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森と家のあいだで4

 やっぱり、セェジのとこに行くことにしてよかった!

 すごく優しい人達とおしゃべりして、仲よくなれたし……セェジが笑ってくれた。

 でも、少~し心配症が過ぎるかなって思う。違うや、心配されるのって嬉しい。すごく、すごく嬉しいことなんだって初めて気づいた。

 もっとセェジの役に立ちたいな。今日はセェジが褒めてくれて、しかもご飯をまた一緒に食べた。そうやって、今日の幸せを一個一個思い出して眠った。




 翌日もラマルはやって来た。今度は控えめにドアをノックして。

 そのことでからかうと、「明日は勝手に入ってセェジを起こしてやる!」と息巻いて、本当にそうした。


「なぁセェジ、僕その神子って人のことあんまり知らないんだけど、なんで捜してるんだ?」


 今日も森に行く支度をしていると、ラマルがそんなことを言い出した。この国で育てば小さな頃から教えられる話なのだが、孤児なら聞いたことがなくても不思議はなかった。


「そうか、じゃあちょっとお勉強だな。“精霊せいれい神子みこ”というのは聖書にも出て来る神職のことで、生まれながらに自然と会話したり自然をはぐくむ《奇跡》をもたらす力のある女性なんだ」


 ふむふむと頷くラマル。


「絶対に女の人なの? 死んじゃったらどうするの? しんしょくってどういう意味?」

「おいおい、一つずつ訊け。何故女性なのか、というのはわかって居ないが、聖書の中では『受け入れる性別』だからと書かれている。代々全員女性だ」

「……つまり何人も居るの?」

「少し違うな。必ず国中で一人だけ“精霊の神子”が産まれて、亡くなると次の神子が誕生する。神職というのは、神様にもらった仕事という意味だ。神官や神子の仕事は神様が定めた仕事なんだな」

「そっか、一人きりだからすごいんだ! でも、その神子が行方不明なんだ?」


 いくら知らないことだらけのラマルでも、どこかで聞いたことがあったのだろう。神子とは神様の存在が生活に根ざしている証でもあるからな。


「ああ、詳しくは教えてもらえないんだが十四年前に事故でな。現場には居るはずの赤ん坊が──要は神子様が居なかったそうだ」

「それって単に死んでるんじゃないの?」

「そう思うだろ? でもちゃんと生きているらしい。今頃十五、六の女性になってるんだろうな──それにあざを持った赤ん坊も産まれていないとか言っていたな」

「痣を持った赤ん坊がいたらどうしたの?」


 興味が尽きない奴だ。準備はとっくに終わって居たが、もうしばらく答えてやらないと行くに行けないな。


「広く知られていることなんだが、神子様の体にはどこかに特徴的な痣があるんだそうだ。模様のような痣で、見れば誰でも神子様だとわかるらしいぞ?」


 この痣のせいで悲しい事件がその昔起きたらしいが、現代では、未だ事故に巻き込まれて行方知れずの可哀想な神子様を見付けて差し上げようという訳で。それが俺達兵士の仕事だ。

 つまり──国を挙げて探しているが、この国で暮らして居るならとっくに名乗り出ていてもおかしくないのに、とにかく死体であっても発見されるまでは国内を調べ尽くさなければならず、ついには人の住めない場所にまで手が伸び──目下捜索中ということだ。国外にも捜索要請を出し続けているほどで、神子がこんなに長い間行方不明になったのは類を見ないそうだ。


「その痣って僕でもわかるかな? 見つけたら凄いよね?」

「いやわからないだろ、お前に見付けられるならもう見付かってるって」

「うーん、そうかぁ。見つけたらお金持ちになれるって聞いたのに」

「そんなことだろうと思ったよ。さ、行こう」


 一瞬ラマルに、他の国にも魔女や竜が居るとか、神様が創ったに違いない不思議な泉や道具があるらしい──なんて話そうかと思ったが、止めた。そんな話を始めてしまえば、この好奇心旺盛な子が知りたいことがなくなるまで質問攻めに遭わされるのは火を──いや、神子の痣を見るより明らかだ。

