しろくま注意報。
少し風は冷たいですが、天候に恵まれたため、暖かな今日この頃、皆様は如何お過ごしでしょうか? 俺は今、待ち合わせのため繁華街の駅前にいます。目の前には楽しそうに会話をしながら、人々が次々と通り過ぎていきます。家族、恋人、友達あるいは一人で。各々が休日を過ごしている、至って平和な光景です。そんな穏やかな光景とは裏腹に、なぜ俺のいるこの空間はこんなにも重い空気に満ちて、居心地が悪いのでしょうか? 原因は隣にいるこいつ様です。
「おっそい」
風に乗せ、呟くような声が聞こえたため、そちらに視線を向けると、普段の制服とは違う、私服姿の相場さん。きれいめな服装が普段より一層、彼女を凛と際立たせている。俺から少し離れて座っている彼女は先程より、ベンチから立ったり座ったりとを繰り返しており、落ち着きがない。まるでスクワットをしているようだ。何時ぞやか野球女子が話題になったし、恐らく彼女のあれは某赤い野球集団の応援だよな、うん。溢れ出るチーム愛を持っており、勝利を目指して頑張る選手のために普段から応援の練習を欠かさないのだろうきっと……。ってんな訳あるかああああ!! あんな不機嫌そうに眉を寄せて、周りを威嚇するように応援するファンがいるか! え、いないよね?
とにかく、早くこの空間から脱出したい……。栞奈さんと一佳はまだだろうか……。何で俺は貴重な休日を刻々と無駄にしているのだろう……。事の発端は数日前に遡る――。
「遊びに行きましょう!」
長かった平日が終わり、休日を迎える前の教室。クラスメート達が明日はあそこにいこうとか、部活があるとかの会話をしながら下校する中、それは突然の栞奈さんの提案だった。
その場にいたのはクラスの女子三人プラス俺。女子同士で遊びに行ったりするんだなぁ。ま、俺には関係ない話だしさっさと帰るかな!
「それじゃあ、また来週~」
これから楽しく休日の予定を立てるのであろう三人に一応声を掛け、さあ帰ろうとくるっと背を向けた瞬間、誰かが俺の肩をがっしりと掴んだ……。え、嫌な予感がするよ……。
「優奈さん? まだ話は終わってませんよ?」
「へ? まさかとは思うけど俺も頭数に入ってるの?」
「当たり前です! 優奈さんが来ないと行く意味がありません!」
「そう。これは凛花と優奈の親睦を深めるため」
「は? そんなの余計なお世話よ。こいつと仲良く? ありえない」
いつも通りの暴言にぼこぼこにされる俺。ツンデレ? はは、馬鹿な。これはツンツンですよ。いや、ツンもここまでくるとただの暴力だよ! よくご褒美とか言う人がいるけど、どれだけの鉄の精神を持ち合わせているのだろうか……。少なくとも俺には当てはまらない。
とにかく、俺としても折角の休日をこの方と過ごすのはごめんである。一人でのんびりさせてください。マジで。
「いや、ごめん。この休日は家庭の事情がありまして」
「へー、そうなんですか。で、何か行き先に希望はありますか? 行く所の一つは決まってますが、後はノープランなので」
「私はぱんけーきが食べてみたい」
「ちょっと! 私の都合も聞きなさいよ!」
「いや、まず俺の話がスルーされている件について誰か言及してください……」
全く聞く耳を持たない栞奈さん。あの、僕はここに存在しているんですけど……。
「あのー、俺に拒否権は……?」
「ないですよ? あると思いました?」
「優奈の持つ休日を自由に過ごす権利はところにより合理的に制限される」
「いやいや、いやいやいや! 声を大にして言いたい! なんでやねんと!」
「ふん、そいつは勝手に持っていけばいいじゃない。私が行かなければいい話だし」
「おやー、いいんですか凛花? この休日はあなたの大好きなしろくまもんのイベントがあるそうですよ~? しかも四人組じゃないと貰えない限定グッズがあるそうですよ~?」
「え、しろくまもんのイベント?! しかも限定グッズ?!」
しろくまもんの名前を聞いた相場さんの目の色が変わる。しろくまもんとは死んだような目が特徴的なしろくまっぽいゆるキャラである。あのゆるキャラのどこに興味を惹かれる要素があるんだ……。
「あの、全く興味ないんですけど……」
「は? しろくまもんを馬鹿にしてるの? 死にたいの? 消えたいの? 潰されたいの?」
「ご、ごめんなさい」
相場さんの俺を見る目が普段よりもきつく鋭い。そして言葉に容赦がない。俺はすぐに謝った。あんな目で睨み付けられるとか、謝る以外の選択肢はないです。
「ちなみに、優奈さんが来ないのなら私達は付き合いませんからね」
「うん。それだと意味がない」
