九品目
「……し、死んじゃう」
「だ、大丈夫ですか?」
レスト様に体重の事を相談して3日後、私はレクサス家の中庭で死にかけています。
そして、目の前には息も絶え絶えの私を見下ろして困ったように苦笑いを浮かべている美形な赤毛の短髪の青年が1人。
彼は『ロゼット=パルフィム』様である。
シュゼリア王国の聖騎士団の中でも生え抜きが集まっていると言われている第1聖騎士団の部隊長の1人であり、レスト様の友人らしい……
……紹介されて1番初めに思ったけど、レスト様、友人がいたんですよ。
それもこんなさわやかな好青年が、先輩達に聞いた話だと最年少で聖騎士に名前を連ねたそうだ。
そんなロゼット様を前にしてどうして私が死にかけているかと言うと……もちろん、ダイエットである。
相談をしてすぐに聖騎士の部隊長を連れてくる当たり、レスト様の仕事が速いと感心するのだけど……私は筋トレや運動などしたくはないのだ。
それに少し動いただけでこれなのだ。絶対に向いてなどいない。
何より、国を守るために身体や剣の腕を日々、磨いている聖騎士様の訓練になどついて行けるはずはない。
「……運動はダメなんですよ。それに私は女の子……と言う年ではないですけど、むきむきになんてなりたくないんです。筋トレはダメです」
「大丈夫ですよ。私達だって日々、訓練をしているんですがここまでやらないと筋肉は付きませんから」
……聖騎士様はどれだけの訓練をしているのだろうか?
笑顔で私が死にかけている程度では筋肉は付かないと断言してしまう当たり、本当なのだろうけどそれでもロゼット様の訓練に付き合えるほどの体力はない。
……仕事に乗じて逃げ出そうか?
悪い考えが頭をよぎるのだが私のダイエットの様子を先輩達は生温かい目で見守っており、それだけではなく、レスト様まであの無表情な顔で私とロゼット様を見ているのだ。
……ここで逃げ出したら、レスト様の顔をつぶす事になる。
絶対に冷たい言葉をかけられる。それはごほ……怖い。
ののしられるかも知れない期待と不安が入り混じるなか、私はふらふらと立ち上がるとロゼット様は私の様子に呆れているのか苦笑いを浮かべている。
「……他に方法はないんですか?」
「他の方法と言われても……今更なんですけど、ミルアさんは痩せる必要などないと思うんですけど」
単純に運動では痩せる前に私は死んでしまう。
もっと楽な方法はない物かとすがるような気持ちで聞いてみる。
ロゼット様は苦笑いを浮かべた後、私の全体を眺めるように見て……そして、ある1部分を見て目を止めた。
……残念な胸ですいません。
同じくらいの娘達のサイズの平均値を下げてしまい、申し訳ありません。
目が止まった位置は私の寂しすぎる胸であり、申し訳ない思いでいっぱいになる。
「……残念な胸ですいません」
「い、いきなりなんですか!? み、見ていませんよ!?」
耐え切れなくなってしまい、謝ってしまうとロゼット様は驚きの声を上げて首を振る。
そんな事を言っても、ロゼット様だって大きい方が良いに違いない。
いや、ロゼット様だけではなく、男の人などみんなそうに決まっている。
私のお胸が残念だから、生き遅れてしまっているのだ。
「……ロゼット、レクサス家の使用人をそのような目で見ていたのか? 私はどうやら人選を間違えたようだな」
「ちょ、ちょっと待ってください!? それは勘違いです。私はミルアさんに色目を使う気なんてありません」
私とロゼット様が話をしている間にレスト様がそばまで来ており、表情筋を動かす事無く、ロゼット様を睨み付けている。
その視線にロゼット様は慌てて否定しているのだが、友人とは言ってもあのレスト様の変わらない表情は不気味に思えるらしい。
そのせいか全力で否定しているのだけど……それはそれで傷つくんだけど。
「だいたい、そこまで怒るなら、どうして、私を選んだんですか? もっと、他にもいたでしょう。ハルトとか、あいつなら女性の扱いに長けているんですから、ミルアさんだってやる気になるはずです」
「……ハルトでやる気だと?」
「い、今のは失言です。落ち着いてください。私が悪かったです」
しかし……レスト様の表情が変わらない事だけを覗けば良い男2人を近場に眺められるのは眼福だと思う。
話している内容は良くわからないけど、とりあえず、レスト様にもう1人ハルト様と言う友人がいるらしいと言う事はわかった。
……ただ、2人の様子からあまり良い印象は持っていなさそうですけど。
美形2人の様子を眺めながら、そそくさと休憩に入るのだがこの2人をそのままにしておいて良いのだろうか?
