また会いましょう。
窓から穏やかな日差しが病室へと差し込む。俺の今後も明るいといいなぁ……。
――そう、俺はついにこの施設から外の世界へと飛び出す日を迎えたのだ。
俺の痔もとい大人への階段事件から一週間後、性転換手術のリハビリを終え、家へ帰る事となった。結希はもっと早い内に出れたみたいだが、なぜか俺が退院するまで待っていたらしく、本日、俺と一緒に退院することとなった。
しかし、あの勘違い事件は壮絶だった。結希には恥ずかしいとこ見られるし、親父や三枝さんにはあの後散々ネタにされたし……。
「ちょっとぼーっとしてないで、あんたも荷物片付けなさいよ」
遠い目をして、過去に思いを馳せていた俺を退院の付き添いに来たお袋の一言が現実に引き戻す。
「へいへい。って言ってもそんな持って帰る物あったっけ?」
「私もそんなにないと思ってたけどねぇ。あんたどんだけ下着持ってんの? 紙袋一杯になったんだけど?」
「いや、何でだろうね?」
何枚あっても困らないからと、三枝さんが退院祝いに用意してくれた。当人曰く花束の代わりらしい。ある意味花みたいに綺麗ですけどね!
「よし、荷物はこれで全部ね。家の方はきちんとやっといたから安心しなさい。あんたの部屋も見違えたわよ~!」
「え……? 俺の部屋に何かしたの?!」
「ふふっ。帰ってからのお・た・の・し・み」
そう言って俺にウインクをしてくるお袋。中年女性のウインクなんてウザいだけだな。ていうか、不安だ。マジで不安だ。俺の城は一体どうなったんだろう……。俺のお宝たちは無事だろうか……?
ただ、最も問題なのは学校生活が再開される事だが……。これはもう考える事は止めた。考えたら身が持たないマジで。
「さあ! 早く帰りましょう!」
意気揚々と病室を出ていくお袋とは対照的に俺の足取りは非常に重かった……。
お袋の背中を追うように重い足を引き摺りながら、長い廊下を抜け、馬場に謎の液体どろっとを飲まされたトラウマロビーへ出た。
そこにいたのは結希と知らない誰かと三枝さんと親父と馬場さんだった。馬場さんの姿を見つけた瞬間、体がびくっと硬直したのは仕方ないと思う。うん。
「あ、優奈っ!」
歩いてくる俺に気が付いたのか駆け寄ってくる結希。そして、そのまま俺へと抱き着いてきた。何かあの事件以降、やたらとべたべたしてくるんだよな……。嫌じゃないけどね? しかし、荷物で両手が塞がってるから抵抗できん。
「こらっ! 結希、危ないでしょう!」
先ほど見かけた女性が結希に注意をする。前に言ってたお姉さんだろうか? 結希とは対照的な長い髪、背丈もモデルのように高い。物腰も落ち着いてて、大人の女性って感じだな。
「えっと、結希のお姉さんですか?」
「うん、そうよ。結希の姉の忽那真希です。あなたが優奈ちゃんよね? ちょっと物事を勘違いしちゃう所がかわいい優奈ちゃんよね?」
いたづらっぽく笑いながら俺に自己紹介をしてきた結希のお姉さんの真希さん。うん。ちょっと待とうか。完全にあの件を知ってますよね?
「その件に関しては本当に恥ずかしい極みですので、そっとしておいていただけると助かります……」
「ふふっごめんね? かわいい子ほどからかいたくなるって言うじゃない? 優奈ちゃん本当にかわいいんだもの!」
「言わないと思います! ていうか、あの、顔……近いです……」
なんでそんな顔を近づけて来るんですか! 綺麗な人にこんな近くから見つめられるなんてご褒美だけど照れる!
