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木洩れ日と日だまりのあいだに  作者: 結衣崎早月


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18/62

町と王都のあいだ

 またセージに好きって言っちゃった。よくわからないけど、恋愛ってただ好きって言うだけじゃだめなんだよね? このままじゃ、セージに好きになってもらうなんて……無理かもしれない。

 恋愛小説は読んでみたけど、あれっていまいち参考にならないし……偶然に任せてみたり、事件に巻き込まれてみたり、元は嫌いだったはずなのにとか……神子のこと書いてた小説だって、やっぱり娯楽重視だからハプニングが起きるんだよね。

 セージと仲良くはなりたいけど、実際にあんなドタバタはあって欲しくないよなぁ。でも僕の就く立場で何も起きない──なんてのも高望みだよね。せめて、結果的にセージと仲良くなれたら良いんだけど。

 どうすれば良いのかな……? こういう時に誰か相談できる人でも居れば良いのにな……お母さん、みたいな。

 レムさんはお母さんみたいで大好きだけど、これからはめったに会えないから相談もできなくなるし……シスター? はどうなんだろ。手紙にそんなこと書いて良いのかな?

 向こうに行ったら、きっと忙しくなるんだろうなぁ……セージと会えなくなったら嫌だな。……なんかさっきから、楽しくないことばっかり考えてるな、僕。

 頭を切り替えよう。今考えなくちゃいけないのは向こうでの生活と仕事について──僕の神子としての権力は、思われているより小さいものらしい。建て前では思いやりに溢れる神子と、そんな神子を盛り立てる国や騎士……みたいにきれいごとになってるけど。

 自分にできる範囲で調べたところによると、本音では都合の良いお飾りにしてしまいたい──といった印象を受けた。もちろん神子が都合良くお飾りになる訳ないんだけど、しがらみや権力、圧力である程度はそうなって行くらしい。

 だから僕はなるべく自分の身を守れるようにしないと、僕の意思に関係なく物事が運ばれる危険性が高いんだよね。よし、まずはこの騎士さんに色々と王都のことを訊いて、情報収集しよう。


「アシュトンさん、僕王都のことは何も知らないから不安で……眠れるまで、お話聞かせてもらっても良いですか?」

「もちろんですよ。特に何が知りたいですか?」


 僕は王都の建物や食べ物、風習、偉い人なんかを次々に質問していった。アシュトンさんも流石で、淀みなく全部の質問に答えてくれる。


「じゃあ……僕が見付かってからは、どんな風になってますか?」


 聞いた話をできるだけ覚えて、最後に神子発見の影響力の大きさを計った。


「王都だけでなく、国中の人々が喜んでおります。マルセラ様は行く先々で歓迎されることでしょう」


 僕の一挙手一投足に注目が集まっている、らしい。予想通りではあるけど僕は本能的恐怖を感じた。いつ、期待が悪意に変わりぶつけられるかわからない──それが怖かった。


「そうなんだ。でも、旅の間は精霊せいれい神子みこが居るってバレないようにしてくれますよね……?」

「当然です。安全第一で参りますので、どうか安心なさってください」

「ありがとう。……もう眠くなってきちゃった。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」


 安心してとは言われたけど、こういう情報は必ずどこかで漏れてしまうものだから、ただでたどり着けるとは思わない方が良い。ティイガが護衛してくれるそうだから大丈夫だとは思うけど、僕もセージを守るために警戒しないとね。

 僕は……大丈夫なのかな? 漠然とした不安が広がって、気分は曇り空のままだった……。



 翌朝、何もかもお膳立てされた状態で起こされた俺は、本当に後はただ食べて出発すれば良いだけと知って驚いた。


「ミントの世話も朝食も……ですか?」

「はい。ガルハラさんに失礼かとは思ったんですが、時間が惜しいと思いまして。ミントちゃんは良い子ですね」

「は、はあ」


 女性騎士が立つ台所からは良い匂いがして――顔を洗った俺は、ありがたくラマルと一緒にその朝食を頂いた。


「僕も少し手伝ったんだよ、ね?」

「はい。とっても手際が良くて、ご立派ですわ」

「うん……美味い。貴族の方なのに、ご自分で作られるんですね?」

「そうだ。私ったら、昨日は名前も名乗らずに失礼致しました。私のことはアシュトンとお呼びください。カミュイン・アシュトンと申します」

「ああ、アシュトン家と言えば……」


 国内有数の武家の一族だ。子供は皆、必ず武器を習い大抵が騎士などの肉体派の仕事に就くとか。


「お恥ずかしい話ですが、父や祖父のせいで私もすっかり騎士に憧れてしまって。ガルハラさんまで知ってらっしゃるなんて、やっぱり恥ずかしいです」

「それはまぁ……」


 愛想笑いをして、そりゃあそうだろうと思った。伝わっているおとぎ話のような数々の武勇伝は子供の寝物語の定番になっている。


「しかも騎士になったのは良いもののお嫁にき遅れてしまいそうで、修行中なんです。そしたら、マルセラ様を迎えに行くのに丁度良いだろうって言われてしまって。これじゃ、いつになれば花嫁になれるのかわかりませんね」