2人の言い合いが始まってからは、先輩達はやれやれと言った感じで解散して行ってしまい、この場にはレスト様とロゼット様、そして、私が取り残されている。
「だいたい、ミルアさんが体重を気にし始めたのは、レストのあのケーキめぐりに付き合わされたからでしょう。レストが悪いんじゃないですか? せめて、ケーキめぐりの回数を減らすとか、他の人間を誘うとかすれば良いじゃないか」
2人の言い合いを眺めているとロゼット様が体重を私が気にし始めた理由をレスト様とのケーキめぐりだとはっきりと言ってくれる。
……ロゼット様、良く言ってくれました。
私は自分で言えなかった言葉をロゼット様が言ってくれた事に小さく拳を握り締めるが、その仕草はしっかりとレスト様に見られている。
突き刺さった視線に私は慌てて手を引っ込めるのだが、すでに遅い。
レスト様は無表情のまま、ゆっくりとこちらに近づいてくるのだ。
会ったばかりだけど、視線でロゼット様に助けを求めてみるのだが、ロゼット様はレスト様から解放された事に胸をなで下ろしている……聖騎士様なのに役に立たない。
若干、悪態を吐きたくなるのだけど、今はそれどころではない。
怒りの形相はしていないけどレスト様がゆっくりと近づいてくるのだ。
こ、怖い。
「……迷惑だったのか?」
怒られると身を縮めたその時、レスト様は表情を変える事無く、ケーキ屋めぐりの事に付いて聞いてくる。
「べ、別に迷惑ではないです。レスト様が奢ってくれますし、平日の昼間に動けるからお店も混んでいないからゆっくりできますし……ただ、体重は別問題なんです」
「そうなのか……」
「で、ですから、回数を減らすとか私が付き合えない時はロゼット様を誘って行ってください」
「ロゼットを? ……さすがに男2人では無いだろう」
「……私も遠慮したいです」
恐怖に身体が固まるが、ロゼット様が言ってくれたこの時に便乗しなければ流されてしまう。
消え去りそうな声で答えるとレスト様は小さく頷いた後に考え込み始めるのだが、今までの経験上、ケーキ屋めぐりを減らす気が無いのだと判断できたため、ロゼット様を巻き込んでしまえばと提案する。
私の提案にレスト様はロゼット様へと視線を向けた後、さすがに男2人で喫茶店まで行ってケーキを食べるのは抵抗があるようで重苦しい口調で拒絶をする。
それはロゼット様も同様のようであり、大きく首を横に振っている。
……さすがに無理か?
何より、美形が2人そろっているのだ。
狩人達の目が怖い。
そんな危険な場所にレスト様を晒しても良い物か……
「そうなると1人だな」
「あ、あの、レスト様、1人で喫茶店めぐりもできればご遠慮ください。レスト様もおっしゃっていましたが、人目があります。レスト様は立場のある身なのですから何かあったらどうするんですか?」
「……何か? 治安なら何も問題ないはずだ」
「そうだとしてもです」
悩んでいる私を余所にレスト様は自分1人でケーキ屋めぐりを行うと決めてしまう。
差し出がましいとは思うのだけど、レスト様はレクサス家当主であり、シュゼリア王国の外交を担う1人であり、邪魔に思っている人間だって多い。
何かあってはいけないため、進言してみるのだけどレスト様はこの国の治安を信用しきっているようである。
どうしよう? ナンパをしてくるような娘達にレスト様が引っかかるとは思えない……ケーキがテーブルから消えた瞬間に振られそうだけど。
いや、そうではない。レスト様の安全が第1だ。何とかして説得しないといけない。
「レスト、できればだけど、ミルアさんの言葉に従って欲しい。最近は窃盗団がこの国に入ったと言う話が出ているんだ。私の部隊も警護や見回りで動く事になる。元々、その件で協力を仰ぎたいから、休日にここに訪れたんだ」
「窃盗団? ミルア、私の書斎にお茶を運んできてくれ」
「は、はい。わかりました」
困り顔の私にロゼット様は気が付いたのか、1つ咳をした後に表情を引き締めるとシュゼリア王国に窃盗団が入ってきたと言う。
その話が私には本当かわからないのだけど、レスト様はゆっくりとロゼット様の方に向き直す。
それは使用人の私が聞いては行けなさそうな話であり、私はどうしていいかわからずに下がろうとした時、レスト様は振り返る事無く、私に指示を出すとロゼット様を一緒に書斎に移動する。
2人の背中に私は頭を下げて指示通りに動こうとするのだけどすぐに身体の節々が悲鳴を上げてしまい、動きがぎこちなくなっている。
ど、どれだけ、運動神経が無いんだろう?
ダ、ダイエットとは別にどうにかしないといけないよね?