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七品目

私の目標はお父さんの味だ。

お店などは持てる気もしないし、何より、私の中の大切な味なのだけど……再現ができません。


先日、レクサス家使用人内で完全に出来上がってしまったレスト様包囲網で守られた私は時間を作って頼まれたケーキを焼いているのだけど、レシピ通りに焼いてもお父さんの味が再現できない。

自分で言うのもなんだけど、お父さんの味を目指していたせいか、それなりに腕に自信はあるのだけど一向に再現できる気がしない。


ケーキを焼く機会が増える度にお父さんのケーキとの違いがわからず、他の仕事をしていてもその事だけが頭をよぎってしまう。


「何が違うのかな? 単純に腕の問題なのかな? それとも材料? でも、材料は良い物を使っているんだから問題ないはずだよね? ……ダメだ。こんな事をしていたら、他の仕事が中途半端になっちゃう」

「……難しい表情をして、何か問題があったのか? 問題があったなら、すぐに報告を上げろ」

「ひゃう!?」


頭を切り替えようと両頬を手で2回叩いた時、背後からレスト様の声が聞こえた。

完全に気を抜いていたようで、おかしな声が漏れてしまう。

と言うか、気配を消して近づいてくるのは止めてくれないだろうか?


「……レスト様、背後から突然、声をかけないでください。驚くじゃないですか」

「そうか。それは悪かった……」

「ち、近いですよ。ど、どうしたんですか?」


驚いたせいか、鼓動が速くなっており、深呼吸をして自分を落ち着かせる。

レスト様は私が落ち着くのを待ってくれていたのだが、私が落ち着いたのを確認した後になぜか距離を詰めてくる。

目の前にレスト様の美しい顔が映るのだけど、相変わらず、ケーキが無ければ表情は固定されたままである。

しかし、キレイな顔立ちをした男性の顔がすぐそこにあるのだ。ドキドキするのは仕方ない。

レスト様の目的がわからずに距離を取るとレスト様は何か考え込み始める……けど、表情はまったく変わらない。


な、何なんだろう?


このまま、レスト様を置いておくわけにもいかず、彼の次の言葉を待つ。

逃げても良いんだけど、ケーキを焼くためにレスト様包囲網を敷いた事に若干、負い目があるのか逃げ出す事に抵抗があるわけではない。


「……ミルア、お前の身体から甘い匂いがするな」

「……意味がわかりません。と言うか、私の匂いを確認していたんですか? レスト様、それは引きますよ。レスト様は立場がある身なのですから、そのようなおかしな事はしないでください」


しばらく考え込んだレスト様は私の身体にしみ込んだ砂糖の匂いに反応したようであり、小さくつぶやいた。

私がケーキを焼いていた事がばれたのか? とも思ったのだけど、それより、砂糖の匂いをかぎ分けられるのか? どこまで甘党なんだろう。

それも子供の頃から仕えていたとは言え、私は異性である。

そこはしっかりと線引きをしてくれなければいかない事だろう。

私は軽蔑しますよと言う意味を込めて言うとレスト様も自分の行動に非があった事は直ぐに理解できたようで1歩後ろに下がり、私と距離を開ける。


「……すまない」

「いえ、わかっていただければそれで良いです」

「それで、ミルア、なぜ、お前から砂糖の匂いがするのだ? まさか、1人であのケーキを食べたと言うのではないだろうな」


レスト様の謝罪を聞き、この話を私は終わらせようとするのだけどレスト様は止める気は無いようである。

それも私がケーキを1人占めしたのではないかと言う意味のわからない疑いまでかけられる始末であり、どうして良いのかわからずに眉間にしわが寄ってしまう。


……何より、ケーキは焼いても食べてはいない。

私だって自分の体重管理だってしないといけないのだ。

毎日、毎日、ケーキを食べるわけにはいかない。


「……食べていません」

「そうか……それなら、なぜ、お前から甘い匂いがするのだ?」


……止める気は無いんですね。


ため息交じりで否定してみたのだけど、レスト様は追及の手を緩める気は無いようである。

どうした物かと思いながらも、答えないと解放して貰えそうにはない。


「……料理長の娘さんが誕生日みたいで手が空いた時に料理長がケーキを焼いていたんです。私は先ほどまでそれを手伝っていただけです。私も料理くらい覚えないと貰ってくれる人も居ないので勉強しないといけないと思って」