「え、何よそれ……。そんなのあんまりじゃない……。一人集めるくらいならどうにかなるかもしれないけど、それ以上は絶対に無理よ……。私にどうしろっていうの……」
俺への強気の態度はどこへいったのか。急に弱気になる相場さん。いや、呼べる人がそんなにいないのかよ……。俺も人の事は言えないが……。
「という訳で優奈さんが来なければ、あなたの大好きなしろくまもんのグッズは手に入らない訳です。理解できましたか?」
「ふふ、優奈も凛花も最初から来るしかなかった」
「分かったわ! 本当に不本意で嫌だけどそいつの同行を許可するわ。そうね、ただの道具よ。頭数を揃える為の!」
どんな言い草だよ! いい加減にしないと俺にも限度があるぞ……。
「凛花! 優奈さんに付き合って貰うのになんて態度なんですか! 謝りなさい! そして、お願いしますってきちんと言いなさい!」
「そうだ、そうだー」
「いや、それもあるけど、俺まだ行くって言ってないからね……」
「う、ぐ、分かったわよ! 悪かったわ。付き合ってよね!」
そっぽを向いたまま俺に謝る相場さん。どんだけこの子の中でしろくまもんのウエイトは高いのだろうか……。
いや、まぁそれは置いといて、マジでそろそろ僕の話を聞いてくださいませんか?
「それじゃ、詳しい集合場所と時間は後で連絡しますね! それではまた!」
「ばいばーい」
「きちんと来なさいよ! 遅れないように!」
言いたい事だけ言って去っていく御三方。その場に残される俺。
「え、本当に最後まで無視……?」
こうして、俺の休日の予定は埋まった……。
そして、今に至るという訳です。それにしても、どうして俺は十分前行動をしてしまったのだろうか……。待ち合わせ時間ちょうどに来れば良かったじゃんと考えても後の祭りである。
待ち合わせしていた時間から十分経過。相場さんのスクワット速度も増加。まだこれだけしか経ってないのに、もっと長い時間ここにいるような気がする……。このままじゃ俺の精神が持たない。もしかしたら何かのトラブルに巻き込まれたっていう可能性もあるし連絡してみるか……。
そうやって自分を納得させて、鞄からスマホを取り出した瞬間、駅の改札から出てきた栞奈さんと一佳の姿が見えた。あちらもこちらの姿を確認したのか、小走りで近付いてくる。
「すみません。遅れてしまいました。駅で偶然に菖蒲君と会ってしまいまして、それで少しお話してたら楽しくてつい……」
「私はねぼーした。めんごめんご」
申し訳なさそうな栞奈さんと反省の気配がない一佳。ただ、一佳も急いで来たであろうということは、そのぼさぼさの頭から察した。ある程度の身嗜みは整えてこような……。
しかし、陸哉も近くにいたのか。買い物でもしに来たのかな? いいなぁ、俺ものんびり過ごしたい……。
「二人とも遅いわよ! 急がないと無くなっちゃうかもしれないじゃない! さぁ急ぐわよ!」
「遅れたのは申し訳なかったですが、そんなに急がなくても大丈夫ではないでしょうか……?」
「うん。私もそう思う」
二人の発言は耳に入っていないのか、すごい速さで歩き出す相場さん。俺達も慌てて彼女の後を追った。
しばらく大通りを歩くと大きなデパートが見えてきた。このデパートの催し物広場でイベントが行われるらしい。
店内に入り、エレベーターで揺られること数分。簡易なステージが設置されているだけのイベント会場に到着した。数組の親子連れがいるぐらいで全く賑わっていない……。
「本日はしろくまもんのイベントにお越しいただき誠にありがとうございます! まさか現れると思っていませんでしたが、四人組でお越しいただいたお客様にはこちらの会場限定ストラップをお渡ししています! どうぞ!」
笑顔で俺達を出迎えてくれたお兄さんから、それぞれに一つずつ手渡されるしろくまもんのカラフルなストラップ。赤、青、緑、黄色。もうしろくまじゃないんですけどそれは……。後、イベント関係者なのにこのお兄さんすごい悲観的なんですけど……。
「あぁ、本当に来て良かったぁ……」
普段とは全く違う今まで見たことのない蕩けた顔でストラップに頬ずりをしている相場さん……。そんな相場さんを何とも言えない表情で見つめる俺達……。
改めて手にしているストラップを確認したが、そこにあったのは目に痛い配色の死んだ魚のような目をしたシロクマらしきキャラだった……。どうみても呪われたアイテムにしか見えない。きっと装備したら外れない。
「私のは凛花にあげる。決していらないとかは思ってない。ただ所持するぐらいなら誰かに押し付けたいと思っている」
それっていらないってことだよね?! 一佳の意見には同意するけど!
