「僕は、ラマルが必要だ」

「守護者だからね。神様に決められたことだから──でしょ?」


 違う、とは言わなかった。少し悲しそうにして、ティイガは目を閉じた。


「じゃあ、君が僕を殺せば良い。君の苦しみも何もかも、君を育てようとした──愚かな僕のせいだ」


 何故そんなことを言い出したのか、わからなかった。ティイガはいつだって僕を助けてくれて居た。


「それを……僕も選んだよ? 昔なら、そうティイガを殺して死にたいと思っただろうけど。僕はラマルで居ることを選んだ。ティイガの為に」

「もう今は、僕の為に生きてはくれない?」


 少し考えて──違うと思った。


「昔は、生きてる意味がわからなくて、生きていたくなくて死にたかった。でも今はそれと、死にたい気持ちが両方あるんだ」

「君を死に向かわせる気持ちは何?」

「罪──そして願いだよ。全部、終わった。もう、良いかなって」


 だってほら──ティイガは知ってるでしょう? 僕の願いも罪も、何だって知ってる。僕も知ってる。


「罪は償い、願いは叶えれば良い」


 言うと……思って、わかってた。また涙が出た。


「命を償える対価なら、命──そういう意味だよ。間違ってる? 願いは、願いなんて、叶ったことないもん……平気」

「ラマル」


 サクサクと葉を踏む音が心地いい。こんな気持ちで死にたいと思った。ティイガは僕の目の前で立ち止まると、肩に手を置いて「座ろう?」とだけ言った。


「ずっと、ずっと昔もこうやって、何時間、何日もただ座っていたね」


 その場に座ったティイガに体を預け、意味もなく言う。昔はティイガが虎だったってことだけが違った。僕の気持ちはそっくりで、体は育たなかった──。


「そうだね。君と僕の二人で」

「ティイガ……あの頃も僕は死にたかった。明日を考えたくなくて、ティイガと、動物達や木と同じになりたかった」

「うん──ラマル。今は、違うね?」

「おんなじ。そして、奪われて死んでしまうの」

「セージは──マリーやルシアン、皆も同じかい?」

「ねえ、悲しんでくれるかな? そしたら、僕が居たって、忘れないでくれるかな?」


 僕が死んだら──泣いて欲しい。それだけで良い。きっと、みんな勝手に自分を責めるだろうけど──恨む気持ちは過去にも現在にもなかったから。


「誰も忘れないよ。でもラマルが自分で死を選んだなら、恨むだろうね──ラマルを、それから自分を」

「素敵──そうしたら僕は、産まれた意味があったね?」


 うん──だったら死ぬのも、そう悪くないかな。


「そんなもの、君の命の意味なんかじゃない」

「じゃ、何さ」

「命に意味なんてないよ。──君が奪った命にも、君にも。僕にも──そんな意味なんかで産まれては来ないんだ」


 そうなのか──言葉が染み渡って、それから、ティイガの言葉を理屈なく信じていることに気が付いた。


「だったら──意味もなく、僕は死んでしまうんだ」

「そうだ。それは嫌かい?」


 否定の気持ちで目を閉じた。目を閉じると、何故だかすべてを許せる気がした──自分の命も、この世界も。


「それは──自由ってことなんだよ。それが、《奇跡》なんだ──そう思うよ」

「うん。ラマル、僕もそう思う。だから……だからね、死んで欲しくないんだ。僕は」


 どうせ意味なんてないのに……わざわざ死んでしまうのか──そう考えると、もったいないような……おかしいけれど、カップの底にほんの少しだけ残った、捨てられてしまうお茶を見た時みたいな──変な気持ちになった。


「まだ飲めるのに……」

「まだ生きられるのに……」


 続けられた言葉が悲しくなって、ティイガを慰めたいと感じてしまう。ティイガは──ティイガは生きてないんだ。そう、だから僕はティイガの為に生きていた。


「ごめんね、ティイガ」

「何を謝るんだい? 場合によっては僕、怒るよ?」


 怒る、と言ったのに笑ってる。僕もまた笑ってた。


「僕が死にたくなると、ティイガはもっとずっと痛いよね? ──わからないことが、苦しいよね──親友で、家族だから。ごめんなさい、ティイガ」

「なら……許してあげよう。君が、死にたい気持ちも、謝る気持ちも、痛み、願い、罪だって。家族だから許してあげられる」


 僕は許された気がした。わだかまりが解けて、意味もなく世界は素晴らしいと感じて──また死にたいと思った。死にたい気持ちを肯定してあげられた。


「死にたくても、良いんだね」

「もちろん。生きてるからね」


 生きているならば、死にたくなっても良いんだ。


「ふふ、ティイガは言葉遊びが好きだね──昔から」

「人間の作った意味が好きなんだ。面白いだろう?」


 意味か──訳もなく、罪を犯した意味を考えていた。死にたいと思うためだろうか?