「はは、アシュトンさんならすぐにお相手が見つかりますよ。料理も上手いし奇麗ですし」


 その時、ラマルと目があった。気まずい……しかも、ラマルの顔が引きつっているような気がする……。どうしたんだろう? 旅行を前に体調を崩していなければ良いんだが。


「いやだ、こんなお話。ガルハラさんやマルセラ様にお聞かせするお話じゃなかったですね。洗い物も終わりましたから、最後に荷物を点検して来ます」


 ついて行こうかと思ったが、準備をしていない自分が今更点検だけしても意味がないような……自分の荷物だけでも見て来ようかと立ち上がった瞬間、ラマルが絞り出すように呟いた。


「アシュトンさんは確かにきれいな人だよね……」

「まあ、な。俺には合わなそうだが」

「え?! じゃ、じゃあセージの好きな女性ってどんな人なの? あんなきれいな人捕まえて合わなそうなんて、ちょっと失礼じゃない?」

「そう言われるとな~何となく、ああいう高貴な顔立ちには気後れするんだよ。好みって言うと……あまり美人過ぎなければ、こだわりはないな」

「何それ、変なの。普通きれいな人の方が良いんじゃないの?」

「普通じゃないんだよ、俺は。この顔でああいう別嬪さんに近づいて禄なことがなかったからな……俺のことはもう良い! 早く用意するぞ?」

「はーい。でも僕はセージのこと、ほっとかないよ?」


 ラマルはウインクすると言うだけ言って逃げた。なんでこっちの反応を見もしないんだと思ったが、ラマルを好きだと……思ってるなんて本人にバレたらまずいから、良いことにした。


「……好きにしろ」

 放って置いてくれないお前が好きだ。あんな、生ぬるい言葉で遠ざけた俺をまだ好きで居てくれる。だのに俺には覚悟も勇気もない……あるのは躊躇ためらいと出したくて出せない手だけだ。


 『でも君はいずれその手にラマルを抱く、なのに悪戯に傷を増やすのかい?』もしそんな時が来るのなら……今手を伸ばしても一緒なのではないか? 想像の甘さに震えが走る。そして打ち消した。過去が更に酷い現実になって襲って来るだろう。

