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六品目

有給休暇明け、仕事の手が空いた私は厨房に顔を出す。

私の顔を見た料理長達はまたケーキかと言ってくれているのだけど、今回はその件ではない。

だいたい、毎回毎回、ケーキを焼いて食べるなどお腹周りに良くない。


そう言えば、アイリスさんからのお土産はいくつか馬車の中でレスト様に搾取されましたよ。

他人の往来で食べようかと考えた私も私だけど、私が馬車に乗ったらすぐに取り上げるのはどうなのかと思う。

それでも、いつもは固まったままのレスト様の表情筋が緩み切る様子は眼福だから、別にかまわないんですけどね。

ただ、当然のようにアイリスさんのケーキも探すと宣言されましたよ。

レクサス家の当主様を場末の酒場兼宿屋に通わせるわけにも行かないので本当にどうしたら良いだろう?


昨日、馬車の中、緩み切った表情が何事もなかったかのように元の表情に戻った様子を思い出して、小さく口元が緩んでしまう。

私の様子に料理人達は怪訝そうな表情をし、それに気が付いた私は苦笑いを浮かべた後、何事もなかったかのように厨房の中を見回す。


今日、私が厨房に顔を出したのは、厨房にどのくらいの頻度でレスト様が顔を出すか調査をするためだ。

今までは気にしていなかった事もあり、休憩時間に焼いていたわけだけど、レスト様は仕事に行き詰ったりすると屋敷内をうろついている事も多い。

表情筋が少しも動かずにぶつぶつとつぶやいていたりして、話しかけても反応はないから私には理解できない集中力と言う物があるのだと思っていたのだけど、正直、その時の活動範囲がわからない。


先日、知ったばかりだけど、レスト様のケーキに対する執着は私の想像を遥かに超える。


普段は反応が無くともその状態でもケーキが焼ける匂いがすれば、一直線に厨房に来てしまうのではないか?

そう考えた時にレスト様に見つからないようにケーキを焼くのは可能だろうか?

ケーキを焼いている時にばったりと言うのは避けたい。

……だからと言って自分の部屋には料理するような場所はない。


見つかっても実際、何も問題などなさそうではあるんだけど、せっかく、宣戦布告もされた事もあり、少しだけ、イタズラ心に火が点いたのかも知れない。

別にレスト様を困らせて喜びたいわけではない。


なぜならば、私はMだから、レスト様を困らせるより、あの表情筋が固まりきった顔でののしって欲しい……違う。これでは本格的な変態だ。

わ、私は少しだけ、Mっ気のある普通の女の子、そ、そうに決まっている。


おかしな事を考えては目的が達成できない。

邪な考えを振り払うように大きく首を横に振った後、改めて、厨房の入り口や勝手口、窓を確認する。


勝手口からレスト様が入ってくる事はさすがにないだろうし、普段は厨房側からカギをかけてある。

窓から覗き込む……ないな。と言うか、窓からあの表情が変わらない顔で覗き込まれたら、いくらあの表情になれた歴戦のレクサス家の使用人と言え、驚くはずだ。

そんな事はしないで欲しいと希望的な考えを持って入口へと視線を向けた。

他のところの厨房がどうかはわからないけど、ドアで仕切られている。ドアを開けなければ私がケーキを焼いている姿は見えない。

ケーキを焼いている時にドアが開いた瞬間に隠れる場所は……いや、厨房で隠れるのは危ないよね。包丁とかもあるし。


……とりあえず、レスト様が厨房に顔を出す頻度を聞いてみようと決めて、料理長のところに歩く。


「……あのね。聞きたい事があるんだけど」

「おじさんのスリーサイズか? ミルアちゃん、俺には女房も子供も」

「そう言うのは要らないんで、レスト様って厨房を覗きに来たりするんですか?」


話しの前ふりで小ボケが入り、心が折れそうになるが何とか心を強く持って本題に移った。

私の質問の意味がわからないのか、料理長は小さく首を傾げ、周りの料理人達も同様に首を傾げている。


……おかしな事を聞いたのかな?


反応の悪さに少し恥ずかしくなる。

それはMにとってご褒美なのでは? と思うかも知れないが断じて違う。

私は不特定多数から奇異の目を向けられて悦ぶような変態ではない。


「私、おかしな事を聞いた?」

「いや、レスト様は厨房に顔を出す事なんてないからな。ミルアちゃんがどうしてそんな事を知りたがるのかと思ったんだ」

「そ、そうなの?」

「ああ、レスト様は自分が厨房に顔を出すと仕事の邪魔になると考えているからな。この場所は俺が一任されている。別に覗かれても困るような事もしてないから、俺達はかまわないけどな。それより、レスト様が厨房に来るかなんて聞いて、ミルアちゃんはどうしたんだ? ケーキを焼いている姿をレスト様に見せて、好感度アップってヤツか?」