「真っ赤になっちゃってかわいいんだ! って結希、いつまで抱き着いてるの?」
そう言えばさっきから結希が一言も発していない。何か体が震えてるけど、大丈夫か。
「結希? どうかしたのか?」
荷物をとりあえず床に下ろして、腰に抱き着いている結希の肩をそっと離す。特に抵抗も無く離れた結希だが、その顔は涙に濡れていた。
「ど、どうした? どっか痛いのか?」
「う、うう……ん。ち、ちがううう」
「あ~、たぶんね? 優奈ちゃんと離れたくないのよ。結希にとってこんなに仲良くしてくれた友達って初めてだから……」
困ったように笑いながら、泣いている結希を見つめる真希さん。意外だな。結希って誰とでもすぐ仲良くなれそうだが……。
「男の時から女みたいってだけじゃなくて、自分は女の子になるんだー!って公言してたから中々、受け入れてくれる子がいなくてね。実際に女の子になったし、これを機会に別の学校に転入する予定だから、そういう事は無くなると思うけど……」
結希は何ていうか真っ直ぐだからなぁ。でも、そこが結希の良いところだと思うけどな。結希には色々助けて貰ってるし、これからも良い友達でいたいと思う。
「結希! 泣くな! 何も一生会えないって訳じゃない。落ち着いたら遊びに行くし、お前も落ち着いたら遊びに来いよ! 俺もお前が女になって初めての友達だし、同じ性転換者だ」
落ち着かせるように結希の頭を撫でる。少し落ち着いたかな?
「ほ、本当に?」
「ああ、約束だ。何なら俺と一緒の学校に通うか? 全く結希は甘えんぼだなぁ」
「それ、僕のセリフだよ! もう、優奈のバカ……」
冗談めかして言うとやっと笑顔を見せる結希。うん、やっぱり笑ってる方が結希らしい。
「それもありかもねぇ。ま、もう私たちの地元の学校に転入手続き取っちゃってるから難しいかもだけど……」
「お姉ちゃんまで! それが無理って事は僕だって分かってるよ! 優奈と一緒の学校に通えたらそりゃ嬉しいけどさ」
「ま、さっきも言ったけどいつでも遊びに来いよ。それに電話やメールだってあるしな」
「うん! 約束だよ?」
指切りをして離れる俺と結希。そして、二人は親父たちがいる方へ向かった。
「先生、三枝さん、馬場さん、ありがとうございました! 優奈のお母さんも遊びに行った時はよろしくお願いします!」
「皆さん、結希がお世話になりました。今後ともよろしくお願いします」
「うむ。元気でな結希君。何かあればすぐ連絡するんだぞ」
「結希さん。こちらこそありがとうございました! いつでも遊びに来てくださいね? 待ってますから!」
「お元気で」
「いつでも遊びにおいで!」
最後に丁寧にお辞儀を行い、挨拶を済ませた二人は到着したタクシーに乗り込んだ。そんな二人を乗せたタクシーを見送る俺と親父たち。結希はこちらから見えなくなるまでずっと窓から身を乗り出して手を振っていた。
「素直な良い子ね。大事にしてあげなさい」
「言われるまでもないよ。結希は俺の大切な友達だ」
「ぐ、ぐううううう。美少女たちの友情物語っっ! 良い! すごく良い!」
「えぇ、本当に!」
俺とお袋のやり取りをしり目に、ガチっと握手を決めている親父と馬場さん。いや、馬場さんのキャラがマジで掴めないよ……。
「普段とのギャップが最高です! 修司さん!」
身をくねくねさせながら、馬場さんを熱い視線で見守る三枝さん。この人はマジでぶれないな……。
「それじゃ、私たちも帰りましょうか!」
「りょーかい。んじゃ、帰るわ親父」
「うむ! 優奈たんも何かあればすぐ連絡するんだぞ!」
いつまでそのキモいたん付は続くんですかねぇ?! もう突っ込む気力も湧かない。
「えっと、ば、馬場さんもお世話になりました?」
「はい、優奈さん。お元気で」
一応、馬場さんにも挨拶をしとかないとな。足ががくがく震えてるのはきっと気のせい。トラウマなんかじゃない。
「優奈さんもありがとうございました! いつでも遊びに来てくださいね?」
「こちらこそ、お世話になりました。気が向いたら行きますね?」
「私、知ってます。気が向いたらって絶対来ない事だって!」
ちっ、ばれてる。馬場さんがいるから怖くて来れないなんて三枝さんに言える訳がない!
「いいですよ! 私が遊びに行きますから! 覚悟しといてくださいね?」
「あぁ、それならオッケーですよ。いつでもどうぞ。それじゃこれで失礼します」
「お父さんしっかり仕事するのよ! 皆さん、優奈がお世話になりました。ありがとうございました」
俺たちも結希と真希さん同様に丁寧にお辞儀をして挨拶を済ませると、三人に見送られながら、俺は色々と想い出深い研究所を後にした――。