三一品目
何が違うのかな?
焼き上げた休憩用のケーキの味見をしてみたのですけど、相変わらず、お父さんのケーキの味が再現できません。
レスト様も楽しみにしていると言っていたので何とか、再現したいんですけど、上手くはいかない物です。
「……難しいな。何か手がかりでもあれば良いんだけど」
手がかりがないかと何度も読み返しているお父さんのレシピを覗き込むのだけど、何度も読み返したレシピだけあって今更、何かが見つかるわけもない。
「……本当に私が美化しているだけなのかな? でも」
先輩メイド達の言葉を思い出して小さく声が漏れてしまう……けど、やっぱり、そうは思えない。
単純に腕が足りないのか……それはそうか。お父さんは私が生まれる前からケーキを焼いていたんだ。
私が10年くらい頑張ってもお父さんの腕にかなうわけがない。
「うん。頑張ろう……どうして、ここに居るんですか?」
改めて、お父さんとの腕の違いに肩を落としてしまうがすぐに追い越せてしまうなどとは思っていない。
両頬を軽く2回叩き、気合を入れてケーキをレスト様に運ぼうとした時に背後に視線を感じる。
……この視線はレスト様ではない。レスト様の視線はもっといろいろな意味でぞくぞくする。
勘違いしないで欲しい。私は変態ではありません。ここは強く言っておきます。
ただ、この視線には身に覚えがあるのだけどなぜ、レオンハルト様がここに居るんでしょうか?
王子様なんだから、もっと王城で公務をしていて欲しいです……と言うか、最近、知ったのだけどレオンハルト様はお屋敷に頻繁に来ている。
私、なんで、今まで気が付かなかったんだろう?
自分の鈍さに小さくため息が漏れそうになるのですけど、レオンハルト様の前で不満を漏らすわけにはいかない。
「いや、態度で不満は充分に伝わっているから」
「……そんな事はありませんよ」
「そう思うなら、目をそらさない」
充分に気を付けていたつもりなのですけど、レオンハルト様はまだまだ甘いと言いたいのか、わざとらしいくらいに大袈裟にため息を吐いている。
態度に出てしまった事が気まずくなってしまい、視線が泳いでしまいました。
それでも、レオンハルト様は私の態度に気分を害する事はない……ただ、相変わらず、玩具扱いされている気がしますね。
「それで、今日は何の御用でしょうか? レスト様なら、今日も書斎でお仕事をしていると思います」
「明らかに話をそらしに来たね。私がいるのはそんなに都合が悪いのかい? ミルアちゃんは他のレクサス家の使用人に話を聞くとドMらしいから、ドSの私とは相性が良いと思うんだけど」
……ドSの自覚、あるんですね。
確かにMっ気はありますけど勘違いしないで欲しいです。私はドMではないです。
レオンハルト様の攻撃には耐え切れない。
このまま、レオンハルト様と一緒にいると胃の辺りが痛くなりそうです。
早いところ、レオンハルト様をレスト様に引き渡してしまおうとするのだけどレオンハルト様は厨房から出て行く気は無さそうです。
「……私はドMではありません」
「その冗談は笑えないね」
「冗談のつもりはまったくありません。レオンハルト様のSっ気は……何か違います。言うなれば方向性の違いです」
ドMだと勘違いされたままでは、いつまで経ってもレオンハルト様に攻撃を受ける事になってしまう。
主張するべき事として、言わなければいけない……おかしな罰はないよね?
