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木洩れ日と日だまりのあいだに  作者: 結衣崎早月


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20/62

宮と大神殿のあいだ

 ダフネが行ってしまい、お腹も一杯になると、することがなくなってしまった。


「あの、侍女さん」

「はい、何かご用でしょうか?」

「この食べ物って、持って行っても平気? その……後で食べたいなって」

「もちろんです。ですが夜のお食事がございますので、あまり食べ過ぎないようにご注意ください」

「うん、それは平気」


 僕が食べる訳じゃないし。ていうか、何もこんなに用意しなくて良いのにね。もったいない。


「他には何かございますか?」

「ううん、なんにも。そうだ、侍女さんもお腹減ってない? 好きなのあったら食べて良いよ」

「あ、ありがとうございます。ですが私どもがマルセラ様の前で飲食することは大変な無礼ですので、謹んでご辞退させて頂きます」

「そうなんだ……僕は気にしないから、こっそり食べて良いよ?」

「はい……ありがとうございます」


 侍女さんは腰を折って笑顔で眉を下げて困っていた。むむ、もしかして僕が勧めるのは凄く迷惑なのかな?


「失礼します、マルセラ様」

「ダフネ様」


 侍女さんが下げていた頭を上げかけて固まった。やっぱり恐れられてるんだなぁ、ダフネさん。


「この者が何か?」

「ううん、僕が何か食べませんかって勧めていたんだけど」

「そういうことでございますか。マルセラ様はとてもお優しい方とお見受けします。今までは本来の地位を失われていた為にまだ知らないだけなのだと思うのですが、こういった食べ物の余りなどは使用人へ、最終的には家畜の餌になります。ですのでご配慮くださりありがたいのですが、マルセラ様の前から下がった後にその侍女も食べることになりましょう。そういう仕組みになって居るのですよ」

「ああ~、そっか。そうだよね! ごめんね、侍女さん。何度も言ったら断りにくいし迷惑だったよね? 許してね」


 そりゃそうだよね。今まではその家畜の餌を食べてたような物だから、気づかなかったよ。ちゃんと温かい物が食べられるなんて僕にはめったにない機会だったけど、これからは当たり前になるんだ。


「そんな、謝られないでくださいませ、恐縮です。お気持ちは身に余る光栄でございます」

「そなたは下がりなさい。マルセラ様、寝室とマルセラ様のお部屋をご用意しておりますので案内致します。こちらへどうぞ」

「ダフネさん、教えてくれてありがとう。僕、知らないことだらけで……さっきの侍女さんは怒らないであげて」

「もちろんでございます。マルセラ様は何も憂慮なさることはございませんよ。それと私のことはダフネと呼び捨てになさってくださいませ。他人とは思わず接して頂けましたら、望外の喜びですわ」

「う、うん。それじゃあ、ありがとう、ダフネ」


 うーん、ダフネの話し言葉が本でしか見ない言葉だから、聞き取るのが難しい……憂慮、は憂うだね。他人とは思わず……って、身内と思ってって意味で良いんだよね? 

 アード宮は外からは漆喰の白がきれいな建物だった。中も見事につるつるぴかぴかしている。きっと頑張って掃除したんだろうな……大変そう、なんて些細なことが気になった。


「こちらでございます」

「うわ……広っ!」

 案内された部屋の広さにまず驚いて、次に家具なんかの豪華さに驚いた。触ったら壊したりしちゃいそう……気を付けよ。

「お気に召して頂けましたでしょうか?」

「え、うん? 凄すぎて実感がないけど……わ、悪いとこはないよ……?」

「それはようございました。もし何か気に入らないものがありましたら、そのようにしつらえますので、何なりと仰ってくださいませ」


 し、設え……? つまり、一から作らせるってこと? よくわからないけど、やりすぎな気が……小説でもこんな待遇じゃなかったよ?