「違うね。きっと、生きるためなんだ」

「──愛してる。ラマル」


 面白いだろう、と言ったティイガを無視してしまっていた。ティイガは気にしないけど、僕は気にしないといけない。


「それが、生きる──」


 ティイガの手が肩に置かれ、抱き寄せられる。


「愛してる、ラマル」

「僕も。僕も愛してるよ、ティイガ」


 やっと、ティイガに答えられた。答えが出た。僕が僕として生きるために罪を犯した──そんな僕が生きることを許せた。


「後ね。もしラマルが死んじゃったら、少なくとも三人の人間の人生が確実に壊れるから、遠慮してあげて欲しいんだ」

「人生が壊れる? どうして、三人って誰が?」

「それは僕の口からは。──心当たりに訊いてみたら? 『僕が自分から死んだら人生が壊れるの?』って」

「何、それ。やだよ、怒られるもん」

「それで泣いちゃうだろうね」

「あはは、一人はわかったかな」


 多分シスターマリーかな。後は誰だろう? セージ、はなー。真面目だから『自分で死ぬなんて言うな』とか言いそう。冗談って言っても知らない顔で、そんで僕が『絶対に死なない』って言うまで信じてくれないの。


「セージ氏をいじめたらいけないよ? いくら傷付けられたって、やり返して良いことにはならない」

「え、意外。ティイガはセージのこと嫌いなのかと思ってたんだけど」

「嫌いじゃあない。対等なんだ、なのに愚かで学ぶところもあり……口を出さずに居られないんだ」

「へー。ティイガが誰かを対等に思うなんて、やっぱり意外」

「そう? それに、嫌いだったらいじめて良い訳じゃないよ。わかってるだろうけど」

「うん──うん、ティイガ。ありがとう。やっぱりティイガに助けられてばっかりだね……」

「僕がそうしたいんだ」


 僕の守護者だから、という言葉を言わせてくれなかった。言わなくて良かった、また助けてもらっちゃった、と思った。それは自分を傷付けるための言葉だったからだ。


「僕は僕を嫌いでも良い」

「僕がラマルを好きでも良い」

「僕はティイガが好きだ」

「そして、『セージを愛してる』」


 不思議な響き──完全に切ったはずなのに、自然達の声と同じ響きを持っていた。焦ってまた回線が切れていることを確かめる──うん、大丈夫。


「今のは何?」

「何でもないよ。意味なんてない言葉もある」

「そうだね」


 安心した。言葉遊びの延長だったんだろう。ティイガが僕の心だ、とか言ったらどうしてやろうと思ったけど、そうじゃなくて本当に良かった。

 今のは何でもない、意味のない言葉だった。ティイガがセージを愛していると考えるより、そっちの方がしっくりきた。


 ──生きると決めてからの、出張や仕事、社交のことを考えなくて良い毎日はとても心穏やかだ。

 ずっとやりたくて、時間がなくてできなかったあれこれを試しているだけで、いつの間にか日が暮れているような日々。

 プレッラでの毎日に似ていて、よく思い出す。シスター・マリーに書けていなかった手紙の返事を出したら、凄く早く返信がきてびっくりした。

 お仕事を休んでることやセージにフられちゃったことを少しずつ知らせている。返事には僕が欲しい慰めや僕も思わなかった自分の気持ちが記されていて、シスターがそばに居てくれてたら……と無理だとわかってるのに思ってしまった。 

 読みたいと思って居たら、神子様の日記はなんと向こうからやってきた。明くる朝に机の上に置いてあったんだ。始めはシィナが持ってきたのかと思って訊いてみたんだけど、違うみたい。多分ティイガか動物達が気を利かせてくれたんだと思う。

 喜びよりも先に浮かんだのは、日記が痛んだらどうしようって心配。そしたら本当に不思議な力で守られているらしくて……水がかかってもなんともなかった。あ、もちろん僕の寿命は縮んだよ?