「本当?! いいの? 返さないよ? ありがとう一佳! うわあああ、この色もかわいい!!」
「私のも凛花にあげます。私も手放すのは惜しいですが、やっぱり本当に価値が分かってる人が持ってるべきですよね! はい、どうぞ!」
何の躊躇もなく相場さんにストラップを差し出す栞奈さん。行動と言動が一致してないですよ?
これで相場さんの手には俺の持っているものを除く三色のしろくまもんがあることになる。俺も本当にいらないけど、素直にこの子が受け取るだろうか?
どうしようか悩んでいると、相場さんがチラチラとこちらを見ていることに気付く。その視線の先にはもちろん俺の持つしろくまもんのストラップ。
「あー、えーと、いる?」
「え、本当に?! って誰があんたなんかに! いや、でも欲しい……」
「凛花、素直になった方が良いと思いますよ?」
「うん。栞奈の言う通り。優奈も絶対いらないと思ってる」
いや、一佳さんよ、ストレートにいらないって言っちゃってるけど大丈夫? さっきは一応オブラートらしきものに包んでたよ?
「そ、そうよね。しょうがないから貰ってあげる。さぁよこしなさい!」
「へいへい。どーぞ」
「これでコンプリートっ! あぁ素晴らしいわっ!」
四色揃ってご満悦な相場さん。本当に嬉しそうだ。間違ってもかわいいものではないと思うが、何かこう年相応な女の子の面を始めて見た気がする。笑うと普通にかわいいんだよなって不覚にも思ってしまった。普段からもっとこういう顔をして欲しい。ついでに俺への態度も改めて欲しいと切に願う。
「そんな顔もできるんだな……」
色々考えてたら思わず声に出してた俺ええぇ!
「何よそれ……? 私が普段から変な顔してるみたいじゃない!」
「おや、優奈さん。凛花をいじっていくスタイルですか? 私も加勢しましょう!」
「乗るしかない。この大きな波に」
「え、いや、そんなつもりはなくて!」
「あんたらね――。あ、そろそろステージが始まる時間だわ! 先頭に行かないと!」
俺達に詰め寄ってきた相場さんだったが、イベントの開始時刻が迫っていることに気付くと場所取りのために去っていった。ナイスタイミングだしろくまもん。
イベント開始後は、はしゃぐ相場さんを生暖かく見守る俺達という構図。あぁ、早くこの場を去りたいと感じたのは栞奈さんも一佳も同じだったと思う……。
その後は、一佳のリクエストであったパンケーキをデパートに入っている有名なテナントで食べた。ただのホットケーキだと思ってたけど、マジで美味しかったです……。
デパートから出ると既に夕暮れ。茜色の光が街を包んでいる。そろそろ解散かな?