「そうか。料理長がケーキか……」

「レスト様、料理長が焼いていたのは娘さんのためのケーキですよ。先日、私から取り上げたみたいに取り上げないでくださいね」


私が焼いていた事がばれないようにあくまでも料理長の手伝いをしていたと説明する。

実際、料理長だってケーキやデザートだって完璧だ。私はあくまで嫁入り前の娘として料理の腕を上げたいから手伝っていたと言う事にしたのだけど、レスト様は私の話より、すでに厨房で焼きあがっているであろうケーキに想いを馳せている。


……完全に私の嫁入り云々は耳に入っていない。これはこれで年頃の娘としては傷つくのだけど、今の問題はそれではない。

レスト様の様子を見るとこのままキッチンに駆けこんで行きそうだ。

そんな事になっては料理長の娘さんに申し訳ない……何より、さすがに私が焼いたケーキが厨房から出てきたとなると絶対にばれてしまう。

それだけはなんとしても避けないといけないため、焼きたてのケーキに想いを馳せているレスト様に釘を刺す。


「……そんな事はわかっている。他の人のために焼かれた物を取り上げるわけがないだろう」

「本当ですか?」

「当然だ。それでミルアは何を考えていたのだ? 腕や材料と言っていたがお前もケーキを焼こうとでも思ったか? 料理長との腕の差に嘆いているのか?」


レスト様は料理長の娘さんからケーキを取り上げるつもりなどないと言うのだが、その視線はどこか寂しそうに厨房がある方向へと向けられている。

説得力も何もないレスト様の様子にため息が漏れてしまう。

レスト様はこのままでは自分が不利だと察したようであり、私の独り言に話を持って行こうとする。

確かにケーキの事で悩んでいたのだけど、完全に下に見られているのは納得ができない。

それでも、先日のケーキは自分が焼いた物だとは言えない。

アイリスさんが言っていた私がケーキを焼く事を知られたら、おかしな仕事を押し付けられそうだからである。

ケーキを焼くのは嫌いじゃないけど、私の目標はお父さんの味を再現する事、余計な事にかまけているヒマなどはないのだ。


「そうですね。料理長や厨房で働いている皆さんと同じくらいに料理やお菓子が作れたら良いんですけどね」

「そう思うなら、練習だな。料理長に教わるのならばおかしなものは出来上がらないだろう。すぐに満足ができる物が焼けるだろう」

「そうですね。他人が食べられるような物が焼けましたら、レスト様にも感想を頂きたいです」


話しを続けて墓穴を掘るわけにも行かないため、素直に頷いて置く。

レスト様は練習すれば良いと言ってくれるのだけど……これは試作品でも良いから焼いたら運んで来いと言っているのだ。


どこまでケーキが好きなのだろうか?


まあ、焼いた場合はレスト様に届ける事になっているのだから、別に問題はない。

ただ、私が焼いたと知られないようにするけどね。

簡単にばれてしまっては面白くないし、何より、少しだけ、私が料理の1つもできないと思われているのは面白くない。


……いつか、ケーキが焼いているのが私だとばれた時にレスト様に今の言葉を謝罪させてやる。今、そう決めた。

レスト様、覚悟しておいてください。


レスト様とケーキの話をするたびに私の中に有った私自身知らなかった負けず嫌いの部分が目を覚ましてしまったようで心の中でレスト様に宣戦布告をする。


……口には出せませんけど。


私の心の中の宣戦布告にレスト様は何か気が付いたのか、表情筋が固まったままの顔で私の顔へと視線を向ける。


……考えている事が見透かされているような気がするけど、いくら、優秀な外交官とは言え、他人の考えている事などわかるはずはない。

それでもあの目で見つめられると息がつまり、動けなくなってしまう。

後、鼓動が速くなり、背中からは冷たい汗が流れ始める。


「そうか……楽しみにしている」

「は、はい……な、何でしょうか?」

「料理長の娘が誕生日だと言っていたな。後で私の書斎に顔を出すように伝えておいてくれ」


私の顔を見て、しばらく、考え込んだレスト様はケーキを楽しみにしていると言うと背を向けて歩き出す。

レスト様の重圧から解放された私はほっと胸をなで下ろすのだけど、それと同時にレスト様の視線が突き刺さった事に気が付く。


き、きっと顔が引きつっていただろうけど、レスト様の視線の意味を聞く。

レスト様は私に料理長への伝言を申付けると足早に書斎に戻って行ってしまう。


料理長を呼びつける? ……本当にケーキを取り上げる気じゃないよね?


レスト様のケーキへの執着を考えるとどうしてもそこが引っかかってしまい、大きく肩を落とすが言伝を伝えないわけにも行かず、レスト様のせいで重くなった足を引きずって料理長の元まで歩く。





























後、レスト様が料理長を呼び出した理由は娘さんに何か買ってやれと言う臨時ボーナスだったみたいです。


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