「あのダフネ? 僕のためにしてくれて嬉しいと思うんだけど、こんなに全てを整えるのは大変でしょう? 今日だけで大丈夫だからね。充分だから」

「まあ、これは私の我が儘なのですわ。マルセラ様にお仕えする身でありながら、長くご不自由にさせてしまったこと……それを少しでも贖いたいのです」

「じゃあ……ダフネの気が済んだら、ほどほどになる?」

「ええ、マルセラ様がこの宮の暮らしに慣れる頃には、きっとそうなりますわ。今しばらく私の償いと思って、お付き合いくださいますか?」

「そういうことなら良いよ、でも、僕は償いとか気にしてないからね? 今こうしてやってくれてるだけで、充分だよ?」

「ありがとうございます。肝に命じて、マルセラ様のお気持ちを忘れたり致しません」


 そこはかとなくかみ合ってないような気がするけど、ダフネは微笑んで了承してくれた。今はダフネを信じよう。


「わかってくれたなら、良いよ」

「それでは……本日のご予定ですが、使用人と護衛兵と顔合わせの後、大神殿にて以降のマルセラ様のお仕事についてご説明させて頂けます。よろしいでしょうか?」

「うん、わかった。夕ご飯はその後?」

「はい、今宵はお一人で召し上がって頂こうと思っております。就寝前まで何も予定はありませんが、お休み頂く前に翌日のご予定をお伝えするつもりです」

「そっか……じゃあご飯だけ、セージと一緒に食べたいんだけど大丈夫かな?」

「セージ……と言いますと、ガルハラ護衛兵のことでございますか?」

「うん、恩人でもあるし信頼している人だから、なるべく彼と過ごせるようにしたいんだ」

「畏まりました。以前からのお知り合いでも在られますし、こちらでもそのように配慮致します。その他にご質問等はございますか?」

「んん、何にもないよ」

「では次に、マルセラ様付きの侍女を紹介致します。他の者は入れ替わることもありますが、この者だけはマルセラ様の命がない限り、仕え続けることになります。入りなさい」


 ふと気が付いた時にはダフネの横に静かな人が立っていた。……いや、比喩的な意味もあるんだけど……穏やかな表情で俯きがちなその人は、身に纏う全てが静かだと思った。不思議な感覚だ。何となく、ティイガに似ている気がした。そういえば目の色が同じ黄色だ。


「お初にお目にかかります、マルセラ様。私はグリシィナ・ツェローと申します。ぜひシィナとお呼びください」

「はじめまして、シィナ。精霊の神子のマルセラです。ラマルって呼んでくれると嬉しいな」


 初対面で、しかも年上の人を呼び捨てにするのは違和感があって緊張したけど、それができないと困るのは呼ばれた相手だとキャピタルに教えてもらったから、意識して名前を呼んだ。


「よろしくお願いします、ラマル様」


 屈んで礼をするシィナの髪の色が光に合わせて移ろった。驚いて、触れて確かめてみたくなる。思わず手を出して、失礼だと思い直して引っ込めた。


「あ、よろしくねっ」

「……ラマル様さえよければ、どうぞお手に触れてください」

「うわ、わ……」


 やっぱり気づかれちゃったのか、シィナは前屈みのまま僕の手を取って自分の髪を触らせてくれた。すべすべしてる~、それに不思議な色……乳白色で、光に当てると虹のような煌めきを見せる。


「私の髪をお気に召して頂けましたか?」

「う~ん、僕はつまんない黒だから、スッゴく素敵! って思います。うっとりしちゃう色と手触り……」

「そんなにもお褒め頂き、身に余る光栄でございます」


 癖になりそうなさわり心地が名残惜しくていつまでも撫でていたら、目線を上げたシィナと目が合ってしまった。シィナはほんのわずかに眉を下げて微笑み、とても穏やかな人だと感じた。


「二人が親しくなれそうでようございました。シィナ、マルセラ様の身支度は任せます。用意が出来次第、玄関広間にお連れするように」

「畏まりました、ダフネ様」


 ダフネは丁寧に扉の前で礼をして下がった。今までこんなに何でもしてもらう機会がなかったせいか、少し居心地が悪い。……けれど予想に反してシィナは僕から話しかけないと何も言わないみたいで、甲斐甲斐しく構われた後だとありがたいとさえ思った。


「──ねえ、身支度って言っていたけどどうするの?」

「こちらに神子様専用の礼服をご用意してございます。最初に御髪を結わせて頂きますが、よろしいでしょうか?」

「うん、大丈夫。よろしくね」


 部屋の大きな化粧台には鏡が備え付けてあって、僕はちょっと大きすぎるクッション張りのスツールに座って、シィナの作業を見つめていた。


「ラマル様の御髪はお美しいですね。私のような者からすると、鮮やかで深い黒は羨ましい限りでございます」

「そう、かな?」


 手際良く髪を梳いて纏める。変化の乏しいだろう顔に浮かんだ笑顔と鈴虫の鳴くような声が相まって、なんだか僕はとても照れてしまった。単なるお世辞かもしれないけど、それでも良いと思えるくらい素直に嬉しかった。

