八品目
……このままではダメだ。
レスト様が甘党だと気づいてから、レスト様は仕事の合間を見て、街にケーキを食べに行く時に私を誘う。
悪い虫対策なのはわかる。執事長やメイド長からも同行するように指示されたし、私も街中の美味しいケーキをただで食べられるのは嬉しいのだけど……
先輩達からはデート扱いされている上に……体重が増量してやばいです。でも、残念ながら私の寂しすぎる胸には成長は見られません。付くならこっちに付いて欲しいのだけどそう上手くはいかないのが世の常である。
このままではいけないと思うのですけど、正直、運動は苦手です。
と言うか、私と一緒にケーキを食べているレスト様は何も身体に変化がなさそうなんだけど、明らかに私より食べているのに不公平ではないか。
実際、甘味めぐりをした時のレスト様の消費するケーキは私の想像を絶するのである。
軽く私の10倍は食べる……それなのに見た目がまったく変わらない。
やはり、男性だから筋肉量が違うのか?
そう思い、自分の二の腕のお肉を触ってみる……ダメだ。どうしようもないくらいにぷよぷよのぷにぷにだ。
これは乙女としてダメだ。
あまり恋愛には興味がないけど、こんな事をしていたら、婚期が遅れる……いや、すでに友人達から言わせれば充分に遅れているのだけど痩せなければいけない。
そう考えた時に1番最初に思い浮かんだ事は……当然、レスト様との食べ歩きだ。
断りたいのだけど……難しいだろう。
だけど、ケーキをしばらく断たなければ、このままでは豚一直線だ。
「……どうしよう?」
「ミルアちゃん、難しい顔をしてどうしたの?」
「……太った。ダイエットしないと」
休憩所で先輩に差し出された紅茶を飲みながらため息を吐く。
私の表情が暗い事に先輩達は心配して声をかけてくれるのだけど、恥ずかしくてダイエットをしなければいけないとは言えない。
そのためか、恥ずかしさから小さくかすれそうな声になってしまう。
「ダイエット? ミルアちゃんが太ってない。太ってない。前が痩せすぎだったのよ。気にする必要ないわ」
「……そんな事ない。この間から、レスト様に付き合わされて喫茶店めぐりしているから、確実にお肉になっているよ」
「確かに最近はレスト様とデートで忙しいものね」
レスト家の使用人の多くは私と同じ年くらいの子を持つ人達だ。
まるで娘をあしらうように気にしすぎだと言ってくれるのだけど、そんな言葉を信じる事などできない。
そして、デート扱いしないで欲しい。
確かにケーキを頬張っているレスト様の笑顔は見ていてきゅんきゅんするのだけど、今の問題はそれではない。
確実に積み重ねられているお肉なのだ。
「……なんで、レスト様は太らないの? あれだけ、食べているのに」
「気になるなら、本人に直接、聞いてみたら良いんじゃない? それか、体重が気になるのでしばらくはケーキめぐりに付き合えませんってはっきりと言えば良いのよ。レスト様は怒らないでしょ」
こんな悩みを持っていないであろう表情筋さえ動けば完璧なレスト様の顔を思い浮かべるのだが、ダメだ。ため息しか出てこない。
私の様子を見ても先輩達は他人事のようで紅茶とともに美味しそうに焼きたてのクッキーを頬張っている。
……良い香り。美味しそう。ダ、ダメだ。ダイエットをしないといけないと考えているはずなのに食欲が勝りそうになる。
これは完全にレスト様の味覚に引きずられている。
負けてはいけないと邪念を振り払うように大きく首を横に振ると先輩の1人が私の口元に1枚、クッキーを差し出すのだ。
……美味しそう。いや、絶対に美味しい。ダメだ。このままでは確実に豚だ。
「ねえ。ミルアちゃん、ダイエットしなくても良い方法あるけど聞く?」
「教えてください。このままでは乙女としていろいろとダメです。お嫁さんに貰ってくれる人も見つかりません」
葛藤する私の姿は滑稽だろう。
みんなが笑っているがわかる。
そんな私の姿に1人の先輩が哀れに見えたようで苦笑いを浮かべながら、救いの手を差し出してくれる。
当然、その手に飛びつきますよ。できれば食事制限なしで運動なし、筋トレなんて持っての他だ。
私はむきむきになどなりたくはない。
何より、今は相手などいないけど、いつかはお嫁さんになりたい……できれば、アイリスさんより、先に。
「お嫁さん? そう、それならこれしかないわ」
「これ?」
「レスト様に責任を取って貰えば良いのよ。レスト様とミルアちゃんの赤ちゃん、抱きたいわ」
……相談した私がバカでした。
どうやら、私は完全に遊ばれているようだ。
そして、なぜ、私とレスト様をすぐにそう言う関係にしたがるのだろう。
私は悲しくなるけど確かに男っ気などない。
ただ、レスト様は表情筋さえ動けば見た目は完璧なのだ。
それに周辺国にまで名前が知れている外交官。
年頃の娘さんの気持ちさえ完全に無視すれば、これほどいい条件の男はいない。
夜会などにはあまり顔は出さないものの、それでもかなり好条件な人なのだ……なぜ、浮いた話の1つも出てこないのだろう。
