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木洩れ日と日だまりのあいだに  作者: 結衣崎早月


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過去と森のあいだに3

 ただ立って話す姿に違和感を覚える。ここに居てはならない──居るはずのない存在のような。


「あれは──十五年前の今くらいの時期だった。ラマルが“精霊せいれい神子みこ”なのは産まれてすぐにわかったから、体力が付くまでは生家で育てられて居た。ラマルがある程度成長して、これでやっと王都の宮に移り住むことが出来る──ということで、家族で王都を目指して旅を始めたんだよ。ちなみに言うと貴族だったらしいね。家紋入りのとても立派な馬車だった」


 感情を徹底的に排除した、とでもいうのだろうか? それは俺には冷たく感じられた。


「そこでね……何があったのか詳しくはわからないんだけど、その立派な馬車が崖から転落した」

「な!! ん???」


 馬車が崖から転落して……赤ん坊のラマルが……何故、生きているんだ?


「そう、普通なら助からないよね。でもラマルは“精霊の神子”の力で……いや、愛されて居たからと言った方が良いか」


 その様子を思い浮かべているティイガは、表情の仮面を被ることを止めたのか無表情だった。


「ドアが全開で、潰されていた母親の様子を見るとラマルを外に投げようとしたんだろう。とにかく奇跡的にラマルは生きていた……僕は守護者だから、神子の居場所は常にわかるんだ。移動していたのに突然動かなくなったラマルを見に行けば、茂みに引っかかっているラマルと事故の惨状に出会った」

「ここで、僕は考えた。守護者としてラマルを助けるのは当然として、その後はどうする? 宮では僕の存在は知られているから、虎の姿のままでも連れて行くことは出来る。しかしラマルを待っているのは──親を失った悲しみと、そんな神子を懐柔して取り入ろうとするけだもの達。神子の都合はお構いなしに縋り付きに来る民衆……そも、ミズリーアの悲劇だって親と引き離されたことから始まっている」


 ティイガは呼吸をして居ないらしく、信じられない長台詞を息継ぎせずに言ってから止めた。知らなければ奇麗な人だと思うだけだが、人間でないと知っていると確かに感覚や言動が人間とはずれていると思う。


「結論──ラマルを隠して、自分の手で育てよう。僕は決めてからすぐに行動に移した。幸い動物とは理解し合えるから、様々な母親から乳をもらって回った。ラマルが言葉を覚えられるようになのか、まだ赤ん坊の内から虎の姿のまましゃべれるようにもなった」

「でも僕は人間じゃない。ラマルに人間の中で生きることや関わりは捨てないで欲しかったから、僕はラマルが物心付くようになってからずっと村や町で働くことを教えた。死んでしまうかもしれなくても、神子だとばれる危険があっても、動物ではなくラマルという人間として生きて欲しかった」

「それで、今に至る……のか?」

「そう。だけど……長くなるし、何があったのかは省こう。苦労したのは確かだ、赤ん坊の世話なんてまるで知らなかったし、僕は火が使えないし……冬の間は満足に食べ物を用意出来ないこともあった」


 やはりというか……恐らくこれが、ラマルの体が異様に小さい理由だ。孤児に多いのだが、体を作る時期に満足な物がないといくらその後に食べても体が小さいままになってしまうらしい。ラマルが自分の体が育たない理由を調べて、そう本に書いてあったと教えてくれた。

 体を作るのが動物の肉だが、ラマルは食べたことがないと言っていた。きっと誤って食中毒にならないように、ティイガが厳しく教育したんだろう。ごみや屋台の安物では腐っている危険が大き過ぎるからな。


「──という訳。正直に言って僕は人間について勉強不足だったから、育てようとしたのは軽率な判断だった……けれど、ラマルを育てたことに間違いはなかった。ラマルがそれを証明してくれる」