 森の調査をラマルと進めて行き、やはり人は住んで居ないということになった。

 何せ虎が住んで居る森に、火や罠で獣除けもせずに暮らすなんて不可能だからな。そんな形跡もなく、特別地図と変わったところも見受けられなかった。

 だから途中で、森の調査をする必要はないだろうと言ったら、ラマルがものすごく不機嫌にぶすくれた。膨れた頬をつついたら更に怒り出した。


「ちょっと! まだ全部調べてないじゃん? そうだ、言ってた抜け道を教えてあげるからさぁ!」

「……そこまで言うなら、残りも調べるか?」

「そ、そこまでは言ってないけど、お仕事なんでしょ?」


 ラマルの甘えてくる様子が心地良くて、結局森の中を隅から隅まで調べてしまった。


「もう今日で終わりだね……」

「なんだ、終わって欲しくないみたいだな」

「そ、そんなこと、そんなことない……っ」


 笑って濁そうとしている。だが装うのは苦手らしく、バレバレだ。


「別に調査が終わったから家に来るなとは言わないぞ?」


 俯きがちだったラマルが急に顔を上げて、期待に満ちた眼差しで目を合わせてきた。


「ほんと?!」

「もちろん、そんなこと言わない」

「本当にほんと? 僕、おやつもご飯もお茶も要らないから、また遊びに行ってもいいかな?」


 懇願するようなその姿に、庇護欲と切なさが込み上げた。しかし俺は笑い飛ばした。


「来い来い。そんなケチなことは言わないから、いつでも来たら良い。俺が居なかったらきっと近所の人が相手をしてくれるさ。お前が居ると賑やかで良いってみんな言ってたぞ?」

「そうかな? うん、セェジが言うんだからそうだよな。じゃあ、明日も……」「遠慮しないで来い!」


 不安げな声を遮って、言わせない為に頭を強めにがしがしと撫でる。するとラマルは顔を下に向けたままきびすを返し、森の入り口近くまで抜け道を通って先に行ってしまった。

 因みに俺はこの抜け道を通れない。何故なら茂みの下を這って潜る必要があるのだ……。


「セェジ、遅いぞ!」


 振り向いたラマルは眩しく笑っていた。

 調査が終わってからも、ラマルは毎日会いに来た。大抵は朝から来て、俺が仕事に向かうと、言ったように近所の人と遊んでいるようだった。


「この辺て、子供があんまり居ないよね~。ラタニアさんのところはまだ赤ちゃんだし、ピートさんの息子さんはお仕事を習い始めてるし」

「そうだなぁ、確かにラマルと遊びそうな子供は居ないな……だったら、町の教会にでも行ってみるか?」

「教会? ……それってあの、十字架のある建物のこと?」

「なんだ、知ってるんじゃないか。お前くらいの子供を預かっている場所だからな、友達とか居るのか?」

「ううん、そうじゃなくて。手紙を届けたことがあるんだけど、あそこってなんかきれいで……行きづらいし、お祈りとかしてるから」


 近づいたらいけない気がする。とラマルは結んだ。俺にはよくわからなかったが、子供の目から見るとそう思えるのかもしれない。


「行き辛いか? なら、俺がついて行ってやるから、一回行ってみたら良い」

「う~ん、じゃあ……一回だけ」


 迷うラマルの気が変わらないうちに外に連れ出した。教会への道々、ラマルは好奇心旺盛に何でも知りたがった。


「あれはなんのためにあるの? あっ、あれってどういう意味? あの人はなにしてるの?」

「だから、いっぺんに訊かれても答えられないって。一つずつな」

「そだった! ならあれは?」

「あれはな……」


 通りすがる人達にもジロジロと見られているが、ラマルは全く気にしていない。訊くのに夢中になっているようだ。そんな風にしていたから、教会に着くのもあっという間に感じられた。


