二一品目
「……良く食べますね」
「そうか? 普通だろう」
「いえ、絶対に普通ではないです」
アイリスさんは目の前で次々とレスト様の胃の中にケーキが収まって行く姿に顔を引きつらせているのだが、当の本人であるレスト様は自分の甘党が普通だと思っているようで不思議そうに答える。
絶対に普通でないのだけど、アイリスさんは言葉にならないようで視線で私に言うように訴えてくるため、私は紅茶を1口飲んだ後に真実を告げた。
納得がいかないのかレスト様は表情を元に戻し、考え込み始めるのだけどすぐに考え事よりもケーキの方が優先だと判断したようで並べられているケーキへと手を伸ばす。
「……この間、ミルアちゃんが太ったって泣いていた理由って、これに付き合わされたから?」
「です。しばらく、レスト様がお仕事で忙しかったから、元に戻りましたけどね」
「そう良かったわね……ほどほどにね」
「はい」
目の前で消費されるケーキの量は絶対に1人で消費できる量ではない。
アイリスさんはレスト様の様子からいろいろと察してくれたようであり、大きく肩を落とす。
理解者ができると言うのはこんなに嬉しい物なんだと思いました。
先輩達はからかうだけで私の味方にはなってくれないから……
「……ふう」
「ま、満足していただけましたか?」
「そうですね」
「それは良かったです」
注文したケーキすべてを食べ終えたレスト様は何杯も砂糖を入れた紅茶を飲み干して一息ついた。
見るからに砂糖の味しかしない紅茶を飲み干すとレスト様の先ほどまで緩み切っていた表情はいつも通りの無表情な物に変わってしまう。
あの紅茶は絶対に身体に悪いと思うのだけど、言うだけ無駄なのではと思う事や食べ物の好みは人それぞれだから何も言わない。
アイリスさんはレスト様に追加注文はないかと声をかけるのだけど、顔は引きつったままである。
確かに売り上げが出たとは言え、これだけの数のケーキを1人で食べる人を見た事はないはずだから仕方ない。
「レスト様、それでアイリスさんに用事と言うのは何ですか? あまり長い間、居座るとアイリスさんも夜の準備をしないといけませんので」
「……用事?」
「……レスト様、ケーキで頭がいっぱいになっていませんよね?」
「なっているわけがないだろう」
満足げなレスト様に別件の用事に移ろうと声をかけるのだけど反応は鈍い。
これは本当に忘れているのではないかと不安になってしまい、もう1度、確認するとレスト様は問題ないと頷いてくれる。
でも、反応から見ていると思いだすまでは時間がかかったようです。
「アイリスさん、まずは先日、無理なお願いを聞いていただき、ありがとうございます……何かありましたか? まさか、聖騎士達が何か不手際を起こしましたか?」
改めて、聖騎士様達の休憩所を引き受け入れてくれた事にレスト様がお礼を言うのだけど、お礼の途中でアイリスさんの表情は面白くなさそうに変わってしまう。
レスト様も気が付いたようでアイリスさんが不機嫌な理由をきくのだが、アイリスさんの表情が晴れる事はない。
……ロゼット様、アイリスさんを怒らせるような事を言ってしまったのだろうか?
出会って間もないためか、すべてをわかっているわけではないけどロゼット様は良い人だ。
先日、アイリスさんに絶対に言ってはいけない事も教えている。
何かあって売り言葉に買い言葉だとしても……ないな。ロゼット様を見ているとアイリスさんに一方的に怒鳴られて終わりだ。
そう考えると……他の聖騎士様達か?