私のようなドエ……Mやあの表情筋が動かない様子が凛々しいと言ってくれるご令嬢だって探せばきっといるはずだ。
先輩達は私とレスト様の気持ちを余所に私とレスト様をどのようにまとめ上げるかなどと言う恐れ多い話を繰り広げ始める。
こ、ここに居てはダメだ。ここで話を聞いていたら、いつの間にか私がレスト様を押し倒すように強制される可能性が高い。
私はMなんだ。押し倒すより、押し倒されたいに決まっている……違う。問題はそこではない。
使用人と言いながらもレスト様が小さな頃から働いていた歴戦の猛者達が相手だ。
レスト様だってたまには言いくるめられてしまう時がある。
先輩達みんなに言いくるめられて、そんな事になったら、独りぼっちになってしまった私を拾ってくれたクロード様に申し訳が立たない。
絶対にレスト様には素敵な奥様に来てもらわなければいけない。
私は時々、ののしられるくらいでちょうど良い。
話しに夢中になり始めた先輩達から逃げるように私はゆっくりと部屋から出て行く。
ドアを閉めた時に気づかれたようでドア越しに私を引き止める声がするが、ここで止まってはいけないと思い、一目散に逃げ出した。
「……結局、問題が解決していない」
「問題? ミルア、今度は何だ? ケーキを焼く才能がなかったのか?」
「……レスト様、どうして、私の悩みがケーキに限定されているんですか? まぁ、原因と言えば、原因なんですけど」
先輩達から逃げ出した私は中庭へと逃げ込むとぽよぽよしている二の腕のお肉をつまみ、ため息を漏らす。
そして、タイミング悪く、レスト様が現れて私に声をかけるのだけど、彼にとって私の悩みはケーキに限定されるらしい。
確かに原因はケーキだ。
食べ過ぎて、こんな風になっているのだから……本当にため息しか出ない。
「そうか……良い店が見つかったのか?」
「……違います。乙女の大問題です」
「乙女だと? ……まさか、この間のケーキの店がつぶれたのか? 私はまだ、その店を見つけていないぞ」
「……ケーキ店や喫茶店から放れませんか?」
ケーキが原因と言った事でレスト様は視線を鋭くするのだけど、なぜ、ケーキが中心なんだろう?
問題は体重なのだ。乙女の大問題なのだ。
しかし、レスト様はすでにケーキの事しか頭にないようであり、かみ合わない会話に私は大きく肩を落としてしまう。
「……他の問題か? 何があった?」
「そ、それは……」
「私には相談できない事か? ケーキが原因と言えば、原因? その原因が私との喫茶店めぐりだとすると?」
ケーキではないと聞いて、レスト様は改めて、私の悩みを聞いてくれようとするのだけど若干、テンションが落ちたのがわかる。
それに……今更だけど、乙女の悩み事である体重に付いて、男性のレスト様に相談して良いのか? 原因がレスト様とのケーキやめぐりだとしてもだ。
悩む私の姿にレスト様は考え込んでしまう。
これは何か勘違いされているような気がする。
……正直に言おう。
「男性のレスト様には言い難い事なんです……太ってしまったんです」
「太っただと? ……」
「な、何ですか? ち、近いですよ」
こんな羞恥プレイに顔が真っ赤になってしまうのだけど、おかしな勘違いをされてはたまったものではない。
恥ずかしさに声をかすらせながら、体重が増えたと告げるとレスト様は表情筋がまったく動かない表情で私の顔を見つめる。
太った事を伝えると言う新たなプレイの後にまじまじと顔を見つめられるなど、増量している事を確認されているとしか思えず、私はレスト様から距離を取った。
私の反応にレスト様は小さく頷く。
……確認された。絶対にレスト様は新旧の私を比較しているのだ。
「……別に変ったようには見えないが」
「嘘です。そんな偽りの言葉で私をだまさないでください。だいたい、どうして、レスト様はあれだけ食べているのに体重が増えないんですか?」
レスト様は何も変わっていないと言うのだけど、それは絶対にまやかしだ。
私がいなくなれば、喫茶店をめぐる時にお供がいなくなって困るから、私を丸め込もうとしているに決まっている。
恨みがましく体型がまったく変わっていないレスト様の腕を触ってみる。
……引き締まっている? 外交官なのに筋肉質なのか? いつも書斎の中にいるから服の中はがりがりかと思ったけどそうではないのか?
「……ミルア、何をしているんだ?」
「す、すいません!?」
「お前が気にしているほど、姿形が変わっているようには見えない。それに喫茶店めぐりでは歩いての移動だ。それなりに食べた分は消費している。料理長達だってその辺は計算して食事を作ってくれているはずだ。それでも気になるのなら、詳しい人間を後で紹介してやろう」
レスト様の表情はまったく変わらないのだけど、私の相談に乗ってくれたようであり、人を紹介してくれると言ってくれる。
その言葉に私は大きく頷くとレスト様は本当にわずかだけど口元を緩ませた。