十二品目
……どうしてこんな事になったんだろう?
1日の仕事を終えた私は部屋に戻り、お布団に入ったのだけど突然出てきた問題のせいか眠りに付けなかった。
気分でも変えようと厨房で水を飲んだ後、レクサス家の中庭に移動して星空を眺めていた。
しばらく星空を眺めていれば眠くなると考えての物だったんだけど……なぜか、今、私の隣にはレスト様が座っています。
「……」
話しがあるのかな? と思っているのですけど、レスト様は黙ったままであり、この沈黙に耐え切れないのですがさすがにレスト様を1人にしておくわけにも行かず、私はこの場を離れられません。
どうしようとちらちらとレスト様の顔を見てみる……やはり、美形だ。
観賞物としては問題ない上に表情はまったく動かないけど会話は成立する。
そんなに悪くはないと思うんだけど……
改めて、レスト様の顔の造りや性格を考え直してみる。
どうして、嫁が来ないんだろう?
私達が小姑扱いされていて誰も近寄らないのか?
「……ミルア」
「は、はひ!?」
「何を慌てている?」
私がレスト様に付いて分析を始めた時、突然、レスト様に名前を呼ばれる。
突然の事で声が裏がってしまい、慌てて姿勢を正す。
「何ですか?」
「私のセリフだ。いくら、屋敷の敷地内とは言え、窃盗団が来ているのかも知れないんだ。早く部屋に戻れ……何だ?」
平静を保とうと1つ深呼吸をした後にレスト様の顔へと視線を向ける。
レスト様は私がうろついているのを見つけて心配してくれていたようだけど、このお屋敷で1番偉い人がメイド1人のために動くのは問題があるのではないだろうか?
私が疑問を持ってしまった事にレスト様は気が付いたようで私の顔を覗き込む……心配してくれているなら、少し表情に出して欲しい。
月明かりで照らされているせいか、薄暗い事もあり、あまり、無表情でも気にならないのだけどいくらメイド相手でも私は乙女なんだ。
あまり、近い距離に入らないで欲しい。少しドキドキしてしまうじゃないか……
「あの、窃盗団が出るかも知れないのでしたら、レスト様こそ、寝室にお戻りください。私はもう少しだけ夜風に当たってから部屋に戻りたいと思います」
「そうか……それなら、私もそれまで付き合おう」
胸が若干、高鳴っているがレスト様に気づかれないようで先に寝室に戻って欲しいと言う。
しかし、レスト様は何を思ったのか私に付き合うと言い始め、部屋に戻る気配はない。
……困った。
レスト様は1度決めたら、動かない。
それなら、もう部屋に戻ってしまおうか……
「ミルア」
「は、はひ」
「……なぜ、声を裏返す? 何か私がここに居ては不味い事でもあるのか?」
この状況を変えようとレスト様を追い返す方法を考えていたら、レスト様にまた名前を呼ばれる。
考え事をしていたせいか、先ほどと同じように声を裏返らせてしまう。
2度も声を裏返したせいか、レスト様は私が何かおかしな事を考えていると思ったのか疑っているようにも見える。
「そう言うわけでも無いのですけど……」
「それなら、構わないだろう」
「ですけど、レスト様に何かあっては夜風も冷たくなってきましたし」
「……確かにそうだな」
レスト様はこの国の外交を担っている方だ。
窃盗団が現れないにしろ。風邪でも引かれると困る。
何とか説得しようとするとレスト様は小さく頷いてくれる。
これで戻ってくれるかな?
「な、何をするんですか?」
「こうすれば寒くないだろう……どうした?」
レスト様が部屋に戻ってくれると考えていた私の肩にレスト様の手が伸ばされた。
突然の事に何があったか理解できない間に私の身体はレスト様に抱き寄せられてしまった。
レスト様の体温が伝わってくるのだけど、突然の行動にどうして良いかわからずに言葉が出てこない。
口だけは何とか動いているようであり、私の姿にレスト様は首を傾げている。
「な、何をしているんですか!?」
「……風が冷たくなってきたと言っていたのは、ミルア、お前だろう?」
「だ、だとしてもやって良い事と悪い事があります。良いですか? レスト様、胸はありませんが私はこれでも年頃の娘なんです」
「……知っているがミルアに風邪をひかれても困るからな」
何とか声を上げて、レスト様の腕の中から脱出を試みるが跳ね除ける力は足りない。
レスト様の腕の中でジタバタと暴れるのだけど、レスト様は私を放す気は無いようである。
どうして、こうなったんだろう?
今の状況を考えるのだけど、こんな状況で考え事などできるわけもない。
レスト様も体温が伝わってくる……そして、体温だけではなく、鼓動や吐息もすぐそばにあるのだ。
それに身分差のある物語には夢があります。
……どうして、今、キュリアちゃんの言葉を思い出すの?
そんな展開、今まで考えた事もなかったから……無いな。レスト様が私に恋心を持っている事はない。断言しても良いはずだ。
私は小さな頃からレスト様に仕えているんだ。
気にかけているにしても妹とかそう言った物だろう。
そう考えると家族の情と考えるのが普通だろう。でも……
レスト様だって良い年の男性だ。
情欲に負けて……まさか、このまま、押し倒されてしまうのか?