 初めて髪を結い上げてもらった僕は、もっと照れながら礼服を着付けられた。サイズがぴったりなのは、プレッラの砦で測ったからだろう。このためだったんだ、と今更納得できた。


「お似合いです」

「ねえ、これは……ひらひらしすぎじゃない? それに、痣が」

「神子様の礼服は代々そういうものであると伺っております。正式な場では全て似たようなお召し物を着て頂きます」


 シィナの言いたいことはわかる。言ったところで変えようがないんだろう。でも……鏡の中の貧相な体付きの少女は少年と見紛うばかりか、刺繍に彩られた服に着られていて、しかも何故か胸元に穴が空いたデザインで、余計に貧弱さが際立っていた。


「似合ってないというか、ガリガリなのが分かって惨めだよ」

「ラマル様が沢山お食事をお召し上がりになれば、すぐに女性らしい体に成長致しますわ」

「なら良いけどさ……」


 成長しないと思うんだよね、栄養失調のせいで。


「それでは参りましょう。私の後からついていらしてください」


 通りすぎる窓から見えた空は、未だ青空だった。今日は長くなりそうな一日だと思った。

 広間で使用人の皆さんと挨拶をして、護衛兵の人達ともお願いしますって礼をした。みんなが僕を真っ直ぐに見つめてくる。僕は似合わない服と肌の露出を見られていると思うと恥ずかしくて、全然しゃべれなかった。

 護衛兵の並びの一番前にはちゃんとセージが居てくれて、笑いかけたらちょっと頭を下げて返してくれた。


「マルセラ様、侍女らの使用人達は季節ごとに皆入れ替えておりますので、名前を覚えられる必要はございません。時間もないことですし、大神殿に参りましょう」

「はい、わかりました」


 道すがら、どうして使用人達を季節ごとに入れ替えるのかって質問したら、神子様の側近を騙って悪さをした人が昔居たから、予防策の為なんだって。名前だけでそこまで利用できるのも凄い話だなぁ。


「この場所より内部は許可の無い者の侵入は厳しく罰せられる場所にございます。マルセラ様の出入りは自由ですが、内部に人を招き入れないようにご注意ください」

「わかりました」


 神殿はアード宮を出て更に林の中を進んで五分くらいの場所にあった。装飾は少し教会に似ているけど、厳かさと造りが違っていて、近寄り難い雰囲気だ。


「私はこれより先には入れませんので、シィナと大神官様の言うことを良くお聞きになってくださいませ」

「シィナは入れるの?」

「神様にお許し頂けるのであれば、誰であれ入れます」


 シィナに訊いたんだけど、ダフネがすぐに答えてくれた。……今は良いけど、もし僕が罪を犯したらどうなるのかな? 神子が入れなくなったら大変だよね? それに、ダフネが入れない理由も気になった。神に拒絶されるような人だとは思えないのに。


「神子様は生涯神子様です。何も気になさらず自由においでください」

「そう? ありがと、シィナ」


 僕の考えはシィナには筒抜けだったみたいで、囁きで教えてくれた。わかりやすい顔してたんだろうな。


「ようこそおいでくださいました。マルセラ様」


 奥に進むと儀式を行う翠の間という場所に案内される。そこは香油の良い匂いが立ち込めていた。


「はじめまして、マルセラ・ティファトと申します」

「そんなに緊張なさらないでください。神子様とこうしてお会い出来て、とても嬉しく思います」


 紹介の後、神官の人達から神子の仕事である、歌と舞の奉納について詳しく聞かされる。


「それでは始めに必ず行う清めの儀式を行って頂きます」

「今からですか?!」


 失敗したらどうしようと戸惑う僕に、大神官様は優しくおっしゃった。


「この儀式には間違いや失敗というものはありません。練習だと思ってください」


 『でも無理だよ~!』とは言えず……祭壇の間という一番奥の間に案内された。シィナは終わるまで入り口の外で待ってることになった。


「三度礼をして、神への敬意等の気持ちを表します。そして祭壇の上にある《聖杯》に手を浸してください」

「そうしたらどうなりますか?」

「《器》に満ちている《聖水》により心身共に清められます。醜い心の持ち主が触れると黒く濁るという話もありますが、神子様には関係のない話ですね」


 醜い心……自分の心がきれいな自信がなくて、黒くなったらどうしようと思う。


「黒くなったら、神子失格とか……」


 淡い期待を抱いて訊ねる。失格になったら自由の身でプレッラの町に帰っても良いって言われないかな──なんて。


「いいえ! 脅すような失言をお許しください。前例はありませんが、濁ったとて神子様は神子様です。きっとそれも清められた証に違いありません。何もご心配されるようなことにはなりませんから、ご安心ください」