 怯えに近い気持ちに強迫されるように……理不尽に遠ざけられて何も出来なくなるよりは、今の距離が良いんだと自分に言い聞かせる。聞いてくれ、お願いだから。


「ガルハラさん、こちらの準備は完了しました。いつでも出発出来ますよ」

「はい。こっちも大丈夫です」


 止めよう。これは考えても不毛な繰り返しになる。傷が増えるばかりで、良いことは何もない……。それでも考えてしまうから、未練がましいんだよな。

 手荷物を確認して外に出ると、既に二人の男性騎士とラマルが待っていた。俺が最後だったのか。


「おはようございます。すみません、遅くなりました。準備は出来てます」

「おはようございます、ガルハラさん。わかりました、では出発出来るようですので馬車にお乗りくださいませ。どうぞマルセラ様」


 騎士は馬車の扉を開けてラマルに手を差し出した。俺はミントに挨拶してから乗った。


「おはよう」


 『おはよ、今日も相変わらずの顔ね。安心するわ』ミントは今日も良い調子らしい。昨日ティイガに話しかけられて怯えてが居たから心配したが、何も問題なくて良かった。


「……どうされました? ただ、ステップを上って中に座ってくださればよろしいのですよ?」

「う、うん……」


 ラマルは青ざめて、馬車をまともに見れずに俯いてしまった。けれど差し出された手の上に手を乗せる。乗る意思はあるらしい。


「さぁ……、?!」

「い、やアっ!!」


 ラマルが騎士の手を振り払って、こちらに駆け寄って来た。どうしたっていうんだ? 『ラマル、どうしたのっ?』


「おい、ラマル。大丈夫か? 何があった?」


 この嫌がり方は尋常じゃない。それに嫌なら嫌だと言えば良いのに、一度乗ろうとしているから余計に不可解だ。


「セ、セェジぃ……僕、だめ。怖い……の、乗れないよ」

「乗れない? そんなに怖い、のか?」


 ラマルは涙ぐんで首を縦に振った。これは無理だとすぐに悟った。


「わかん、ないけど、近づきたくない……やだ」

「わかった。ちょっと待て」


 馬上から降りて、戸惑っている騎士達の話に入る。


「どうしたんだ? あんなに怖がるなんて……」

「ガルハラさん! マルセラ様は何か?」

「それが、ラマルは馬車に乗れないそうです。あの様子では無理に乗せるとパニックになるかもしれません。別の移動手段にするしかないでしょう」

「そんな……理由は? いえ、絶対に乗らなければいけない訳ではないのですが、あれほどとは……」


 何が原因かわかれば、ラマルを怖がらせたりしなくて済むし、馬車にも乗ってもらえるかもしれない……。でも、この場合は無理だと確信があった。


「ラマルは理由がわからないと言っていますが……妹が、同じようにカラスを異常に怖がります。目に入っただけで動けなくなるほどですし、目の前に飛んで来た時には気絶したこともあります」

「治らないし、原因もわからないと?」

「医者ではないので治るかはわかりません……少なくとも、今すぐに馬車に乗れないことは確かです」


 ラマルを見るとミントと何か話している。慰めてもらっているんだろう。ミントは癒やしの天才だからな。


「……そうですか。では仕方ありませんね。マルセラ様のご負担は大きくなりますが、誰かの馬の上に乗って頂くことにしましょう」

「そうなるだろう。マルセラ様にお話を」

「あ、ラマルは……すみません。マルセラ様は馬車に近づくのも怖いらしいので、なるべく離れた場所で……」

「わかりました」


 男性騎士二人の目線がアシュトンさんで止まった。言って来て欲しいのだろう、わかりやすい。アシュトンさんは一つ頷くと、ラマルの元へ歩いて行った。


「昨日は大変なご無礼を、失礼しました」


 騎士の一人が頭を下げた。あれくらい、失礼でもなんでもないと思う。もっと失礼な人は山ほど居たからな……うん。


「私も、アシュトンに言われて気づきました。紹介もせずにいたとは……失礼しました。私はランドーニ、こちらはキャピタルです」

「セージ・ガルハラと言います。セージと気軽に呼んでください。王都までの間よろしくお願いします」


 笑顔で出された手を握り返す。一応の信頼はしてもらえたようだ。同僚にも居るが、たまに俺を目の敵にし続ける人も中には居るからなぁ、少しの間とはいえ寝食を共にする人との信頼関係は大切だ。


「では、セージ。我々もマルセラ様をお守りする同志だから、貴族とは思わず気安く接してください」

「俺もだ。セージは今や、マルセラ様を二度も救った英雄だからな」

「二度?」


 ラマルを誘拐犯からは助けたが、他に何かあったか? 疑問に思っていると、キャピタル──堅い口調で角刈りの方だ、が教えてくれた。


「マルセラ様とそもそも出会ったのは、足を挫いたところを助けた時なんでしょう? 有名な話だ」

「そんなことまで伝わってるのか? 参ったな……」

「ディフィスト少尉が居るだろ? 調書が上にも上がって来てさ。児童虐待容疑だったか、あれの中に書いてあって」

「ああ、なるほど」


 調書を見た人間は少なくても、一人が言いふらせばあっという間に広がるものだからな。しかし、虐待容疑ということまで伝わっているのは嬉しくない。


「ランドーニ、あまり口が軽いとセージに迷惑をかけます。調書の名目は不名誉なものなんですから、そこは伏せなさい。あなたは良いかもしれませんが……」

「そうだよな! 悪い、つい見たって教えたくなっただけだ。言わないようにするよ」

「なら良いのですが、お酒と女で更に軽くなる口ですからね……先に謝って置きます。すみません、ご迷惑をおかけします」

「ひっで~! そこまで言うかよぉ」

「大丈夫ですよ、慣れてますから。気にしないでください」


 一瞬でフレンドリーになったランドーニだが、この二人で貴族位が高いのはこのランドーニの方なのだというから、世の中わからない。


「セージは優しい方ですね」

「お前とは大違いだ、ったー!」


 すかさず、キャピタルはランドーニに肘で牽制の一撃を加えた。脇の継ぎ目を狙っているので布鎧越しでも痛そうだった。


「はははっ」


 長い雑談が終わって、アシュトンさんがこちらに戻って来た。何を話していたのだろう?