いや、いくら、レスト様に女っ気がないとしてもメイドに手を出したらダメだろう……いや、でも、好みのメイドを雇って手ごめにしている人間もいると聞く。
それどころか、メイドと言う職業に興奮を覚える人達もいると聞く。
……まさか、私が知らなかっただけで、レスト様はそう言う人? だから、良い話が出てこなかった?
他のお屋敷なら若いメイドもいるけど、うちのお屋敷では私以外はかなり年を取っている。
近場で済ませようとしているのか?
「ミルア、すまなかったな」
「な、なんで謝るんですか!? ま、まさか、これから私を手ごめにするつもりですか?」
「お前は何を考えているんだ。そんな事を考えてはいない」
いろいろな妄想が膨らんでいるところでレスト様の耳元に届いた。
その言葉は私に対する謝罪であり、私は再び、レスト様も身体を跳ね除けようと腕に力を込めるがレスト様の身体はびくともしない。
抵抗を見せる私にレスト様は大きく肩を落とした……
……違うのか? 私の勘違いなのか?
やっぱり、あれか? 胸がないから欲情もしないのか?
……待った。これだと私は押し倒されるのを期待しているようじゃないか? 私はMだから男性に押し倒して欲しいけどできれば初めては好きな人が良い。
いや、これだとどう考えても私の方が変態だ。
そう考えると急に恥ずかしさが溢れ出てくる。
「……ミルア」
「何も言わないでください」
「そうか……」
周りが見えないからわからないけど、きっと、顔は真っ赤に染まっているだろう。顔が熱を持っているのがわかる。
今が夜だと言う事に少し感謝するが、今回の勘違いはさすがにその程度では払しょくしきれない。
そして、私の様子がおかしいと気づいたようでレスト様は心配そうに声をかけてくれるんですが、今の状況ではその優しさが痛いんです。
それにまずは優しい声をかける前に開放してください。ここから逃げ出したいので……
「謝りたかったのはケーキめぐりの事だ。それほど負担になっているとは思わなかった」
「い、いえ、私も甘い物は好きなので始めは得したと思っていたので、ただ、あまりにも間隔が短いのと1日で行くお店の数が、私の意志が強ければ個数を減らす事もできるんですけど……レスト様があまりに美味しそうに食べているので、私の楽しくて」
レスト様の目には私が落ち着いたように見えたのか、ケーキめぐりに付いて謝ってくれる。
正直に言ってしまえば、あれは私の意志の弱さが問題だったのだ。
やり方がいくらでもあったはずなのに、それでもケーキを食べてしまったのは私です。
自己管理ができなかったんです。恥ずべきは自分の食欲です。
「そうか。それなら、いくつか問題を修正すれば、また、付き合ってくれるか?」
「それがご命令なら」
「命令ではない……私はお前を誘っているのだ」
レスト様は私に1人でのケーキ屋めぐりを止められたせいか妥協点を見つけようとしているようである。
そこまでケーキを食べたいのかな? とも思うがレスト様ほどではないものの、私もケーキが食べたい。
だけど、ダイエットだと騒いだ事もあり、すぐに返事ができずにレスト様の命令に従うと言ってしまう。
レスト様は私の答えが癇に障ったのか、声質が変わった。
め、命令ではないって、どういう事? この間は命令だって言ったのに?
それに身分差のある物語には夢があります。
……いや、だから、なぜ、ここでキュリアちゃんの言葉を思い出す。
キュリアちゃんの言葉を頭から振り払うために大きく首を横に振り、深呼吸をする。
「命令ではないと言うのはどう言う意味でしょうか?」
「……私もお前と同じだ。ミルアとのケーキを食べるのが楽しかったのだ。これ以上は言わん。自分で考えろ」
「そ、そうなんですか?」
息を整えた後、レスト様の言葉の意味を聞く。
彼は1つ咳を吐いた後に、楽しかったからと答えてくれる。
その言葉に表情に出なくてもレスト様が照れているのがわかり、私も恥ずかしくなってしまう。
「それで、どうするんだ?」
「は、はい。お供します」
「そうか」
レスト様は私の答えを確かめるように聞いてくる。
断る理由のない私は大きく頷くとレスト様は私の返事が嬉しかったのか、ケーキがないのにも関わらず、いつもは固まりきった表情が笑顔に変わって行く。
あ、あれ? どうして? すごく、ドキドキする?
それに身分差のある物語には夢があります。
そして、三度、頭の中に響くキュリアちゃんの言葉。
いや、ない。これは次に食べるケーキに胸をときめかせているだけだ。
私に向けたものではない。
そ、そうに決まっている。
「……ミルア、さすがに風がかなり冷たくなってきた。もう部屋に戻った方が良い」
「そ、そうですね。そうします。し、失礼します」
レスト様がいつもとは違って見え、私は逃げるように中庭を後にしたのだけど、お布団に入ってもキュリアちゃんの言葉とレスト様の笑顔が頭から離れず、なかなか寝付けませんでした。