「おっ、着いたぞ」

「うん! ……ねえ、本当に入るの?」

「もちろんだろ、その為に来たんじゃないか」


 ラマルは元気の良かった先ほどから一転、今度は緊張でガチガチになっているらしい。


「……セェジ、手ぇ握ってもいいか?」


 顔は青ざめまるで罪人が絞首台に上がるかのようで、こんなに怖がるなら無理に連れて来なければ良かったかもしれないとまで思った。


「ほら」



 俺が差し出した右手にラマルの左手が近づいた。その震える手をぐっと握り締める。


「ありがと、セェジ」

「平気そうか? だめなら無理するなよ」

「もう平気、大丈夫だよ!」


 ラマルはそう言ったが、まだ手が微かに震えている。何かはわからないが、教会によほど怖いものがあるのだろう。


「セージさんこんにちは。今日はどういったご用でしょうか?」

「こんにちは、シスター・マリー。今日はこの子を教会に連れて来たかったんですよ」


 パイプオルガンの前から歩いて来たのは、優しく淑女の見本のようなシスター・マリーだ。

 神父であるお父さんは高齢で体調を崩しがちなため、今は信者の方とシスター・マリーが教会を支えている。因みに、宗教上の理由で神父は妻を娶ることが出来るのだが、シスターは嫁ぐとシスターを辞めなければならない。

 以前神父さんから娘を嫁に……等と勧めて頂いたことがあったのだが、シスター・マリーは一生を神に捧げるつもりだからと、自分で父親を説得された。人柄も行いも素晴らしく、俺にとっては美しい女性であっても緊張しないで居られる貴重な人物だ。


「……なるほど、お友達を作りたいのですね」


 シスターに事情を説明すると、シスターは突然しゃがみ込んだ。


「はじめまして、シスターのマリーと言います。あなたのお名前は?」

「あっ、ラ、ラマルって言います!」


 シスターに話しかけられたラマルは、握った手に力を入れて緊張をさらに増したようだ。


「ラマル君。ね、私はいつでもここに居るから、これから何かあったら気軽にここに来てくださいね? 今から私達もお友達になりましょう」


 その人の心をどこまでも蕩けさせる柔和な笑顔に、ラマルは一瞬でシスターへの緊張を解いた。うーむ、俺もこのくらい子供に警戒を解いてもらえれば良いんだが……。っく、『無理だろ』と想像の中のバースに突っ込まれた……泣かないぞ! 俺は泣かない! うぅっ……。


「はい、お友達になりたいです! シスターはセェジとお友達なんですか?」

「ええ、もちろん。良いお友達ですよ。ねぇ、セージさん?」

「そうですね。持ちつ持たれつという関係だな、何か気になるのか」


 少しだけ手を引いて、ラマルの顔を覗き込む。


「すごくきれいな人だなぁって」


 ラマルの頬がちょっと色づき、初恋をする少年のように見えた。


「なんだ。マセてるな!」


 俺が笑うと、二人も笑って場が和んだ。シスターがラマルに教会を案内すると言うと、喜んで行きたがった。


「それでは行きましょう」

「じゃあ俺は待って居ようかな」

「え? 行かないの?」

「俺は教会の中は知っているしな。一人で行って来い」

「セージさんについて来て欲しいのですか?」

「……ううん、平気。行こ、マリーさん!」


 ラマルはちょっとだけ躊躇ためらってから、握り合っていた手をほどいた。


「おい、シスターと呼びなさい」

「良いんですよ。お好きなように呼んで」

「?? まあいいや、じゃあ行こうよ。シスター・マリー」

「はい。行きましょう」


 興味津々に見開かれた瞳で、シスターにあれこれと質問して行く。教会の奥の廊下に進む時に、振り向いたラマルが手を振った。『行って来い』と言うつもりで手を振り返しひと息吐くと、シスターの描いた宗教画が目に入った。