不安はあるけど、レスト様もレオンハルト様相手なら、何をしても良いと言うような事はおっしゃっていました。
それでも腰が引けてしまうのですが、1つ深呼吸をして覚悟を決めます。
真っ直ぐとレオンハルト様を見て、ドMではないと否定するのだけど、即座に鼻で笑われてしまう始末です。
ただ、私もここで引き下がるわけにはいきません。ここで引き下がってしまうとまたお屋敷を訪問した時にレオンハルト様が私で遊びに来てしまう。
そんな無駄な時間を取らせるわけにはいきません。
何より、レオンンハルト様の攻めは私にとってなぜかご褒美になどならないからです。
「方向性の違い? それなら私のサドっ気には興味がないと言うのかい?」
「ないです」
「そうか……ミルアちゃん、これは何? ケーキのレシピかな? よく勉強していね」
レオンハルト様は眉間にしわを寄せて考え込み始めるのですけど、正直、厨房で考え込まないで欲しいです。
それにそろそろ、レスト様にケーキを届けたいですし。
レオンハルト様を1人にしておくわけにも行かない事もあるのですがレオンハルト様は何かお考えの様子のため、その間にケーキを切り分けようと包丁に手を伸ばす。
その時、レオンハルト様は私が先ほどまで覗き込んでいたお父さんのレシピになぜか興味を示してしまう。
「それは私のお父さんのレシピです。お父さんのケーキは私の焼いた物より、ずっと美味しかったんですよ。ですから、お父さんと同じ味が出せるように努力しているんです」
「そう……これだけのレシピをまとめておくなんて、研究熱心な人だったんだね。1度、会ってみたかったね」
「ありがとうござます」
なんとなく、レオンハルト様に追及されるのはイヤな感じがするのですけど、特に隠す事でもないため、真実を話す。
レオンハルト様は小さく頷くとレシピをパラパラとめくり始める。
レシピを眺める事に飽きたのかレシピを閉じるとレオンハルト様は小さく笑みを浮かべて、お父さんを誉めてくれた。
お父さんが褒められた事は嬉しいのですけど、レオンハルト様が相手では何か裏があるような気がしてなりません。
「どうして、疑うのかな?」
「それはレオンハルト様の日頃の行いとしか」
「ミルアちゃんも言うようになったね。せっかく、良い玩具を見つけたと思ったのにこれでは私の疲れが取れないじゃないか」
「……私をからかって疲れを癒さないでください。私も仕事があるんですから」
私の態度が不満なのかレオンハルト様は肩を落とすですが私もレオンハルト様に遊ばれてばかりはいられません。
あまり遊んでいるとレスト様から冷たい視線を……違う。これでは変態と変わらないじゃないですか。
否定の意味も込めて、言ってみるとレオンハルト様は観念してくれたようで小さくため息を吐いた。
「仕方ないね。ミルアちゃんがケーキを用意してくれたし、あまり、ケーキが遅くなってしまうとレストが怒るから、これくらいにしておこう」
「そうしていただけると私もレスト様にお叱りを受けなくて済みます」
「何を言っているんだい? レストはこんな事でミルアちゃんを怒るような事はしないよ」
確かにレスト様はこれぐらいの事で怒るとは思えない。
怒るとしたら、どちらかと言えば、レオンハルト様に対してか……それはそれで残念な気がするのはなぜでしょうか?
……あれ? なぜか、レオンハルト様に優しげな表情で見られていませんか?
これは先輩達が失敗した時に私を見ているような視線です。
何かやらかしてしまったんですか? でも、なんとなく、何をやらかしたのか聞くのは怖いです。
「行こうか? ミルアちゃん」
「は、はい」
私の視線に気が付いたのか、レオンハルト様は小さく口元を緩ませた後にレスト様のいる書斎へ向かって歩き出す。
レオンハルト様は私の事を気づかってくれているのかゆっくりと歩いてくれています。
しかし、こういう風に庶民でも女性として気づかう余裕があるのなら、普段もやって欲しい物です。
どうしても、いつもの私への態度が引っかかっているとレオンハルト様は私の考えている事に悪意を感じたのか急に立ち止まってしまう。
レオンハルト様にぶつかりそうになりはしたのですが、何とか止まる事ができた。
ほっとして胸をなで下ろすとレオンハルト様はゆっくりと振り返った。
どうかしたのだろうか?
何かおかしな事でもしてしまったかな?
「ミルアちゃんはお父さんのケーキをもう1度、食べたいと思う?」
「それは……そうですね。先ほども言いましたが、まだ私の腕が至らないせいで再現はできないですけどいつか再現出来たら良いと思います」
「腕が至らないか……本当にそれだけだと思っている?」
レオンハルト様の質問にもちろんだと頷く。
お父さんのレシピを再現する事は私の目標なんですから、それにレスト様も食べたいっておっしゃられていたのですから、頑張らないといけません。
だけど、レオンハルト様は何かあるのか真剣な面持ちで聞いてくる。
料理の腕以外だと何があるんだろう?
食材は私が子供の頃にお父さんが使っていた物より、ずっといいはずだ。
食材の良し悪しがあまり良くわからない私と違って調理長さん達が厳選したものなんだし。
食材が悪いとは思えないです。
「他に何かあるのですか?」
「……いや、何でもないよ。私も楽しみにしているから、お父さんのケーキが焼けたら、教えてくれるかな? ケーキに合いそうな紅茶でもお城から貰ってくるから」
「はい。わかりました。ただ、その時には紅茶を指定させていただきますから」
「了解」
なぜ、レオンハルト様がこのような事を聞くか、わからない私は首を傾げてしまう。
私の様子にレオンハルト様は何事もなかったかのように笑うと再び、レスト様のいる書斎に向かって歩き始めてしまいます。
その背中に私は何か違和感を覚えるのですけどそれが何かはわかりませんでした。