「……ロゼットの部下ですか? まったく」
私が思いついた事はレスト様も気が付いたようであり、ロゼット様の部下である他の聖騎士達が原因かと聞く。
アイリスさんは眉間にしわを寄せて頷き、レスト様は聖騎士達の行動に呆れている様子だが表情はまったく動かない。
い、胃が痛いです。
2人の間に挟まれて、ロゼット様を紹介してしまった私はいたたまれなくなってしまう。
……どうして、協力して貰っている人をわざわざ怒らせる理由は私にはわからないけど。
「……ロゼットの足を引っ張りたいだけだ。アイリスさん、申し訳ない。この件はロゼットや他の者達にも話しを聞き、失礼な行いをした者達には何か処分を与えられるようにお願いしておきます」
「ちょ、ちょっと、レスト様!? ミルアちゃん、レスト様を止めてって、なんで、ミルアちゃんまで!? 頭なんか、下げなくて良いです。悪いのは2人ってわけじゃないんですから」
私の考えている事などレスト様にはお見通しのようである。
レスト様は1度、席を立つとアイリスさんに向かい、深々と頭を下げてしまう。
ただし、表情は無表情のため、レスト様の事を知らない人から見れば、気持ちが入っていないように見える。
アイリスさんは2度のレスト様との遭遇に嬉しい事にレスト様の人となりを少しわかってくれているため、謝罪の気持ちは伝わるだろう……そうに違いない。そう思いたい。
それより、身分のあるレスト様が平民のアイリスさんに頭を下げているなか、使用人の私がイスに座っているわけにはいかない。
雇い主が頭を下げている隣で使用人がのんきに紅茶をすすっていてはレスト様の名誉を傷つける事になる。
その事に気付いた私は慌てて、立ち上がり、レスト様の隣に立って頭を下げた。
アイリスさんはレスト様の突然の行動に慌てて私に助けを求めるのだけど、私もレスト様の隣で仲良く頭を下げているため、どうして良いのかわからないようである。
「……やっと頭を上げてくれた。お客さんに何を言われるかわからないわ」
お店のホールで行われていたやり取りに宿を取っていたお客さんが顔を覗かせ、私達のやり取りを見て逃げ戻ってしまった。
今、2階にいるお客さん達はこのお店の女店主はあのレスト=レクサスに頭を下げさせるほどの強者と言う噂を広めるに違いない。
アイリスさんも私と同じ事を考えているようで大きく肩を落とすのだけど、レスト様はきっとわかっていないと思う。
「ごめんなさい。アイリスさん、きっと、私が原因だと思う。ロゼット様にアイリスさんがこのお店を大切にしている事を話したから、ロゼット様の事を良く思っていない方達が」
「良いわよ。ミルアちゃんやレスト様が悪いわけじゃないし。ただ、もう、協力はできないわ。その事は部隊長さんにも言ったから、もうこの店には2度と入れないって」
「……そうですか」
アイリスさんが怒っている原因を作ったのは間違いなく私だ。
レスト様が頭を上げたのを確認してもう1度、頭を下げるとレスト様がなぜか私に続いて頭を下げようとする。
レスト様の行動に気が付いたのかアイリスさんは悪いのは私達ではないと言った後、聖騎士達を店に入れないと言い切ってしまう。
アイリスさんの様子を見る限り、ロゼット様達聖騎士がこのお店に立ち入れる事はないだろう。
それどころか、王都でお店を経営している人達の繋がりは深い、下手をしたら窃盗団捕縛のために働いている人達の休憩場所は与えられない可能性が高い。
どうしよう……アイリスさんにケンカを売った方達はどうでも良いけど、警護をしてくれている方達の疲労がたまってしまえば窃盗団に逃げられてしまうかも知れない。
「それで、レスト様の用って何? まずはって言っていたから、他にも話があるんでしょう。言っておくけど、あの人達の話は要らないから」
「わかりました。少し時間を貰っても良いですか」
窃盗団に逃げられるのではと私が考えているとアイリスさんはレスト様の用件を聞く。
レスト様はアイリスさんを怒らせるのは良くないと判断したようであり、小さく頷くが話したい事にアイリスを怒らせる事もまぎれているようで許可を取って考え込んでしまう。
「ミルアちゃん、こうなると長かったりする?」
「長い時もあれば、短い時もありますね」
「そう。それじゃあ、ミルアちゃんはこっち」
アイリスさんはお店の仕込みを私に手伝わせたいようで笑顔でカウンター内に手招きをしてくる。
正直、働きたくないのだけど……レスト様の様子を見ていると今日は少し長そうです。
「私、今日はお客様」
「でも、レスト様のせいで、デザード無くなっているんだけど、お酒を飲みながら、ケーキ食べる人も結構いるんだけど、どうしてかしら、ケーキがほとんどないのよね?」
……それは脅迫です。
それに私がこのお店でケーキを焼いてしまうとレスト様にばれてしまうではないか?
先日と違って、今日はお客としてお店に来ているため、その辺りを強調してみる。
しかし、アイリスさんは私よりは1枚上手だ。
アイリスさんは笑顔で私の痛いところを突いてきます。
「でも、私……」
「大丈夫、大丈夫。ケーキは私が焼くから、ミルアちゃんは料理の下ごしらえと止まっていた分の後片付け」
「わかりました。手伝わせていただきます」
レスト様にはケーキを焼いている姿を見せられないため、言葉を濁す。
私が心配している事などアイリスさんも理解できており、レスト様に聞こえないように顔を近づけてケーキは手伝わなくて良いと言ってくれる。
逃げ道がない事は理解できたため、私は大きく肩を落とした後にカウンター内に向かう。