「どうでしたか、アシュトン」

「はい。馬に乗ることは同意して頂けたのですが、どうしても……ガルハラさんの馬が良いと言われまして」

「何が問題なんだ? どうせ護衛の俺達は手が空いてた方が良いだろう?」

「ですが、ガルハラさんだけにお任せする訳には行きません。一週間ですよ? 途中で交代しますと言ったのですが、納得して頂けなくて」


 おかしい。ラマルがそんなに聞き分けが良くなかったことは一度もない。いつも、聞き分けが良過ぎて心配なくらいだったのに。


「少しラマルと話して来ます。や、マルセラ様と! はは……」


 どうも、マルセラ様と呼ぶのに慣れないな。まだ違和感のない神子様で統一するか? 他の人達の前でラマルと呼び続ける訳にはいかないよなぁ。


「そうは言うけど、でも……」


 『あんまり困らせないで。気持ちはわかるけど、ずっと私を使おうなんて勘弁して頂戴。休み休み行くもんなのよ』ラマルはまだミントと話している。


「おい、ラマル」

「セージ」


 なんだ、このしょぼくれたラマルは。悪いことをした後の子供そっくりで、むしろこちらが罪悪感を感じてしまう。『セージ、私の為にも説得するのよ』


「あ~、馬車が怖いんだよな?」

「うん」

「じゃあ、どうしてミントを交代したくないんだ?」

「だって……走るんでしょう? 前か横か後ろを……もし、ミントやセージに何かあったらどうするの?!」

「もしって……」


 ラマルは必死だ。俺にはわからないが、訳のわからない恐怖と対峙させられて、それでも俺やミントを心配してしまうのはよほどのことだ。自分が一番怖いのに、全く。『──ラマル。し、心配されたからって、うう、嬉しいわよ、ほんのちょびっとだけ!』


「……ごめんなさい、本当は、最初からわかってたのに、でも、怖くて……言えなかったんだ」

「わかってた? 馬車に乗れないってことか?」

「うん……昨日には、乗るってわかってたけど……言わなくちゃって思ったんだけど」

「それは良い。今はどの馬に乗るかってことだろ?」

「ミントが、途中で交代するのは当然だって言ってた」

「ああ、みんな疲れるからな。ミントも俺も休ませてもらわないと」

「……わかってるよ」


 つまり、わかっていても嫌なんだ。だがここで納得してもらえなかったら、俺は腿の皮が剥けるぐらいだからともかく、ミントが死んでしまう。旅の荷物と同時に二人を乗せるのも負担になるのに、ずっとだなんてどう考えても無理だ。『頑張るのよセージ』


「もし、お前の言う通りにして旅をしようと思ったら、ミントのことを考えて二週間以上かかってしまうかもしれないんだぞ?」

「僕はそれでも良い」


 悲しそうな表情を見るに、ラマルも我が儘だとわかっているんだろう。


「そうしたら、ずっと馬車が側にある生活だぞ?」


 ラマルは更に悲しそうな顔をした。そんな顔をされても、妥協してもらうしかないんだが……。


「わ、かった。交代とかは、みんなに任せるよ。ミントもセージも、辛い思いするの嫌だから」

「ありがとな」


 最後にはわかってくれたが、それでもラマルは震えて馬車を見ないようにしていた。『それだけ馬車が……ラマルの天敵なのね。可哀想に──』


「馬車は怖くない、馬車は怖くない……」


 ブツブツと呟いているが、何を言っても怖いものは怖いだろう。しかしそのいじらしい努力は不謹慎にも可愛いと思ってしまう。


「それでは行きましょう。予定より遅れていますので、少し駆け足で行きたいと思います」

「はい」


 ラマルはクッションと安全帯を付けた状態で俺の前に乗っかった。地面ばかり見つめて、馬車のことを忘れようとしているらしい。『大丈夫かしら──体調が悪くなったら私にすぐ言いなさいね?』


「ラマル」

「……何か言った?」

「ああ、せっかくだから歌でも歌うか?」

「……良い」

「気が紛れるかもしれないぞ?」

「後でにする」

「そうか」


 会話終了。ま、しゃべりっぱなしと言う訳にもいかないからな。せめてラマルが怖くなくなれば良いと思ったんだが。


「それでは、次はこちらにお乗りください。今日は予定通り、日暮れまで走って宿を目指しますが……」

「マルセラ様、大丈夫ですか?」

「うん、体はなんともないから心配しないで」


 気丈に笑うラマルは、馬車が時折石を挟んでガタッと言うのに合わせて飛び上がるくらいなので、護衛の三人は始終心配していた。

 俺は可哀想でならなかった。今すぐその恐怖を取ってやって、『もう大丈夫だぞ』と言えたら……なんて妄想をしてしまうほどに。

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