「そうですか──」


 がっかり。


「手を浸された後は、《聖水》を掬い上げて祈るのです。決まってはいませんが、今日は初めてですので『神のお授けくださる《奇跡》に、神の心に感謝を──』という基本的なお祈りにしましょう」

「それで終わりですか?」

「ええ、簡単なものですからご安心ください。神は常にわたくし達を見守られています」


 『神は常に──』その言葉はシスターからも聞いたことがある教えの一つだ。お祈りも子供が最初に覚えさせられる物で、大神官様は僕が自信を失くさないように気を使ってくれてるのだとわかった。清めの儀式は確かに簡単で、何も間違えないでやり終えられた。幸い、透明な《聖水》が黒くなるとか濁ることはなかった。

 明日からはひたすら作法と儀式の修行をする毎日とか。その毎日に欠かせないのが今の儀式で、何も僕のために簡単にしたというわけではなかったらしい。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました。あの《聖水》はですね、実は殆どが神子様の心で満ちていると言われています。詳しくは言えないのですが、私には神子様がどんなお人柄なのかわかってしまうのですよ」

「そうなんですか?! じゃあ信徒さん達が祈るのは効果がないんですか?」

「ふふ、それも違います。ただあの《聖杯》は神子様を体現している道具なのです。マルセラ様が行方知れずでおられた時も、生きていると教えてくれたのは《聖杯》でした」


 つまり……神子だからって悪いことしたり死んだふりしても《聖杯》があれば隠しても無駄なんだ! 大事なことだから覚えておこう。人権ないね神子様って。今更欲しくもないけど。

 どうでも良いことかもしれないけど、フードを取った大神官様は女の人にもめったに居ないような美人さんだった。人間の姿のティイガは男か女かわからない美人だけど、大神官様の美しさは性別なんてどうでも良くなるタイプ……と書けば伝わるかな?

 寝る前にシィナに『代々受け継がれている習慣ですので、なるべく欠かさずに書いてください』と言われた日記に、そんな風に書いた。

 それから、シスターにもらったお手紙を読んだ……『これは母から頂いたロザリオです。ラマルが祈ってくだされば母も喜ぶと思います、偶にで良いので近況を書いて返信して頂けたら、私ももっと喜びます』そう書いてあった。お母さんの形見なのに──けれど手紙に入っているのは初めからロザリオに違いないと思っていたから、ひたすらシスターに感謝した。日記を書くのとお祈りは眠る前の習慣にすることに決めた。




 ラマルが神殿に向かってすぐ、集められたアード宮の使用人と護衛兵で顔合わせが行われた。

「今回が初めてでまだわかることは少ないが、マルセラ様は貴族社会とは無縁だったそうだ」

「そうなると、礼儀作法が身に付くまでの来客では私達が気を付けた方が良いでしょうね」

「……これって、なんの意味があるんだ?」


 隣りに立つ挨拶だけした今日からの同僚──ジークフリードというらしい──に訊ねる。話し合いのようだが、何をしてるのかさっぱりだった。


「ここは侍女達が季節ごとに入れ替わるから、摩擦を減らす為に話し合いをする決まりなんだよ」

「なるほど」


 季節ごとの恒例行事で、主に護衛兵から侍女達へ時の“精霊の神子”に仕える上で気を付けなければならないこと等を伝えるものだそうだ。初めにこの会がないと侍女達は主人の性格が掴めなかったり、奇行に悩まされたりと過去に色々あって決まったらしい。


