四一品目
レスト様達は焼きあがったケーキを食べ終えた後、再び、お部屋に戻って話し合いを再開しています。
私はとりあえず、ケーキを焼き上げたと言う事で本日はお仕事終了を言い渡されましたよ。
部屋に戻る気分でもなかったため、中庭で空を見上げています。
結局は腕の差だよね。
小麦粉が変わってもお父さんのケーキは再現できませんでした。
ホッとしたような残念なような微妙な気分です。
……だけど、やってしまいましたね。
今日だけでいろいろ有ったせいか、冷静になって考えると恥ずかしさで顔に熱が帯びて行くのがわかります。
正直、これからどうしたら良いんでしょうか?
……自分の好意を知られた上でレクサス家のお屋敷で働き続けるのはある種の罰ゲームでしかありません。
このまま、レクサス家にお世話になっていても良い物でしょうか?
……いや、別に離れたいわけではないですけど。でも、いつか、レスト様に奥様が来る時に私は素直に喜べないと思います。
そう考えると……
「……辞めた方が良いのかな? 新人さんも入ってきたし、私が辞めても問題ないよね?」
「いやいや、どうして、そんな結論を出すのかな?」
「……どうして、私の背後に回り込んでいるんですか?」
この先の事を考えて頭の中で1つの結論が出てため息が漏れてしまった。
泣きそうかも……と、思った時、なぜか、背後からレオンハルト様の声が聞こえました。
幻聴だと思いたいんですけど、そう言うわけにも行かずに振り返るとレオンハルト様はため息を吐いた後、なぜか私の向かい側に座ってしまいます。
……話し合いはどうしたんですか?
「話し合いはもう私がいなくても問題ないと思ってね。ルーディスが報告書をかけない分、今から、レストが報告書をまとめてくれるだろうしね。私はこれから王城に戻って根回しかな?」
「……適切な役回りですね。レオンハルト様はお忙しいみたいですから、私のようなメイドにかまわずに王城にお帰りください」
話し合いは終わったようでそれぞれのお仕事に戻るところらしいのですが……根回しですか?
腹黒いレオンハルト様には適したお仕事ですね。
「帰るけど、その前におかしな事を考えているミルアちゃんに話くらいしないといけないと思ってね」
「……」
「疑わない」
レオンハルト様は私の事を心配してきてくれたと言っているのですけど、どうしても信用ができません。
疑うような視線を向けてしまったようでレオンハルト様にため息を吐かれてしまいました。
「……別におかしな事を考えているつもりはありませんよ」
「それなら、どうして、目をそらすのかな? ミルアちゃん、自分で言いたい事だけ言っていなくなるような事はしないようにね」
……どうして、私の考えている事は簡単にばれてしまうんでしょうか? 納得がいきません。
「今はレストの力が必要だから、色恋関係でバタバタされても困るんだよ……若干、浮かれている気がするけど」
「浮かれている? フェミルア産の小麦粉があれば質の悪い小麦粉のケーキを食べなくて良いですもんね。レスト様は浮かれていますよね」
「……ミルアちゃん、本当に君は鈍いね」
小麦粉がある程度、自国で確保できれば質の悪い小麦粉で焼いたケーキを食べなくて済むんです。
これほど喜ばしい事はない……そう考えていたら、レオンハルト様にため息を吐かれてしまいました。何なんでしょうか?
「正直、私が言う事でもないと思うんだけどね。本当にレクサス家のメイドを辞めたいなら、私には止める権利はないんだけどね……命令は出来るけど」
「それ、命令じゃなくて、脅迫ですよね」
「そうとも言うね。冗談だけど、とりあえず、もし、出て行くなら、きちんとレストにも告白の返事を聞いてからの方が良いと思うよ」
レオンハルト様はため息を吐いた後、急に目つきを鋭くするのですけど、これは私をからかうためで本気ではなさそうです。
正直、レオンハルト様の相手をするのは疲れてくるので考え事もしたいから、王城に速く戻って欲しいんですけど……
不快だと言う意味を込めて嫌味ったらしく、ため息を吐いてみるとレオンハルト様はくすくすと笑った後に返事を聞けなどと無茶な事を言う。
……聞けるわけがないでしょう。私はただのメイドでレスト様は雇い主です。
身分差のある恋愛なんてキュリアちゃんの大好きな恋愛小説の中の話です。
それは出来ないと首を横に振ろうとするのですけど、私の両頬はレオンハルト様の両手でがっちりと押さえつけられてしまいました。
……これは女の子にして良い事じゃないと思います。
両頬が押さえつけられてしまったため、唇がおかしな形になっています。
抗議するようにレオンハルト様へと視線を向けるのですけど、レオンハルト様は私の顔を見て小さくため息を吐く。
「私はね。レストの友人でもあるんだけど、ミルアちゃんの事もレクサス家のメイドと言うよりは友人の1人だと思っているよ」