 理解は出来た。けれどそれだけでラマルの生きて来た人生をわかったようなつもりになってはいけないとも思った。


「お前の言いたいことはわかったよ。確かに……今更俺が口を挟んでどうこうなるものじゃないな」

「そういうこと。伝えたいことは伝わったみたいだから、僕はこれで。また会えるかもね」

「は? おい、どこに行く……」

「そろそろラマルを連れて来るよ。あ、僕はラマルのそばに大抵居るから、用があるなら動物かラマルにでも言うんだね」


 そんなことが訊きたいのではないが──ティイガは行ってしまった。何故か町への道じゃなく真裏のレムさんの家に向かって。


「失礼……セージ・ガルハラ氏で間違いないでしょうか?」


 ティイガを見送ったと思ったら、すれ違うように三人の男女が現れた。彼らは神妙な顔付きでこちらを窺っている。こんな顔をされるのは慣れっこだ。不審者だと決め付けられたことも一度や二度ではない。


「はい、そうです。今、ラマル……“精霊の神子”が来ると思います」

「セージ!」

「やっと来たか──」


 ラマルは何故か可愛らしいワンピーススカートを着ていた。いくら春が近いと言っても、近いだけなのだが……! 思いっきり冬なんだが……?!


「マルセラ様ですね?!」

「へ?」


 その場に居た全員がぽかんとして居た。時間にして二秒くらいだろう。そして、正気になった俺は王都からの使者と思わしき三人に訊ねた。


「マルセラ、というのは……ラマルのことでしょうか?」

「え、あ、はい。私どもは神子様のお名前はマルセラ様と伺っております。その、こちらが……“精霊の神子”である、マルセラ様ですよね?」


 白いワンピースを着たラマルを手で示して確認を取る男。


「そうです、でもマルセラって誰?」


 自分で答えたラマルが、俺の疑問を口に出していた。マルセラ……ラマル。愛称と言われれば納得出来るが、それなら何故ティイガはラマルに本名を教えなかったんだ? というか本人には教えておけよ、偶然ラマルと付けた訳じゃないんだろうに!


「えー、では。神子様は今までご自身のお名前をご存知なかった、ということでしょうか?」

「……そういうことになるんでしょうね」


 苦笑いのラマルに悪意はないが、とぼけた口調になってしまっているのはよろしくない。すぐにラマルに注意を促す。


「ラマル、とにかくそうなって居るんだから、慣れないとは思うがマルセラと呼ばれたら返事をするんだぞ?」

「あ、うん。そうだよね、わかった。……ようこそ、王都からはるばるおいでくださりありがとうございます。僕が今代の精霊の神子、ラマル……マルセラ──と申します」


 ラマルはあらかじめ練習していた出迎えの言葉を言って丁寧にお辞儀をした。そして、それを聞いた使者が慌てた。


「な、なんと。恐れ入ります。光栄に存じますが、頭をお上げになってください!」


 なんだ? この慌てぶりは。やはり神子様はそんなに敬われて然るべき存在なのか。おや? なにかを忘れているような?


「マルセラ様は、“精霊の神子”にして父親に侯爵をお持ちのれっきとした貴族なのです。私どもも貴族籍にはございますが、とてもマルセラ様の由緒正しき血筋にはかないません」

「えーっ!? 僕って貴族だったの?! しかも、侯爵様って……超立派な家じゃん」


 俺は目の前の侯爵令嬢が、『超』とか崩れた俗っぽい言葉を使っていることが急に嘆かわしくなった。

 ティイガ……お前、本当に何故ラマルを育てようと思ったんだ。貴族なんて、聞いてな……あっ! 聞いた。ついさっき、馬車が立派だったとか言っていた気がする。だが、いくら何でもこれじゃラマルが可哀想だろォ!!