 ありがたくその日記を取り直すと、ミズリーア様という方の日記が一番上になっていた。『読んで』と言われているようで……読みたい気持ちに逆らわなかった。

 ミズリーア様とお友達になりたかったな──。でも日付が三百年くらい前で、流石に無理かなとか。こんな悲しい神子様も居たんだ、と共感を覚えて──それじゃ僕が悲しいみたいだ、と考えて思い直す。『昔も今も、人間が愚かなだけなんだ』うん、こっちの方がずっと良い。

 それから僕は歓迎してないのに色んな人が訪ねてきた。特に多かったのは領主の人達かな。今まで行った領地の人、行く予定だったところの人には流石に悪いと思ったけど──話すこともないからシィナに頼んで追い払ってもらった。

 お休みしてる間はそんなことで時間を取られたくないもんね。大体、きて早々に大声を出したり泣いたりする人には会いたくなくて当たり前だよね? ──と一週間ぶりにきてくれたラウネに話したら、凄い勢いで怒り出した。


「信じられない! 自分がラマルに何をしたと思ってるのかしら?! 大方名誉だとか圧力に負けたんでしょうけど──ごめんなさいね、お休み中なんだからそっとしておくように私達から厳しく言い渡すから、許してあげて」

「別に僕はそんなに気にしてないから許すも何もないよ? それよりもさ、新聞持ってきてくれた? 楽しみにしてたんだ」

「もちろんちゃーんと持って来たわ。でもねえ、ここって娯楽があるように見えないけど退屈してない? 他にも何か要る?」


 ラウネの気遣いに、否定の意味で首を横に振った。むしろ時間が足りないくらい。


「そんなことないよ、本を読んでるから退屈はしてない。誰もきてない時にはお散歩とか運動もしてるしね、心配しないで」


 そう言って笑うと、ラウネも安心して笑ってくれた。


「じゃあ良かった。招かれざる者達のことは任せておいて──と、それだけで大丈夫かしら? 本当に何もして欲しいことはない?」

「もう、ラウネってばそれしか言ってないよ? んー後はね……みんなに迷惑かけてごめんなさいって、特にルシアンとセージに──『無理な我が儘言ってごめんね、聞かなかったことにして』って伝言、お願いして良いかな?」

「──わかったわ、確かに伝言するわね。次は早く来れそうなの、三日後にまたお邪魔するわね?」

「ありがと、ラウネも無理しちゃだめだよ? 僕に構うより大切なこと優先してね」


 手を振って見送りのつもりで居たら、窓から手を捉まれた。


「馬鹿な子ね。今のあなたより優先したいことなんて在る訳ないわ」


 そうかな──? そうかもしれない。理屈は思いつきそうだったけど、真っ直ぐなラウネの眼を見たら、理屈でなく信じても良い気がした。


「う、ん、わかった。またね、ラウネ」

「本っ当~にわかった?」


 茶化すような言い方に、可笑しくて笑っていた。


「わかった!!」


 またね、と軽い挨拶でラウネは背中を向けた。その背中を、消えるまでずっと見つめて居た──。


「さて、続きしよう」


 誰にでもなく自分に言って、神子様の日記を開いた。この神子様は歌姫とまで称賛された方で、神殿にも沢山この神子様──セシリア様が考えた歌が残ってるんだけど。なんと、面白い効果の出る歌が日記にだけ、それも楽譜付きで書いてあったんだ!

 今はその実験中という訳。これが楽しくて楽しくて、しかも歌だけじゃなくて、もっと変わった神子の力の使い方が他の日記にもまだまだ残されてる。

 途中で見付けた速読術なんて、練習の甲斐もあって大活躍してるしね♪

 ざっと一通り試すんでも時間がみるみる過ぎていっちゃって──大体はシィナにご飯だと言われて渋々手を止める。そんなことをしてたら、三日はすぐだった。


「ラマル、三日ぶりね。元気してた?」

「ばっちり元気。ラウネは?」

「私もよ。それじゃ、あれから変な人は来てない?」

「うん、ありがとうラウネ。ほんとに鬱陶しかったから大助かりだよ」


 うんうんと二人で頷きあってから、また新しい新聞をもらった。新聞には僕が休んでいることは遠慮がちに書いてあった。ラウネ曰く、王宮からの圧力だとか。


「元気になっていってるみたいで良かったわ。また時間が空いたら来るから、何か用事があったら言ってね」


 優しいラウネにお礼と何も欲しいものはないと伝えて、また帰っていく背中を見送った。


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