覚悟を決めました。
――手鏡の中には、驚いた表情でこちらを見ている美少女がいた。
「これが……。俺……?」
呟くと、鏡の中の少女も俺に向かって呟く。どうやら間違いないようだ。目はぱっちりと大きく、バランスのとれた顔立ちだ。胸も何か大きい気がする……。さっきからの体の違和感はこれかな。一番ショックなのは、長年連れ添った息子の存在が感じられないことだが……。
「自信を持って良いと思いますよ! きっとこれなら、どんな男の子も一目ぼれですよっ」
「いやいやいやいや、全く男に興味なんてありませんし! 嬉しくないです」
体は女になったかもしれないが、心まで変えられてたまるか!
「お待た!! パパが来たぞ~」
パパとか言うな気持ち悪い。ノックもせずに親父が入ってくる。
「お~、四日ぶりだな。娘よ。早速、検査するな」
「そ・れ・は・い・い・か・ら、俺を戻せええええ」
「ぐっはっ、声かわえええええ! 無理だから。戻せないから。前に説明したじゃんよ。それに仮に戻せたとしても絶対戻さないもんね!!」
「とりあえず!! 先に検査をお願いします先生。何か問題があったら大変です。優人さんも言いたいことはたくさんあると思いますが、一度落ち着いてください」
少し大きな声で俺たちを注意する三枝さん。学校にこんな先生いたらいいなぁ。いや、そんな事考えてる場合じゃないな。
「三枝君の言うとおりだな。検査するから横になれ」
しぶしぶ横になる俺。顔を近づけて、腕や足を順番に確認していく親父。そして、当然のように服を脱がしに掛かる。
「っておい……。ナチュラルに何してやがる」
「何って検査だよ? 見ないと分かんないだろ!」
「せ・ん・せ・い? そういった検査は私に一任されていると思いますが?」
笑顔で親父に迫る三枝さん。笑ってるけど、目が全然笑ってないよ……。
「ははっ冗談……。冗談だよ……」
あまりの迫力にさすがの親父も引き下がる。
「うん、問題はなさそうだ。これなら、明日からリハビリに移れるかな。後、何度も言うが、本当に元には戻せない。現状を受け入れなさい」
急に真面目なトーンで話し出す親父。何度言われても納得できねぇよ……。
「優人さん……。当事者でない私にはあなたの気持ちは分かりません。ですが、もう前を向くしかないのです。私に出来る事があれば、必ずあなたの力となるとお約束します。ですから、少しずつで良いですから、ありのままを受け入れていきませんか?」
「親父も、三枝さんもちょっと席を外してくれないか。落ち着いて一人で考えたい」
俺がそう告げると、二人は何か言いたそうではあったが、ひとまず退室してくれた。
「さって、気持ちの整理をするか」
自分で捲いた種とはいえ、納得する事は出来ないだろう。だが、いくら嘆いた所で、憤った所で、何かが変わるだろうか? いや、きっと変わらないだろう。受け入れられないけれど、理解はしていこう。
過去へ後戻りは出来ない。だが、きっと未来は変えられる。この選択が正しかったと言えるような人生にするしかない。これから先、今まで俺が過ごしてきた十七年間よりも、ずっと長い道のりが俺を待っている。暗鬱な青春は嫌だし、これから先もそんな気持ちで過ごしたくない。それに親父は『現状は』と言っていた。今後、男に戻る方法が出てくるかもしれない。
「よし……。気持ちは落ち着いた。親父たちを呼ぶか」
悩んでも答えはきっと出ない。なら、行動だ。
気持ちを固めると、俺は部屋に備え付けられている電話機を手に取った――。