罪と勲章のあいだ
あれから一カ月が経つ──というのに、悪人さんはまだ僕達を誘拐も暗殺もしようとしない。
準備万端でじれる僕に、ルシアンは『いつかはくるから』と気の長い言葉で慰めてくれたけど。あんまりゆっくりだとセージの誕生日に間に合わないかもしれない。僕の一番の心配はそこだった。
ラウネも夏になるというので、なかなか会えなくなりそうだし、セージの反応は全然変わらないし……停滞している、行き詰まったもどかしさを感じてた。
もちろん誕生日の贈り物は別に考えてあるけど、僕としてはセージに家が建てられるくらいの報酬を受け取って夢を叶えて欲しかった。
うん、行き詰まってはいるけど、もし誕生日に間に合わなくても計画がだめになる訳じゃないよね。
今度、やっとセージとのお出かけの日が決まったし──そんなに焦ることもないか、と思いながら、四回目の街へ遊びに行く日に淡い期待を抱いていた。
俺にとってもはや恒例になった街への護衛。馬車に乗れないラマルは俺と一緒にミントに乗って、ラウネに教えてもらったと言う流行歌を楽しそうに口ずさんでいた。
「『私の好きな人は今日も来る♪ すてきな花と笑顔を抱いて♪』」
「ミント、歌が上手いね~♪ 僕自信なくしちゃう」
『何言ってるの。ラマルに敵う訳ないんだからお世辞はよして』
「でもなー」
楽しそうなのは表面だけで、実際は馬車を意識しない為の努力なんだがな。
前回遊びに来た時はルシアン殿下の我が儘で馬をやらされた。嫌がらずに馬になってみれば、プライドはないのかと悪し様に罵られた。
これにはラマルが、「ルシアンの命令に逆らえる訳ないでしょー!」とまったくその通りの意見で突っ込んでくれた。
今や俺は完全にルシアン殿下達の遊具として扱われていた。慣れている身としては馬でも木の代わりでも構わないのだが、ラマルがたまに悲しそうな顔をするのが少々気になる。
ラマルは俺に叱られたことを忠実に守ってくれていて、怪我をしないように乱暴な遊びはやらないし、俺に触らないようにしようと努力してくれていたから、多分悲しそうな顔はみんなが楽しそうにしている遊びに参加できないせいだろう。そんなラマルの努力を知っていて、悲しそうにするなとも言えない。
ルシアン殿下の乗る馬車の護衛をしながら取り留めのないことを考えていれば、間もなく目的の家にたどり着いた。
わやわやと騒がしく家の中に入る二人。今日もルシアン殿下はラマルの手を握っていた。聞けば、ルシアン殿下は妹のミアーシャ殿下に手を差し出すのが癖になっていて、自然にそうなるんだとか。
指摘されたルシアン殿下は恥ずかしそうにしながらも、ラマルに手を差し出すのを止めようとはしなかった。羨ましく思いながらミントを繋いで馬車を送り出すと、ルシアン殿下のご友人の家の中に俺も入って行くのだった。『が、頑張って来なさいよ。あんまり苛められたら、ちょちょ、ちょっとは慰めてあげるから』
「ありがとう、ミント」
「セージ、遅いぞ!」
ルシアン殿下は完全に俺を下に見ていた。まあ実際下だが。俺を巻き込むのがすっかり流行りの遊びになっているらしく、必ず付き合わされる。
「ルシアンてば、セージにもお仕事があるんだから」
「これだって立派な仕事だろ! さあ、名馬セージよ。戦場を駆け抜けるのだー!」
そうやってラマルは、ルシアン殿下の子供らしい理不尽さをいつもたしなめてくれる。とは言っても、ラマルも自身に割り振られたお姫様役が気に入っていて、戦争ごっこを止めようとは言わないのだが。
「ヒヒーン!」
と馬の真似をして蹄を鳴らす動作をすれば、ルシアン殿下は目を輝かせて剣の玩具を高らかに掲げた。