料理人達が言うにはレスト様は厨房に顔を出す事はないようだ。

少し安心できて小さく胸をなで下ろすが私の姿は料理人達には不思議に思えたようでおかしな事を言い始める。


いや、レスト様が一使用人の私に好意を見せるわけがないだろう。

むしろ、好意を見せているのはケーキに超えられない高いカベがあって私となれば良いところだ。

だいたい、キュリアちゃんもだけど、なぜ、私とレスト様に恋愛感情があるようにしたがるのかがわからない。


「好感度アップと言うのはわからないけど……レスト様に宣戦布告されたから」

「宣戦布告?」

「私が焼いたケーキをどこの店の物か見つけるって」

「……ミルアちゃんが焼いているんだから、見つけようがないだろう」


誤解を解かないといけないと思い、レスト様に宣戦布告をされた事を伝える。

宣戦布告と聞いても意味がわからない料理人達は首を傾げる。

当然だ。宣戦布告をされた私自身、いまいちこの状況がつかめていない。


「そ、そうなんだけど、う、売り言葉に買い言葉ってヤツかな? 探すって気合を入れていたので、焼いている姿を見つかるわけにはいかないと思って、それに私は先日、知りましたけど、レスト様のケーキに対する執着は異常ですから、焼いているところに乱入してきそうですぐに見つかると面白みも何もないかな? と思って」

「レスト様は甘いデザートが好きだからな。だけど、デザートだけじゃなく、料理も出てくるのを楽しみにしている伏しがあるから、そこまで心配しなくても良いんじゃないか?」

「そ、そうですかね? それなら、今まで通りにこの厨房でケーキを焼いていても問題なしですか?」


ただ、宣戦布告をされた手前、簡単に負けを認めるのもなんとなく悔しいため、見つからないようにしたいと伝える。

料理人達は私の考えが大袈裟だと思っているようで苦笑いを浮かべており、私は自分の考えが考え過ぎだと理解したけど確認のため、厨房でケーキを焼いても良いかと聞く。

私の問いに料理長は当然だと笑顔で頷いてくれる。


「それなら良かったです。厨房を使わせて貰えなかったら、ケーキを焼けなくなっちゃいますし」

「ミルアちゃんのケーキはレスト様だけじゃなく、みんなに好評なんだ。焼いて貰わないと困るさ。それにそこまで心配なら、みんなで協力するさ。ミルアちゃんがケーキを焼いている時にレスト様を厨房に近づけさせなければ良いんだろ」


ケーキが焼けると聞き、胸をなで下ろす私を見て、料理長はレスト様を厨房に近づけさせなければ良いと言う。

そんな事は可能なのか? 私達はレスト様に雇われている身なのだから、命令をされたら頷く事しかできないのではないだろうか?


「新作の料理を試行錯誤していると言えば、レスト様は表情を変えずに食事に出る時を楽しみにしていると言って、他に行くさ。それで良いかい?」


確かに表情はまったく変わる気はしない。

料理長の言葉に周りの料理人達は苦笑いを浮かべながら頷いており、私と同じ事を考えている事がわかる。

この場にいる人達も私より、長くレクサス家に仕えているためか、レスト様の行動パターンなどは頭に入っているのだろう。

そんな人達にお墨付きを頂けたのだ。きっと間違いない。

厨房におけるレスト様包囲網は確立された。


「お、お願いします」

「後は厨房だけじゃなく、執事長やメイド長にも伝えておかないとな。ミルアちゃんがケーキを焼く時にはレスト様を厨房に近づけないようにするって」


……あれ? 話が大きくなってないかな?


厨房の料理人達を味方にできた事に私は感謝し、頭を下げたのだが、なぜか、レスト様包囲網はレクサス家の使用人達すべてに広がりそうである。

状況について行けずに顔を引きつらせる私だが、料理人達は楽しくなってきたのか笑顔で同調するように頷いており、完全に私1人が置いてけぼりだ。


「そ、そこまでする必要はないと思うんですけど」

「何、ミルアちゃんとレスト様の勝負だ。この勝負の行方をしっかりと見させて貰う。それに俺達もミルアちゃんに協力するんだ。なに、見返りなんかいらないさ」

「……それ、確実に見返りを求めていますよね?」

「そんな事はない。ただ、来週、娘の誕生日があって、娘はミルアちゃんのケーキが好きでな」

「……や、焼かせて貰います」


どうやら、料理長が私に協力する気になったのは、自分の都合があるようだ。

しかし、料理長の娘さんもお父さんが料理は得意なのだから、お父さんにケーキを焼いて貰えば良いのに。


頷いた私を見て、他の料理人達も続くように奥さんの誕生日だ。結婚記念日だとケーキを焼くようにお願いと言いながらも強要される。

それは構わないのだけど……しばらく、私の仕事はケーキを焼く事になりそうです。

























とりあえず、ケーキばかり焼いていて仕事してないって、レスト様に言われないように気を付けよう。


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