「そ、そうでした。マルセラ様はずっと孤児として育てられたと確かに伺っておりました。あまり畏まった対応には不慣れで居らっしゃるのですね?」


 護衛騎士に見える鎧を着た女性が、なんとか混乱した場を収集させていくのに助け舟を出すことにした。


「その通りです。これも聞いているかもしれませんが、神子様は生活の為に今まで性別を偽って居ました。その辺りも配慮して上げてください」

「わかりました。それではいつまでも立ち話もなんですので、ガルハラ氏のお宅にお邪魔させて頂いてよろしいでしょうか?」

「はい、わかりました。ご案内しますのでどうぞこちらに」


 居間に案内してお茶を淹れると、四人は頭を下げあってからすぐに道中の日程やお互いに注意して置きたいことなどを話し合う。一応俺も居るには居るが、椅子は四つしかないため壁際に立って完全に蚊帳の外である。

 相手の性質を少しは理解し合えたのか、話しは次々に纏まって行った。


「それでは、ガルハラ氏も王都に行くのですね? 同意やお仕事に関しては?」

「あ、それなんですけど……セージの仕事を正式に、僕付きの護衛兵にすることはできますか?」

「……なるほど。可能ですよ、今までにも前例があります。あちらに行っても住む場所なども用意出来ます」


 ん?


「待て、どういうことだ? 俺はただ王都までついて行くって、それだけじゃなかったのか?」

「セージには……そう言ったけど、僕はセージと離れるのは不安だよ。ずっとじゃなくても良いんだ。向こうの生活に慣れるまででも……だめ、かな?」


 表情を曇らせて話すラマルは本当に不安そうで、そう言われて『だめだ、一人で帰る』……とは言えない。だが家やなんかのことはどうしよう。休暇も二週間しか取っていないし、いきなり困るな。


「そうは言ってもしょうがないだろう。例えそっちに生活を移したって……家はここだし、帰って来ても仕事はなくなってるだろうし、いつ戻って来るかもわからないなんて……無理がある」

「そちらは我々にお任せください。念のためと思いまして、国王陛下承認の書類などを用意して来ています。今から説明に参りましょう」


 ラマル相手にはたじたじだった貴族騎士の三人だが、事務仕事や権利関係は強かった。本当に俺が戻って来た時に、まったく同じ雇用条件で再雇用するという契約書を作り、締結させた。上司や同僚に申し訳なく思ったが、“精霊の神子”様のお願いなら仕方ないとみんなが笑顔で送り出してくれた。──良かった。

 家についても、レムさんが風を通してたまに掃除してくれることになり、俺はレムさんにただでさえ上がらない頭が、もう一生上がらなくなってしまったのだった。──かくして問題は何もなくなり、俺はしばらくの間王都に住むことに……ラマルは初めての旅をすることになった。


「明日だね」

「だな。早く寝ちまえよ」


 使者のうち二人は宿を取ってそちらに泊まっている。女性の騎士だけはラマルと共にこの家で寝ることになった。なんでもラマルは家を完全に片づけてしまったらしく、帰っても寝られる状態じゃないと言い出したからだった。


「ごめんね、セージ。僕の我が儘でお仕事や住むところまで変えてもらうことになって」


 不安げな眼差しで俺を見上げて、その表情は今にも泣き出しそうだった。嫌われる、とか勘違いしてないだろうな?


「……なあ、本当にそれが嫌だと思ったら、俺だって抵抗したり交渉したりぐらいはするぞ? お前の我が儘なんて、可愛いもんさ。護衛兵は上級兵以上しか成れない職だから、同期の連中に昇進しての栄転じゃないかって随分羨ましがられた」

「怒ってない?」


 やっぱり何か勘違いしていたらしい。こんな姿を見せられて、『一人で王都に行ってらっしゃーい』なんて言える訳がない。


「安心しろ、俺はめったに怒らないので有名なんだ」

「セージは優しいね。僕なんかには怒ってくれた方が──逆に、安心できるって思うよ」

「だから。俺は怒るのが苦手なんだよ。第一、怒ってないのに怒られた方が良いと言われてもなぁ」

「セージ」


 ラマルは俺の手を引いて上目遣いに笑った。う、可愛いじゃないか。


「どうした?」

「……やっぱり好き、おやすみなさい!」


 言い逃げは反則だと思ったが、首まで赤くなった情けない姿を見られなくて済んだと思おう。

 その夜は心臓がやたらにドキドキして、寝付くのに苦労した──。乙女じゃなくてもドキドキくらいするぞ!

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