「最後に皆でプリクラでも撮って帰りませんか? 折角ですし、何か記念に残しておきたいなと思って。優奈さんは問題ないとして、二人はどうですか?」
「私は構わない」
「しょうがないから付き合ってあげるわ」
もう聞かれもしない俺の意思。ま、もうこんな機会なんてないだろうし、最後まで付き合いますか……。
再び待ち合わせ場所付近まで戻り、その近くにあるゲーセンへと入る。店内は様々なゲームの筐体から流れ出る音楽、人々の声で溢れており、妙な熱気を感じる。その中を突っ切るように進むと、目が過剰修正された女の子やポップなイラストが描かれているプリクラ機があった。いつも思うんだが、この女の子達は何を目指しているんだ……。
「それじゃ、早速撮りましょう!」
カーテンの中の撮影スペースへ入っていく俺以外の三人。俺も続けて入ろうとした瞬間、よく考えたら女の子とプリクラを撮るのが初めてなことに気付く。どうしよう。今まで男としか撮ったことがない……。
「優奈? 早くおいで」
カーテンの前に立ったまま入ってこない俺を不自然に思ったのか、中から出てきた一佳が俺の手を引いてくれた。今はその優しさがつらい。
「揃いましたね。それじゃ、フレームとかは適当に決めちゃいますね! ぽちぽちっと!」
次々とタッチパネルを操作していく栞奈さん。ちょっと待って! まだポーズどうしようとか、表情どうしようとか決めてない!
「あ、折角ですから、優奈さんと凛花は前へどうぞ!」
「どうぞどうぞー」
「え、なんでよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
栞奈さんと一佳が俺と相場さんを前へと押し出す。狭いスペースのため、必然的に俺と相場さんは肩が触れ合うほどに近付いてしまう。
「ちょっと、少し離れなさいよ!」
「そ、そんなこと言われても!」
「はいはーい。カウントダウン始まりますよー。お二人ともレンズに入ってませんからもっと顔を寄せてください!」
「もうっ! 仕方ないわね!」
表示されている画面に映る俺と相場さんの顔は確かに見切れており、渋々といった感じでレンズに収まるべく顔を寄せる相場さん。す、すごく顔が近い。少し顔を横に向けると、長い睫毛や大きな瞳、白くきめ細やかな肌が目に入る。性格はさておき、顔はすごく綺麗なんだよな……。
思わずその横顔を熱に浮かされたようにぽーっと見つめていると、不意にフラッシュが瞬いた。え、カウントダウンあった?!
「次の撮影もすぐですよ~」
見蕩れてしまっていたことに気付いた恥ずかしさで早まる鼓動を抑えながら、栞奈さんの言葉で気を取り直した俺は相場さんを意識しないように真っ直ぐ前を向いたまま残りの撮影を終えたのだった……。
そのまま落書きスペースに移った三人を見送りその場で息を吐く。相場さんのことは視界に入れないようにしないと。今見たらやばい……。しかし、撮影が終わった後の相場さんの行動はとても早かった。すぐに出て行ったし。そんなに俺の隣が嫌だったのだろうか……。
「はい、これが優奈さんの分ですよ。画像データも後で皆さんにも送りますね! いやー、良いものを見させていただきました」
「あ、ありがとう」
少し重い気分になった俺をニヤニヤと嬉しそうな顔で出迎えた栞奈さん。そんな彼女からできあがったばかりのプリクラを受け取る。色々な落書きがされているそれにざっと目を通すと何やら一際目立つものがあるのに気付く。
よく見てみると相場さんを熱心に見つめている俺と仏頂面だけど少し頬の赤い相場さんが写っており、そこに大きなハートマークのスタンプが押されていた……。
「え、ちょ、これ!」
「言わなくても分かってますよ優奈さん。王子役の凛花に見とれちゃったんですよね! 流石はお姫様!」
「優奈は普段から役になりきってる。役者の鑑」
「うわあああ、もう、何で何で!」
「ちょっと! 何でこれ選んでるのよ栞奈! プリクラなんて撮るんじゃなかった! 私帰るわ!」
ものすごい勢いで走り去っていく相場さん。俺をこの空間に一人にしないでくれええぇ!
「ちょっとからかい過ぎましたかね?」
「大丈夫。ただ照れてただけ。優奈はこれから私たちにいじられる」
「もう、簡便してください……」
駅で解散するまで散々いじられたのは語るまでもない……。どうして俺はいつもこうなんだろう……。
休日のはずなのに逆に疲労した翌日、学校へ登校した俺。席に着くなりぐったりとしていると、隣に座っている栞奈さんが俺をつつく。なんだろうと顔を上げると、栞奈さんは前の席に座っている相場さんが操作しているスマホを指差していた。
怪訝に思いながらも後ろからそっと覗いて見ると、ホーム画面が昨日撮影したプリクラ画像になっているのに気付く。それを見た俺は思わず隣にいる栞奈さんと目を合わせ、一緒にくすりと笑ってしまった。もしかしてそんなに悪い子じゃないのかな?