「わかってるとは思うけど、ダフネ様やマルセラ様にこの会のことは言うなよ」

「わかった、ありがとう」


 話し合いは順調に進んでいく。話しをリードしているのは護衛兵隊の隊長で、見る限り立派な人物だと思った。


「何か他に……マルセラ様のことを知っている人は? 確か護衛兵にお知り合いが居なかった?」


 俺のことが話題に上り、挨拶とラマルの知り合いということを話した。


「王都で暮らすのは初めてだから、慣れないこともあるかと思うが、よろしく」

「へえ……貴方がね」


 侍女頭の、ラウネという女性がこっちを見て意味深に微笑んだ。心なしか俺を長く見ていた気がして……嫌な予感がする。妖艶としか言いようのないラウネの美貌は、俺の散々な過去を思い出させるのに充分な威力だった。鳥肌が立ったが何でもないふりをする。少しくらい挙動不審でも、美女以外の人なら緊張の為だと思ってくれるはずだ。


「マルセラ様について、何でも良いから教えて欲しい。主に苦手な物や嫌いな人物の傾向とかだな」

「苦手な物と言えば、馬車が苦手です。音だけでも怯えるほどで、まったく乗ることが出来ません」

「馬車か。それだと出張は無理かもしれないな──」


 隊長がこれからの護衛の時にラマルに負担をかけないような配置にすると伝え、俺は確かに有意義だと実感した。次には梯子から落ちたことがあり足元が不安定な場所も苦手と伝え、俺が知る情報はそれで終わりだと言って頭を下げた。


「そうか。やっぱり知り合いがいると違うな。これからマルセラ様をお守りする同志だ、よろしくな」

「もちろんです。護衛の一人として職務を果たします」


 隊長はまた侍女頭のラウネに話を振った。二人は仕事上の付き合いが長いのか、会話に遠慮がない。冗談も出てくるほどだ──と観察していたら、ラウネと目が合った。ヤバい、と気付いて軽く頭を下げて視線を逸らした。


「おい、ラウネ様、お前に気があるんじゃないか?」


 ジークが肘で腕をつついて来た。顔にはニヤニヤ笑いを貼り付けてる。


「そんな訳ないだろ、多分言いなりになりそうだとか利用できるかとか……そんな値踏みだろ」

「夢がねぇなー、ちょっとは期待してみろよ」

「そうは言っても期待より先に、身を守らないといけないだろ?」

「え?」

「いやな。プレッラ、住んでた町で兵士として雇われてすぐのある日のこと――仕事で見回り中だった俺は、前を行く女性が落としたハンカチを当然と思い拾って、女性に声をかけたんだ」


『失礼。これ、落としましたよ』

『……貴方、どうして私のハンカチを持ってるの?!』


「振り向いた女性は、笑っていれば美しいだろう顔を般若のように眉を立てて、恐ろしい形相をしていた」


『いえ、たった今落とされた物ですので、お返しします』


「俺は何を否定したのかわからないが、誤解されないようにはっきりと落とし物を拾った、と告げた」


『返す?! 貴方が盗んだんでしょう?! 何を白々しいことを! 来なさい、憲兵に突き出してやるわっ』


「その後、誤解は解けて俺はただ落とし物を拾っただけだと理解してもらえたが、その女性は謝罪の気持ちなど一切持っていなかった」


『ですから、私は目の前で貴方がハンカチを落とすところも、それを拾ったこの人の姿も見ていました』

『……そうなの? 全く、紛らわしいことしないで欲しいわ。でもまぁ私のハンカチに触れたんだから良いわよね? もうそんな物使えないから、捨てて置いて』


「彼女は俺を睨んで去って行った。俺の親切心はズタズタになり、捨てられたハンカチよりも無惨に置き去りにされた。その女性は確かに奇麗な人ではあった。性格はともかく、ラウネ様にも似ている妖艶なタイプの顔立ちだった。そして俺は整っていない顔だ。……それだけで存在が犯罪者扱いされた俺は、妖艶な美女がだめになった」

「まず、美女が現れると防衛本能が働く。その美女に敵意はないか、嫌悪されていないか、利用価値があるかないかで言えばどっちで見られたか──あらゆることを想定して内心で身構える。隙を一瞬でも見せたら食われる、違った、相手に良いようにされるからな──まあ、美女にまつわる災難はその落とし物事件だけではないが、とにかく俺がラウネ様に対して警戒心しか持てない理由は分かってもらえたか?」

「そ、そうか。大変だったんだな」


 十五分程度の話し合いは、ダフネ様が宮に戻って来るということでお開きになった。美女に関する不幸話をすると大抵の男は同情してくれる。ジークもまた俺に『親切にしてやろう』と言う気になったらしく、すぐに仲良くなれた。

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