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四十品目

「絶対に違うんですからね」

「もう良いから、集中してよ」


フェミルアから届けられた小麦粉は厨房にも運ばれていました。

厨房に行くまでにレオンハルト様とルーディス様を捕まえましたが、レオンハルト様はずっとニヤニヤとしています。

ケーキを焼きながら、何度も先ほどの発言を否定しているのですがずっとです。

ドSなレオンハルト様に聞かれてしまった時点でこれから、ずっとからかわれ続けると容易に想像が付くのですけど、どうにか出来ない物でしょうか?


だいたい、私がレスト様にケーキを焼きたいと言っても、これは私だけの想いであって、レスト様にはまったく関係のない話です。

レスト様にとって私はただのメイドなんですから……お、落ち込んでなんていませんよ。


「レスト、私が言うのもどうかと思うが、言わないと気が付きそうにないぞ」

「……」

「わかっているなら、はっきりと言えば良いだろう」


……レスト様もルーディス様も助けてくれても良いのに。

レオンハルト様から助けて欲しくてレスト様に助けを求める視線を向けるのですが、ルーディス様と話をしていて私の救援要請には気が付いてくれそうもない。


「ねえねえ。ミルアちゃん、それなら、レストのところのお嫁に来てくれないかな? この通り、表情がないせいか縁談の話が出てもすぐに断られてしまうんだから」

「……あのですね。レオンハルト様、知っての通り、私はレクサス家のメイドなんです。平民なんです。ご冗談はおやめください」


正直、レオンハルト様の相手をするのが面倒になってきたのでどうにかしたいとため息が漏れた時、レオンハルト様はおかしな事を言い始める。

身分のある家の娘さんがレスト様の表情の無さに恐怖を抱いて縁談を断っている事は有名な話です。

だからと言って、身寄りのない平民の娘である私がレクサス家のお嫁さんになれるわけなんてない。

私はレスト様の事が……きっと、好きなんでしょう。まだ、実感などはありませんけど。

それは私だけの気持ちであってレスト様が私の事をどう思っているかはまた別の話なんです。

レスト様は元々、お優しい性格をしていますから、先ほどの告白じみた言葉で憐れんでレオンハルト様の提案に頷いてしまうかも知れない。

私にとっては都合が良い事かも知れませんけど、愛のない結婚をレスト様にさせるわけになどはいきませんし、平民を迎え入れた事でレクサス家の品位を下げてしまう可能性だってある。

それにそんな事をしてしまっては独りぼっちになった私を拾ってくれたクロード様に申し訳がない。


だいたい、レオンハルト様の事ですから、これは悪質な冗談である事は明白です。

自覚したのは少し前だとしても私の淡い恋心をからかうのは遠慮して欲しい。


「身分が気になるなら、どこかの養女になるかい? その後に正式レストのお嫁さんになるっているのはどうかな?」

「……レオンハルト様」

「養女か? それは悪くないな」


どれでもレオンハルト様は私をからかうのを止める気が無いようで養子縁組するとまで言い始める始末です。

さすがにこれ以上はおふざけが過ぎます。

我慢しきれなくなって焼きあがったスポンジケーキをオーブンから取り出して、レオンハルト様のお顔に向かって笑顔で狙いを定める。

私の行動が予想できたのか、レオンハルト様の顔が小さく引きつるのが見えました。


ただ、もう遅いのです。

純粋な乙女心をからかわれた私のハラは決まったのですから。


しかし、次の行動に出ようとした時にレスト様とお話をしていたルーディス様がレオンハルト様の言葉になぜか頷いてしまいます。

ルーディス様がまさかの悪乗りに乗っかってくるとは考えていなかった私はどちらに焼きあがったスポンジケーキをぶつけるべきか迷ってしまいます。

2等分して半々ずつ、ぶつけるべきでしょうか?

幸い、私には手が2本ありますし……ただ、利き手でない方は命中率が下がりそうです。


「あ!?」

「た、食べ物も粗末にするのはいけないと思うんだ。それに小麦粉は貴重なんだからね。無駄にはできないよ」

「……ミルア、厨房で遊ぶと叱られるぞ」

「そ、そうですね」


一瞬の迷いがスキを生んでしまい。

レオンハルト様にスポンジケーキを取り上げられてしまいました。

勝ち誇った表情をするレオンハルト様の様子に一矢報いようと攻撃方法を探そうと厨房内へと視線を移す。


……生クリームか? 掃除が大変ですよね?


生クリームをぶつけても強力な攻撃にはなりえない。

それどころか掃除の関係で間違いなく、料理長に怒られてしまう。

新人さんもいるのだから、先輩としてお説教をされている姿は見せたくはありません……そうすると?