「進めー! 敵を薙払い進軍するのだ! 敵将の首を上げた者には報奨を遣わすぞ!」
殿下だけあって、戦争ごっこもなかなかリアルだ。敵将役のディグという男の子とのつばぜり合い合いになった。
「頑張ってー!」
お姫様の声援をもらった大将ルシアンは、見事に敵将をグサリと突き刺した。
「討ち取ったりー! 我はダカットの一の王子、ルシアン。敵の首は俺が取ったぞー! この戦は我々の手にある! 進めー!」
勝ち名乗りを上げてお姫様を助け出し、戦争ごっこは終わりを迎えた。
「ありがとう、騎士様。なんて勇敢な人なのでしょう」
「このくらい、姫を助けるためならば当然です。さあ、国に帰りましょう。皆が待っています」
歓声が聞こえてきそうな物語は幸せになりました。で幕を閉じた。
「楽しかったなー! 次はディグが騎士役な。ドラゴンを倒すおとぎ話にしようぜ?」
「え、僕は良いよ。ルシアンがやりなよ。ラマルちゃんもやりたいんじゃない?」
このディグという子は大柄で、ルシアン殿下と年が一つしか違わないのにずいぶん大人しい性格をしている。今の断り方など、どこか自分に似ている気がしないでもない。
「だめだめ、ディグもいつもやられ役でつまらないでしょ? 今度の英雄役はディグで決まり!」
ラマルにそう言われてようやく、ディグ少年は勇敢な騎士役を演じることになった。もちろんドラゴンは俺だ。
ルシアン殿下は魔法使い役で、得意げに騎士に伝説の剣を授けていた。またも攫われたお姫様のラマルは、俺の後ろで待機している。
「ここがドラゴンの住む洞窟だな? 出て来い、お姫様を返せ!」
「ガアー!」
手を翼のように振り上げて威嚇すれば、ディグ少年は間合いを取ってから剣を翼へと振り下ろした。慎重な彼らしいところが、戦い方にも出ている。ルシアン殿下は言わずもがなで、いつも正面から押せ押せだ。
「現れたな。えい! とおっ」
「グギャー!」
胸の下辺りを斬りつけられて、きちんと苦しんで見せる。ディグもやはり騎士役がやりたかったのか、とても楽しそうで何よりだ。
「ディグ様ー! 気を付けてー!」
ドラゴンこと俺が攻撃をすれば、助けられるお姫様のラマルからノリノリの一言が飛んできた。
「食らえ! 奥義、聖なる剣の一閃!」
ズバッと大きく縦に振り抜いた仕草に、俺は無様な姿で一時停止した。三人が息を呑んだのを聞いて、後ろに倒れ込んだ。
「ギャオ~ン……」
めでたくドラゴンを倒したディグは、顔を赤らめてラマルの手を取り、跪いた。
「ご無事ですか、姫」
「ええ、ディグ様のおかげでなんともありませんでした。本当にありがとう」
「こうして悪いドラゴンは倒され、王国には平和が取り戻されました。めでたしめでたし!」
ルシアン殿下が締めの決まり文句を言って、ドラゴン退治もつつがなく終了した。
「お疲れ様、セージ。みんなもちょっと休憩しない? 持ってきたお菓子でも食べようよ」
「良いな! ディグ、お茶を頼みに行こうぜ」
ありがたいことにラマルが俺を気づかってくれて、おやつ休憩になった。流石に、馬とドラゴン役の連続は体力的にも辛いものがあるな。馬役をやる度にミントを可愛がろうという気にさせられる。
「ふう……」
「ごめんね、セージ。いつもいつも無理させて」
ため息なんか吐いたものだから、ラマルに心配をかけてしまったらしい。また悲しそうな顔になっていた。
「何、これくらい訓練に比べたら全然平気だ」
「ルシアンがごっこ遊びばかりやるから、大変だよね?」
「大丈夫だって。気にしないで好きなだけ遊べ」