 『聖母様のように素晴らしい心になれるよう、神様に近づけるように描くものなのです』シスターが子供達を集めてそう説明していたのを思い出す。

 そういえば、週に何度か学校に行けない子供に勉強を教えていると言っていたような……。ラマルを教えてくれるかどうか、後で聞いてみようか。にしてもちょっと遅いな? そんなに沢山見るところもないはずなんだが。

 しばらく近所の老夫婦と世間話をしていると、ようやくラマルが戻ってきた。


「お、遅かったな」

「うん、いっぱい質問しちゃって……待たせてごめんねっ?」

「そんなに待ってないし構わないぞ」


 戻ってきたラマルの目元が少しだけ赤かったが、シスターと居たのだから問題があった訳ではないだろう。ここは気づかないふりをした方が良いのかもしれない。


「ラマル君は知識欲が旺盛ですね。知らないことを知ろうとするのは、とても良いことですよ」

「そうだシスター、付かぬことをお訊きしますけど、この教会では勉強を教えてくれる日がありませんでしたか?」

「はい、確かに土曜日と水曜日に簡単な計算と文字の読み書きをお教えしています」


 そこでラマルに向き直ると、勉強がしたいかどうかを確認することにした。教会の方は何も問題なさそうだ。


「という訳なんだが、もしラマルが勉強を教わりたいっていうなら、シスターが教えてくれるみたいだぞ。やってみたいか?」

「えっ、勉強を?」


 そう言ったきり、ラマルは黙りこくって考え出してしまう。何を迷っているのか、その表情からは『行きたいけどでも……』という言葉が聞こえて来そうだ。


「今すぐ決めなくても、行きたくなったら俺に言えば良いさ」

「あ! そうかな? じゃあ、まだ考えたいな」

「なんかいきなり言い出して悪かったな。もう少しお前に訊いてからにすれば良かったか」

「そんなこと気にしないでよ。僕も字が読めたらいいなって思ってたから、むしろありがたい! ただもうちょっとだけ、考えさして」

「ラマル君、正しい言葉の使い方としては『考えさして』ではなく『考えさせて』ですよ。癖になってしまうとなかなか直せませんから、気を付けましょうね?」

「はーい。教わることはいっぱいありそうだ」


 ラマルは頭を掻いて、戸惑いを示しておどけた。シスターはそれには声を出さないで微笑んだ。


「はは、よし。それなら今日は帰ろうか。どこか寄りたいところはあるか?」

「んーん、ないよ」

「それでは今日は失礼します、色々とありがとうございました」

「案内してくれて、ありがとうございました! またくるね♪」

「さようなら、ぜひまたいらしてください」


 教会を出てからもラマルは変わらずに騒がしかった。今までも町に来たことはあると言っていたのに、都に上京したてのおのぼりさんそのものだ。


「教会はどうだった?」

「すごくきれいなところだね! シスターも優しいし、話に聞く天使みたいだ」

「気に入ったみたいで良かったよ。あんまり緊張しているから、倒れやしないかと思った」

「あはっ、もう大丈夫。教会かぁ……思ってたのとちょっと違った」

「どんな風に思ってたんだ?」

「内緒。じゃあね! 送ってくれてありがとー!」


 プレッラと隣町の境目まで来たところで、ラマルは駆け出してしまった。


「あっ、おい」

「明日も家行くからなー! バイバーイ!」


 前を見ないと危ないとあれだけ言ったのに、また走りながら振り向いて。転ばないから良いものの──心配になる。

 何も返さないと拗ねるし止めないので仕方なく手を振ってやって、少し買い物をしてから家に戻った。

 もしラマルが計算や文字を読み書き出来るようになったら、きっとあの小さい体でも働けるところがあるだろう。

 あんなにも好奇心旺盛だったらすぐに仕事を覚えそうだし、そうとなれば何か紹介してやれるだろうから、今から目星を付けて置こう。──そしてラマルが、少しでもまともな暮らしが出来れば良いと思った。

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