三二品目
「……」
「どうかしましたか?」
「ミルアか……休憩か?」
相変わらず、レスト様が忙しいせいかケーキ屋めぐりに行く事はありません。
私もレスト様の息抜き用のケーキや先日からレクサス家に雇われ始めた後輩3名の指導と言う名の愚痴を聞く役などで大忙しです。
愚痴の内容のほとんどはレスト様が怖いとか、不気味とかですけど……
後輩の指導を先輩に引き継ぎ、休憩でもしようとお部屋に戻ろうとした時、中庭でレスト様を見つけました。
レスト様はイスに腰を掛けて空を見上げているのですが何か様子がおかしい。
何かあったのかと思い、声をかけて見るといつも通りの表情筋が休憩中のお顔が私へと向けられます。
「はい。レスト様は休憩と言うわけではなさそうですね」
「……そうだな。問題が多すぎて休んでなど居られないのだが、どうも考えがまとまらなくてな」
表情筋に変わりがありませんが、様子から見てかなり精神的に疲労しているように見えます。
ただ、これはケーキでは回復しそうにはなさそうです。
最近は外交のお仕事で王城に足を運んで隣国の方々と難しい話をしているようですから、その関係なんでしょうか?
外交の話にたかが1メイドが口を挟むわけにはいかないため、どうして良いかわからず、なんと声をかけて良いのかわかりません。
「あ、あの」
「無理に何かを言おうとしなくても良いが……ミルアにも関係なくはないか」
「へ?」
それでも、レスト様の役に立ちたいと思い、必死に言葉を探そうとするのだけど、ただ、慌てるだけしかできない。
情けなくて肩を落とした時、レスト様は私にも関係ある話だと言い出してくる。
私に関係ある話って何?
心当たりなどまったくない私は間の抜けた声を出してしまうのですけど、レスト様の表情にはまったく動きはない。
「あの、私に関係あると言うのはどういう事ですか?」
「……今年、シュゼリア王国は不作と言う事はお前も知っているだろう?」
「はい。そのせいで、オーミット出身の人達をレクサス家でも雇い入れていますよね」
お仕事の事で悩んでいるようですが、私にわかる事など何もなさそうなんですけど、何が関係あるんでしょうか?
雇い入れる人を増やすと言う事なんでしょうか?
「……その中でも小麦は最悪だ。このような時のために私達だって様々な事をしてきたのだ。輸入に頼らなければいけない状況だ」
「小麦ですか……ケーキ、焼けなくなってしまいますか?」
「焼けなくはないが……」
レスト様は空を見上げたまま、話し始める。
誰かに話をする事で考え事をまとめようとしているようにも見えたため、その話に耳を傾ける。
小麦が不足するかも知れないと聞いて、すぐにケーキの事が思い浮かんでしまったのだけど、ケーキだけの問題ではない。
怒られるのではないかと思い、レスト様へと視線を向けると彼は小さくため息を吐いている。
呆れられてしまったかな? 少しバツが悪くなってしまい、視線をそらしてしまうのですけどレスト様は何かあるのか言葉が続いてこない。
やはり、小麦不足になってしまえば、ケーキは焼けなくなるのでしょうか? それはレスト様や私にとっては死活問題ですね。
「量を減らさないといけなくなりますね」
「それもそうなのかも知れないが、シュゼリア王国に輸出できるのは去年の残った品質の悪い物だと言うのだ。それも通常よりもかなり高い値段を提示してきた」
「そ、それって、足元を見られているって事ですか?」
「そういう事だ。それに品質の悪い物だとせっかくのミルアのケーキの味も落ちてしまうからな」
小麦の件を打診していた隣国はシュゼリア王国の足元を見ているようでかなりの無理な条件を出してきているようです。
レスト様は何とか、シュゼリア王国のために努力しているようですが相手もいる事なので上手く行きそうにはなさそうです。
レスト様だから、良い方の小麦はなるべく、他のところに回るようにするでしょうし、仕方はありませんよね。
「……ミルア、何を考えている?」
「いえ、小麦粉が悪いとしても何とか工夫して美味しいケーキを焼けるように頑張ろうと思います」
「そうか……」
小麦粉が悪くても、レスト様のために美味しいケーキを焼かないといけない。
気合を入れ直すとレスト様は小さく表情を緩ませてくれます。
ただ、その笑みには陰りがあるようにも見えました。
やはり、レスト様にとってはケーキの味が落ちるのは死活問題のようです。
その時の事を考えるだけで弱って行っているように見えます。
