血降って痔固まる。
どどどどうすればいいんだ。顔を真っ青にして俺は途方に暮れていた……。
目の前には俺のせいで汚れてしまった物体。
この歳になって、いや普通は漏らさないであろうものを漏らして布団を汚してしまったのだ……。
そう、俺は寝ションならぬ寝痔デビューを果たしたのだ。痔を漏らすってありえないだろ! 血で汚れてしまった布団を前に、ぐっしょりとした下着の不快感に耐えながら、腹痛と血を流したからかフラフラする頭を抱えて考えを巡らせる。
とにかく誰かが来る前にどうにか片付けるしかないな……。しかし、排泄器官から出た血だからだろうか? ちょっと臭うなこの血。右手で口と鼻を覆いながら、左手で目の前の布団に手を伸ばした瞬間――。無情にも病室の扉が開け放たれた。
「優奈! あっそびにきったよ!」
勢いよく入ってきた結希。そう言えば、昨日遊びに来るって言ってたっけ? 知らない内に死亡フラグが立っていたらしい。今、俺が手にしているのは血で汚れた布団である。あ、俺終わったな。
「ゆ、ゆゆ優奈! あ、あぁ、ち、血が……。だ、大丈夫?! せ、先生だ。先生を呼ばないと! 誰か、誰か来てくださああああああああああい!! 優奈が、優奈が口から血をっ、誰か助けてええええぇ!!」
その光景を見て、しばらく固まっていた結希だったが、事態を斜め上方向
に理解したのか暴走を始めてしまった。なんでそうなる!?
「あ、ちょっと! ゆうきいいいいいいぃぃ! 頼むから被害を広げないでくれえええ!」
俺が痔になったって事が拡散されるから止めてくれえええええ!
結希の叫び声に気が付いたのか、バタバタと廊下を走る音が聞こえる。そして、血相を変えて病室へと駆け込んできたのは三枝さんと親父だった。
「優奈! 大丈夫か! 何があった?!」
「優奈さん! 大丈夫ですか?!」
二人は血に染まった布団を見て、大きく目を見開き、いつもの雰囲気からは考えられないような真剣な表情で迅速にやり取りを始める。
「三枝君! 大至急、緊急治療室の準備を! 輸血も必要かもしれん」
「分かりました!」
走って病室を出ていく三枝さん。緊急治療室だと?! やばい、話がどんどんでかくなっていってる……。くそ、もう言うしかないよな? さすがにこれ以上騒ぎを大きく出来ない。
「親父……。話がある……」
「喋るな! 大丈夫だ! お前は絶対に助ける!」
俺の体を調べるべく近寄ってきたすごく真剣な親父には申し訳ないが、喋らせてください……お願いします……。何とか勇気を振り絞るんだからさああああ! そして、無理矢理親父の手を振り払い、挙手をする俺。意見は挙手をして言いましょう。
「いや、だからな? そのあれだ。あれですよ? ええい、もうどうにでもなれ! ぢ、痔を漏らしましたあああ! ごめんなさいでしたあああぁぁ!!」
顔を赤紫にさせながら実行した俺の告白によって呆気に取られる親父と結希。仕事はやり切ったが、羞恥心と貧血が合わさった結果、何も考えられなくなり、視界がぐるぐると回り始めた。あれ、これはやばいと思った瞬間、俺の意識はそこで途切れた――。
目を覚ますと目の前には心配そうな結希の顔があった。見慣れぬ照明や家具を見る限り、どうやらいつもの病室とは違うようだ。
「優奈っ! 目が覚めたんだね!」
先ほどの曇った表情と一転、眩しい笑顔を見せる結希。一体、俺に何があったんだっけ?
若干の気怠さと下半身にごわごわとした違和感を覚えながらもベッドから身を起こして、結希に問いかける。
「結希……。あれ、何があったんだっけ?」
「えっと、優奈が病室で気を失って、先生が優奈を診察した後にこの部屋に運び込まれたんだよ。あ、優奈を着替えさせたのは僕と三枝さんで、先生は見てないから安心してね」
「そうだ! やばいやばいやばい! 俺が痔になったって事が公然の事実となってしまったああああああ!!」
先ほどの情景を思い出してしまった。頭を抱えて、うずくまる俺。恥ずかしすぎて結希の顔が見れなくなる。あぁ、もうやだ。
「優奈。大丈夫だよ? 女の子なら誰でも通る道なんだ。優奈はちょっとそれが重かっただけなんだよ」
取り乱している俺を安心させるように結希がうずくまっている俺の頭に手を置いて、優しく撫でてくる。
「え? そうなのか? 結希も?」
「うん、そうだよ。僕も初めての時はすごく怖かった。でもね、嬉しくもあったんだ。これで僕も家族を作る事が出来るって」
家族? 父、母、子ども……。子ども?! って事は俺のこれは痔じゃなくて――。
はっとして顔を上げると結希が優しい笑顔を浮かべて頷く。
「もう気付いたよね? そう、生理だよ」
痔じゃなくて生理? 俺が? あ、そっか女になったからか……。俺、本当にもう女なんだな。分かり切っていた事だ。しかし、心は男なのに男には無い現象を前に戸惑いしかない。さらに、勘違いをしていた恥ずかしさと周りに迷惑を掛けてしまった罪悪感とで一杯になってしまう。結希にお礼を言わなくちゃいけないんだけど、何かもうよく分からなくなってしまって、心がぐしゃぐしゃで上手く言葉に出せない。
「心配ないよ。怖くないよ。少しずつ慣れていけば大丈夫。大丈夫だよ」
そう言って、俺を安心させるように胸元へ抱きしめる結希。その優しさと温かさに触れて、気付けば俺は泣いていた。涙と共に少しずつ心が解れていく。
そっか。俺は体の変化が、心の変化が、怖くて不安だったんだ……。
俺が泣き止むまで、ずっと結希は俺を抱きしめて頭を撫でてくれていた――。
「ごめんね。優奈が口を塞いでたのを僕が勘違いしてあんなに騒いじゃったから……。僕に何か出来る事はないかな? それで許してくれない?」
俺を抱きしめた姿勢のまま、俺が落ち着いたのを見計って声を掛けてくる結希。
「そ、そうだぞ! 勘違いさせた俺も悪いけどさ! だ、だから罰として、もうちょっとこのままでいさせろっ」
「ふふっ分かったよ。優奈は甘えんぼだなぁ」
そう言って俺の頭を撫でるのを再開させる結希。それがひどく心地よくて、三枝さんや父さんにも謝らないといけないけど、今はもう少し、もう少しだけこうしていたかった――。