「……」
「真実かどうかを見極めようとしない。と言うか、私がそんな考えを持つような人間ではなかったら……レクサス家の使用人は皆殺しだよ」
真面目な表情をして、レオンハルト様は私の事を友人だと言ってくれました。
その言葉は嘘のようには聞こえなかったのですが、今の私は両頬を押さえつけられており、言葉を発する事ができません。
離して欲しいと目で訴えるのですが、どうやら、私が疑っていると感じたようでレオンハルト様は目つきを鋭くして笑えない冗談を言う。
「ち、ちふぁいまふ。はなひへくらさい」
「ああ。ごめんね」
……実際、レオンハルト様の力があればレクサス家もつぶす事はできるでしょうけど、いつもは私の考えを読み切るんですからこう言う時も察して欲しいです。
放して欲しいと伝えようとするのですけど、言葉が上手くは出てきません。
私が必死に何かを伝えようとしている事にレオンハルト様は両頬から手を放して困ったように笑っています。
「ミルアちゃんがレストと身分が釣り合わないから返事を聞けないと言うなら、私が君の身分を用意するよ。今なら、没落貴族、名家、何なら、私の義妹と選びたい放題だ」
「レオンハルト様の義妹はちょっと……それに養女になるのは何か違う気がするんです。そんな事をしてはレスト様にご迷惑がかかってしまいます」
「ミルアちゃんなら、そう言うと思ったけどね……さてと、そろそろ、私も戻らないと時間がないね」
身分で私の覚悟が決まるのなら、いくらでも用意してくれるとレオンハルト様は言ってくれるんですけど、正直、どこかの養女になりたいとは思えません。
養女に入ってしまうとお父さんを裏切って仕舞うような気がするし、私を養女にすると言ってくれる人はきっと私を使ってレスト様を利用しようと考えるでしょう。
そんな風にレスト様が使われてしまうのは不本意です。
レスト様のためにもそんな事はできないと首を横に振るとレオンハルト様は私の返事がわかっていたのか苦笑いを浮かべています。
見透かされてはいるのですけど、不思議と今はイヤな気がしません。
「お屋敷の外までお送りします」
「いや、良いよ。ミルアちゃんが行くのはレストのところだし……目をそらさない」
「いえ、それとこれとは別と言うか。振られた時の事を考えてお屋敷を出て行く準備を終わらせてからじゃないと」
茶化されていたような気もしますけど、話を聞いていただいて少し楽にもなった事もあり、レオンハルト様を見送ろうと立ち上がります。
……レスト様から返事を聞くのが怖くて逃げようとしているわけではないですよ。
ただ、私の考えはレオンハルト様には簡単に読まれているため、レオンハルト様はレスト様がいるお部屋を指差して笑う。
無理です。振られた時の準備をしないといけないので。
「……後ろ向きだね」
「当然です。それに私にだって心の準備が」
「良いから行く。ダメだったら、就職先も探してあげるから、行かないなら背中を押してレストの前まで連れて行くよ」
「わ、わかりました。行きます……ルーディス様がいない時に」
私の後ろ向きな様子にレオンハルト様は呆れたと言いたげにため息を吐く。
いや、レオンハルト様が同席しているのは不味い。
どんな結果が出ようとその時の様子でからかわれるに決まっている。
そう思った時、レスト様とルーディス様が一緒にいる事を思い出す。
ルーディス様は私をからかうような事はしないと思うけど、絶対にダメです。
結果がどうであれ、告白の返事は2人っきりの時の方が良いです。
「ルーディスは話し合いを終えてすぐに学園の方に行ったよ。後、いつまでも行かないと他の人達が出てくるけど」
これでレオンハルト様も納得してくれるだろうと思ったのですけどすぐに却下されました。
そして、自分がいなくてもレクサス家の使用人達が見に来ると言うのだ。確かにその通りですね。
「わ、わかりました。い、行ってきます」
「うん。ミルアちゃん、頑張れ」
「は、はひ。行ってきます。ほ、骨は拾ってくださいね」
「……あれだね。ミルアちゃんの中では振られる事が前提なんだね」
事あるごとに私とレスト様の事をからかっていた先輩達がレクサス家にはいるんです。
下手をしたらレオンハルト様より、性質が悪い人達です。
レスト様の事ですから、あまり気にせずに私を振ってくる可能性があります。
それを見られてからかわれると私は立ち上がれません。
何度も言いますけど、私はMだけど羞恥は耐えられないんです。
覚悟を決め、レオンハルト様に頭を下げてから、レスト様が報告書をまとめている書斎に向かって駆け出す。
背後からレオンハルト様のため息が聞こえた気がしますけど、振り返ると覚悟が揺らぎそうなので振り返りません。
次話で完結になります。
最終話は今日の午後に投稿する予定です。
楽しんでいただければ幸いです。