私がレオンハルト様への攻撃方法を考えていた時、私の耳にレスト様の声が届く。

彼の声に声が裏返ってしまい、そんな私の様子を見たレオンハルト様はまたもニヤニヤといやらしい笑みを浮かべだします。


「……ハルト、お前もだ。このままでは何も進まない」

「そう? 少なくともレクサス家の嫁問題は解決すると思うんだけど」

「ハルト」

「はいはい。一先ず、私は止めるよ」


レスト様の目にもレオンハルト様の笑みは不快に映ったのでしょう。

表情を変える事なく、レオンハルト様へと近づいて行きます。

詰め寄られたレオンハルト様は表情をそらしながら降参だと両手を上げてくれるのですが、レオンハルト様です。

信用は皆無です。


「ミルアちゃん、言いたくないけど、私はこれでも正式な次期国王様だからね。もう少し尊敬をしてくれても良いと思うんだ」

「それは知っています。ただ、尊敬するにはレオンハルト様が態度を改めていただけないと無理ですね」

「……ミルアちゃん、どんどん、私の扱いが酷くなっているのは気のせいかな?」

「私も成長するんです」

「それで、ルーディス、何か企んでいたような表情をしていたけど」


レオンハルト様はどうやら、私の考えている事をまた読んだようですけど、私にも我慢の限界はあります。

その件をしっかりと伝えるとレオンハルト様はわざとらしく肩を落とすのですけど、どう見ても反省してくれている様子はありません。

私はMですけど、レオンハルト様にからかわれるのはあまり悦べないため、主張すべき事は主張するべきだと考えて拒絶の意志を見せます。

レオンハルト様はつまらないとため息を吐きながら、私にスポンジケーキを返してくれるとルーディス様へと視線を向ける。


「……いや、後にしよう。それより、早くしてくれないか? 話し合いが進まない」

「わかっていますけど、それをルーディス様に言われるのは納得がいかないです」

「そうか。それは悪かった」


ルーディス様はまだ考えがまとまっていないのか、首を横に振るとケーキを仕上げるように催促される。

私がケーキを焼ける精神状態かどうかはこの際おいておくとして、フェミルアから運ばれてくる物が事前に小麦粉だとわかっていればこんな事にはなっていなかったはずなのに……

考えてしまった事が口から漏れだしてしまい、慌てて両手で口を塞ぐのですがルーディス様は気にしている様子はまったくありません。

ルーディス様には先ほどお話を聞いていただいたため、謝罪の意味も込めて深々と頭を下げた後、ケーキの仕上げに移ろうとスポンジケーキへと視線を移します。


不安を吐き出してしまった事もあり、いざ、仕上げにかかろうとすると身体が震えてしまうのではないかと考えてしまう。


……大丈夫。おかしな緊張はしていない。

緊張と言うより、レオンハルト様の相手で酷く疲れた分、緊張も何もないのかも知れません。

ただ……お礼は言いたくはありませんね。


「ミルア、大丈夫か?」

「はい。大丈夫です……緊張感がなぜかすっぽり抜け落ちています」


私がケーキを前に動かないのを見て、レスト様が心配そうに声をかけてくれました。

身体の震えも、不安が押し寄せても来ていないため、大きく頷いて見せるとレスト様は小さく表情を緩ませてくれました。

彼の表情の変化につられて頬が緩みそうになるのですけど、その時にレオンハルト様のニヤニヤとした表情が目に入ってしまい、せっかくの良い気分が台無しになってしまいました。


「それじゃあ、始めます」

「ああ、期待している」


イヤな気分を振り払うようにケーキへと視線を向ける。

後ろからレスト様の声が聞こえて、気合も倍増ですよ。


「そこでもっと良い言葉が出てこないのがレストだよね」

「……出てきたとしても、ミルア=カロンだ。気が付かないだろう」

「それもそうだね」


……ただ、せっかく、気合を入れたのにレオンハルト様とルーディス様から小バカにされているような気がします。

そうですよね。さっきまでボロ泣きしていたのにレスト様のために美味しいケーキを焼きたいって考えるだけで泣き止んだおかしな女ですから仕方ないですよね。


……絶対に見返して見せます。


レスト様への気持ちの他にいろいろな雑念が入りましたけど、ケーキは美味しい物ができました。

それと……小麦粉がフェミルア産に変わってもお父さんのケーキは再現できませんでした。

悩んでしまっていた自分がバカみたいでしたけど、レスト様が笑顔を見せてくれたので私的には満足です。


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