珍しく完全な二人きりだと気づいて、近寄るラマルの頭を撫でてやった。人の目があると、撫でるくらいでも気を使わないといけないからな。
「お待たせ、ラマルちゃん」
「おばさんがケーキ焼いてくれたって! セージにも特別に食わせてやるぞ」
それは真実の名を毒味役というのだが、俺はありがたくディグのお母様の作ったケーキを頂いた。
この家は裕福なので部屋も庭も広いし、お茶もケーキも美味しかった。きちんと帰りにお礼を言わないとな。
「ディグのお母様はお料理が上手なんだね。今度、楽園でできた果物を持ってくるね♪」
「ありがとう、ラマルちゃん。ルシアンなんていつも食べるしかしないのに」
「お前、言ったなー? 次は俺も土産持ってくるよ!」
わいわいといつまでも騒がしい子供達を見ていると、俺も年を食ったなぁとしみじみ思ってしまう。危険だな、目線が完全に父親だ──いやラマルと出会ってこっち、ずっとそうと言われたらそうなのだが。
「セージさんも、いつもありがとうございます」
「いや、俺も楽しいですから。ディグくんは偉いな」
「セージ、『は』って何だ?」
「一部不適切な発言があったことをお詫びします。正しくはディグくん『も』でした」
「よろしい! でもさ、やっぱり馬が居ると戦争ごっこは見栄えが違うよな! ディグと二人だとお姫様も居ないしさー」
ルシアン殿下も抜け出していたとは言っても、少しは安全に気を配っていたらしく、来る先はこの家だけで遊ぶ時も室内だけに限っていたそうだ。これで庭で遊ぶとなったら、護衛兵が全員駆り出されることになるだろうからな、助かる。
「そうそう、ルシアンとチェスをしても全然勝てないし、飽き気味だったよね」
十二歳にもなる殿下が今更ごっこ遊びに夢中になっているのは、こういう事情があってのことだった。楽園に来たがったのも同じ理由で、“精霊の神子”がいれば事故も起きないからと、やっと羽を伸ばして遊んでいるのだ。
そう聞くとラマルとルシアン殿下はお互いに良い遊び相手だろうと思う。大人達は、将来の結婚相手にもちょうど良いと思っているのだが。
「今度は~」
また新たな遊びを考えるルシアン殿下は、それをわかっているのかいないのか。今度は四人で秘宝を目指す大冒険になりそうだった。
「じゃあまたね! ルシアン、ラマルちゃん!」
「バイバーイ!」
「またなー!」
楽しかった──正式には辛かったとも言う──時間も終わり、帰り道。もう空は赤く変わり始めていて、今日もよく遊んだものだ。
「あっ、いっけね~。剣を置いてきちまった……お前、ちょっとディグの家に取りに行ってくれよ」
馬車を待つだけとなったにも関わらず、ルシアン殿下がいきなりそんなことを言い出した。やれやれ、またか。
「俺が行って来よう」
「だめだ、セージは足遅いだろ。俺を待たせるなよ」
忘れた癖にずいぶん偉そうじゃないか。ムカついたものの、その通りでもあるので同僚に頼んだ。『ちょっと殿下、あんた前から思ってたけど私のセージに随分な口聞くじゃない──? ん? 何か変な臭いがするわね──』ミントが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
また俺の為に怒ってくれてるんだな、と密かに喜んだ。言うと照れるのか、もっと不機嫌そうに返されるのだ。ルシアン殿下に罵られたくはないが、ミントが怒ってくれるのは嬉しかった。
「済まないがお願いする」
「気にするな。では少々お待ちください、すぐに取って参ります」
同僚は駆け足で今来た道を戻って行った。ラマルはルシアン殿下に耳打ちして、楽しそうに笑っている。きっと次の遊びでも思い付いたのだろう。




