三枝さんのひ・み・つ。
柑橘系の良い香りが部屋に充満している。三枝さんが気を利かして、何か飲み物を準備してくれたようだ。
「お口に合うかは分かりませんが、よろしければどうぞ。心を落ち着かせる効果のあるハーブティーです」」
あの後、俺は親父と三枝さんを病室にもう一度呼んだ。一応、俺の方の整理は出来たからだ。
ハーブディーを一口飲み、気分を落ち着かせる。甘酸っぱくて美味い……。
「一応、前向きにはなれたよ。納得は出来ないけど、どうしようもないのも分かった。この体に慣れていこうと思う」
「はい! 私も一生懸命サポートしますねっ」
すごく嬉しそうな三枝さん。癒されるなぁ。親父は汚い笑みを浮かべるな。折角の清浄な空気が汚れる。
「よく決意したな優人たん。パパも全力で応援するからね!」
「いや、マジで真剣に気持ち悪いから。その口調止めろ。止めないなら、物理的に止めさせるからな」
手に持っているカップを親父へ向かって構える。いつでも発射準備はオーケーだ。物理で殴れば問題ない。
「先生、流石に私も少し気持ち悪いと思いました……。優人さんもハーブティーが勿体ないから止めてくださいね?」
『これ、実は高価なんですよ?』と、やんわりと窘められる。仕方ない、今日の所は許してやろう。
「それはそうと、俺の他にも、手術した人がいるって言ってたよな。早速だけど、その人たちから話が聞きたいんだけど?」
「うむ。それがよかろう。というか、目の前に一人いるけどな」
目の前って親父と三枝さんしかいないけど……。
「あはは~、申し訳ございません。中々、言い出せませんでしたが、実は私も優人さんと同じで、元男なんですよ」
「え、えええええええ! う、ウソですよね?」
「いや、真剣だ! ちなみに、日本で最初の手術を受けたのも彼女だ。」
衝撃の事実だ。あれ、でも当事者じゃないから気持ちが分からないって言ってなかったっけ……。
「優人さんと違って、私は絶対に女になりたかったんです。理由はしょうもないですが……」
「差支えなければ、その、理由を聞いてもいいですか?」
「はい……。恥ずかしいですけど、その、ある男性を好きになってしまいまして……。いや、男の時から、男が好きって訳じゃなくてですねっ! 一人の人間としてその方が好きになったというか」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、説明をする三枝さん。恋する男の娘から、女の娘になった訳ですね。分かります。すごい行動力だな。よっぽど、素晴らしい人なんだろう……。
「一度、男の時に告白したんですけどね。『申し訳ない。気持ちは嬉しいが、女性が好きだ』って言われちゃいまして。だったら、女になってやるって思って。思い切って先生にコンタクトを取りました」
「いや~、ちょうど、最初の性転換者を探してたからちょうどよくてなぁ。やっぱり、自分からなりたいって子は少ないからな」
「ま、そうだろうな。それで、その人とはどうなったんですか?」
これは聞いておかないとな。限りなく可能性はゼロだと思うが、俺も恋人を作るかもしれない…… あ、想像したら鳥肌立った。
「えっと、無事、恋人同士になれました。元男だからって偏見を持つような人じゃないし。性転換してまで好きでいてくれるならって言ってくれました。きゃーー!!」
その時の事を思い返しているのか思いっきり悶絶している。どうみても女の人だよなぁ。元男には見えん。
「あ、ちなみに相手は馬場君だぞ。俺から見ても、彼は仕事も出来るし、誠実で良い日本男児だ!」
「俺はあんまり良い印象ないぞ…… 冗談デッス! すごくかっこいいですよね!」
三枝さんがすごい形相でこちらを睨みつけてきたので、前言撤回。うん、筋肉とかすごかったよね。
「ちなみに、三枝君が男になる前はこんな感じだったぞ!」
ファイルから写真を取り出し、俺に差し出してくる親父。
受け取ると、そこには、パンツ一枚で、ポージングをびしっと決めている筋骨隆々のマッチョマンが写っていた。
「う、嘘だっ! 確かにこの少し垂れてる目元は面影あるけど、これが三枝さんなんて……」
俺の中の憧れのお姉さん像が完膚なきまでに打ち砕かれていくううう。
「いつまでその写真を持ってるんですかあああああ?! 即、破棄です!! 破棄します!!」
親父から写真を奪い取りビリビリに引き裂いていく。
「あ、ちなみにデータは別にあるから、何枚でも破ってくれていいぞ」
青ざめた表情で床に手を付き、動かなくなる三枝さん。小さく、『マッチョで何が悪いんですかぁ』という声が聞こえる。
「こほん。話が逸れましたが、私は本当に女性になって良かったと思います。他の方にとってはそんな理由でとか言われるかもしれませんが、私にとってはすごく大事な事でしたから」
「その調子で頼むぞ。後、子供が出来たら私にも教えてくれ。日本では女性となった男性が出産した例はまだないからな」
「え、妊娠とかするのか?」
「当たり前だろ。何のために、世界中の研究者が心血注いで研究したと思ってる。人口減少及び男女比に対する問題のためだろう」
そう言えばそうか。根本的な理由はそこだもんな。俺はごめんだが。
「先生、気が早いですよぉ。私はもっと修司さんと二人きりの生活を続けたいです。いや、でも修司さんが欲しいって言ったら拒めないっ!」
馬場さんの下の名前って修司って言うんだ。しかし、やばいな。三枝さんが悶えてると今まではかわいいって思ってたけど、男の時の姿を知ってしまったから、マッチョの幻影がちらつく。
「もうっ私の話はいいですから、優人さんの話をしましょう。もう女性になったのですから、名前も変えたほうがよろしいのでは?」
「そうだな。法律で女性転換者には、一度だけ、名前を変える権利が保障されている。優人、どんな名前がいいんだ?」
そんなの急に言われても困る。何かのゲームのキャラクターから取るしかないか。
「優奈にしましょう! 私は女の子が生まれたらそうしようと思ってたのよ!」
俺が最近やったゲームのキャラクターの名前を思い浮かべていると、扉が急に開け放たれ、入ってきたのは我が母。
「優奈さんですか、良い名前ですね!」
「わが娘、優奈……。うむ! しっくりくるな! さすが母さん!」
いやいや、何でお袋が来たことには誰も突っ込まないんだ。
「お父さんから目を覚ましたっていうから飛んできたわよ~ 本当は家に帰ってくるまで待とうと思ったんだけどね。あら~、本当にすごいかわいいじゃない」
そう言って抱き着いてくるお袋。俺はあんたの抱き枕じゃないですよ?
「名前も決まった事だし、明日から心置きなくリハビリが出来るな!」
「そうですね! 優奈さんは私が担当します!」
「家の事は、私がぜーんぶやっとくから。あんたは安心してリハビリしたり、心の整理を進めなさい」
当事者を無視して、話が進んでいっている。ま、動けないのは嫌だし。明日から、リハビリ頑張りますか――。
ちなみに、三枝さんの男の時の名前は、豪だったらしい。うん、ぴったりだな。