これはダメかも知れない……
「あ、あの。レスト様、その小麦粉って先に手に入れる事はできないんですか?」
「どうしたんだ?」
「その時になった時から慌てて、美味しいケーキが焼けないのは困りますから研究を、ほら、ブライさんも小麦の事を心配して研究していましたし、私も負けていられないと」
「そうか……少しだけある。さっき料理長にも見せたのだが難しい顔をしていた」
いざ、悪い小麦粉が来た時に失敗したケーキを食べさせてはレスト様に申し訳ない。
特徴くらいつかめないかと問題の小麦粉に付いて聞いてみるとレスト様はその小麦粉を入手していたようで立ち上がると厨房に向かって歩き出す。
休憩だったはずなんだけど、そんな事はどうでも良くなってしまい、レスト様の後を追って厨房に向かう。
「レスト様にミルアちゃん? どうかしましたか?」
「……これはどう言った状況だ」
厨房のドアを開くと料理人達が問題の小麦粉を囲んで難しい表情をしている。
その中には先日、雇い入れたオーミット出身の人もいる。
料理長が私達に気が付き、首を捻るとレスト様はこの状況について聞く。
レスト様に声をかけられて新人さんは完全に腰が引けているのですけど、長くレクサス家に仕えている者達はまったく動じない。
その様子に少しだけ表情が緩んでしまうのですけど、今はそんな状況ではなさそうなため、表情を引き締める。
「新人が。こんな小麦粉を使いたくないって言うんです。この間まで、作っていた人間から見れば、こんな物は使いたくないでしょうけど、仕方ない事ですしね」
「そうか……」
「……レスト様、新人さんには刺激が強いですから」
「わかった。怒っているわけではないから、話を聞かせてくれ。本来なら、話をするなら、お互いに顔を見合わせた方が良いのだけどこの方が良いのだろう」
小麦粉の質はやはり良くないようであり、オーミット出身者の人達にはかなり納得がいかないもののようです。
料理長を始めとした料理人達も質の悪さに文句はあるようですけど、レスト様だけではなく、クロード様にも長く仕えて来た方達です。
レスト様がシュゼリア王国で誰よりもこの質の悪い小麦粉を使おうと考えているのがわかっているのです。
だから、苦笑いを浮かべながらも必死に何かを考えてくれているのですけど、新人さんは自分が逆らったとレスト様に思われたのだと勘違いしたようで後ずさりして行く。
このままでは話にもならないと思った私はレスト様の服を引っ張った。
レスト様は表情がない事で他の方達から怖がられている事を最近やっと理解してくれたようで私の意見を聞き入れてくれるのだけれど、その視線は私の顔に向けられてしまいます。
……近い。それにだからと言って私の顔を覗き込む必要はないと思うんですけど。
新人さんはホッと胸をなで下ろしているから、良しとしよう。ただ、料理長達がニヤニヤとしているのが気になります。
「そんなに品質が悪いんですか?」
「ミルアちゃんも見ればわかるさ」
「……すいません。まったくわかりません」
料理長達の視線になんとなく、居心地の悪さを感じた私はレスト様から逃げるように小麦粉を覗き込む。
しかし、正直、何が悪いのかまったくわからない。
隠し事をしても仕方ないため、小麦粉の違いがわからない事を正直に白状すると厨房にいた全員から呆れたと言いたいのか大きなため息をいただいてしまいました。
「し、仕方ないじゃないですか。私はただのメイドで料理人でも毎日、手料理を食べてくれる愛する男性もいないんですから」
「……だとしても、レクサス家の厨房に入る物の1人しては最低限、覚えておいて欲しいな」
私が悪くない事を主張するのだけど、どうやら形勢は悪い。
逃げてしまおうとも考えるのだけど、私がいるのは厨房の中心で入り口のドアを塞ぐように立っているのは雇い主であるレスト様です。
押しのけて厨房から出て行くわけにも行かない。
どうするべきか……
「……レスト様、ミルアちゃんに食材の良し悪しを教えようと思うのですが問題ないでしょうか?」
「問題はない。ミルアにはケーキを焼いて貰うんだ。必要な知識だろう。使用人も増えたんだ。しばらくは料理長に預けると伝えておこう」
「レスト様からの許可が出たな。ミルアちゃん、しばらくはメイドはお休みだ。ビシビシ行くから覚悟しておけよ」
私が逃げ道を探している間になぜか、レクサス家のメイドから料理人見習いに職業が変えられてしまいました。




