準備を始めましょう。
学校へ復帰して一週間が経過した。誰かさんの悪口にも負けず、まだまだ慣れない体と心の変化に悪戦苦闘しながらも何とかやり過ごしている今日この頃。
ホームールームの時間を迎えた教室は、クラスメイトの賑やかな声で満たされている。なぜなら、二ヵ月後に行われる文化祭の話し合いが行われているからだ。それぞれが担当毎にグループで分かれ、今後のスケジュールについて意見を出し合っている。もう、そんな季節なんだなぁ。
「今年の文化祭の出し物だけど、今年は最後って事で、劇をやる事になったよ!」
「へー、そうなんだ。俺がいない間に話は進んでたんだな……。で、何の劇をやるんだ?」
まだどこのグループにも所属していない俺は陸哉から出し物の説明を受けた。俺が入院している間に高校生活最後の文化祭の内容は決定していたらしい。しかし、劇か。また準備が大変そうなものを……。ま、俺はどうせ裏方だろうけど。
「白雪姫だよ! 内容は若干アレンジしてるみたいだから楽しみだね! あ、ちなみに優人はヒロインのお姫様役だから!」
「へー、俺がヒロインね……。そりゃすげー……ってちょっと待ってええ!」
「そんなに喜んで貰えると候補として挙げたかいがあるなぁ! クラスの男子全員の投票で決まったよ! 安心して! 王子様の役も女の子だから、ダブルヒロインになるのかな?」
「喜んでねーよ! 何でそんな話になってんだ!」
さらっと何を言ってんだこいつは! しかもダブルヒロインって、更に嫌な予感がするんだけど……。
「王子様の役は相葉さんだよ!」
こいつらは俺に恨みでもあるの? どう考えても上手くいかないだろ! てか、何で俺がヒロインなんだよ!
「優人以外の衣装とかの準備は進んでるから、優人も早く採寸して貰いなよ! 衣装は藤咲さんが担当してるからね」
「なぁ、お前、俺の話聞いてる?」
全く人の話など耳に入れないで話を続ける陸哉。俺の知らない間に準備は着々と進んでいるようだ……。 え、もう断れない感じ?
ふと教室の隅に集まっている女性陣の方へ視線を送ると、作業が一息ついたのかちょうど顔を上げた栞奈さんと目が合った。笑顔で手招きする栞奈さん。行きたくないんですが、行かないと駄目ですか?
「いらっしゃい優奈さん。話はお聞きになりましたか?」
結局、栞奈さんの前に立っている俺である。いや、逃げられる感じじゃないって本当に。
「うん……。何で俺がヒロインなの……?」
「それはこっちの台詞よ。最悪。何で私がこいつなんかと……」
俺が来た瞬間、心底嫌そうな顔をして毒を吐く相場さん。それは俺の台詞でもあるんだからな! 怖いから口には出せないけど!
「優奈。凛花。皆の意思は絶対」
「そうですよ。お二人とも投票で選ばれたのですから! 男子の票は優奈さんへ全ていってしまったので、凛花を王子役に推したのは私と一佳さんのたったの二票ですが……。それにしても、凛花を説得するのは骨が折れました」
げっそりとしている俺と不満を存分に表している相場さんに向かい、栞奈さんと一佳から説明が入る。いや、栞奈さんそんな努力はいらなかったよ……。
「はぁ、栞奈と一佳がどうしてもって言うから渋々、本当に嫌だけど、仕方なくやってあげるんだからね」
どんだけ嫌なんだお前は。クラスの出し物なんだし、もう少し協力する姿勢をだな……。いや、今の所は俺も人の事は言えないかもしれないが。
「それにしても、優奈さんが衣装を着ると栄えると思います。きっとかわいいですよ!」
「うん。私もそう思う。優奈の衣装姿は楽しみ」
「え? そ、そうかな?」
「えぇ! 間違いありません!」
「うん。間違いない。ヒロインは優奈しかぶっちゃけありえない」
「そ、そっか。そうだよな! もう決まっちゃったんだし、どうせなら楽しくやりたいよな……」
さっきまでブルーになっていた俺だが、ここまで言われたら皆の期待には応えないといけない気がしてきた。もう引き下がれないよな、うん。別に衣装がかわいいとかはどうでもいいんだ。相場さんが底冷えするような鋭い目で俺を見ているが、気にしないでおこう。
「ちょろいですね」
「優奈はきっとチョロイン」
ん? 二人が何か小声で呟いたような気がしたけど気のせいだろうか?
「優奈さん! やる気になってくださったのですね! あぁ、私は嬉しいです! となれば、さぁ行きましょう! すぐ行きましょう! 凛花、留守番をお願いします!」
「優奈、れっつごー」
「はいはい」
「ちょ、ちょっと、行くってどこへ?!」
栞奈さんの言葉にひらひらと手を振って答える相場さんを残し、がっちりと俺の手を掴んで教室の外へと歩き出す栞奈さんと一佳。連れられるがままになっていると、ある一室に連れ込まれた。そこは着替え用だと思われるロッカーが並んでおり、仄かに甘い香りのする不思議な部屋だった。そう、まるで女の子から香るような……。
「ここ、どこ?」
「女子更衣室です!」
「え、ちょ、それはまずいって!」
「優奈は女の子だから問題ない」
栞奈さんの言葉を聞いて、急いで出て行こうとする俺だが、一佳に回り込まれてしまった。逃げられないだと……。
「ということで、私たちを幸せにするための採寸を始めます! さあ、脱ぎ脱ぎしてください!」
「え、何で脱ぐの! 服の上からでいいじゃん!」
じりじりと近付いてくる二人。徐々に壁に追いやられる俺。誰か、誰か助けてくれえええぇ!
「優奈さんの裸体が見たいのではなく、正確に衣装を作るためにはきちんと採寸しておく必要があるのです。えぇ、決して裸体が見たい訳ではありません」
「裸が見たいというのが本音。作って着れなかったら困るという建前」
「いや、逆だろ! 本音と建前が逆になってるから!」
二人に襲い掛かられ、抵抗むなしく、下着姿にされてしまった。うぅ、何の罰ゲームだよこれ。
「あ、あの、あんまり見ないで欲しいんだけど……」
無言で俺を凝視する二人。衣服という装甲を失った俺が体を隠すためには自分で自分を抱きしめるようにするしか自衛手段がない。
「ふぅ、失礼しました。あぁ、なんということでしょう。ご覧ください。とても、とても美しいです! ウエストはこんなに細いのに、胸が、胸が凶暴過ぎます。そう、例えるなら暴れん坊将軍ですね。将軍様、記念に胸を揉ませていただいてよろしいですか?!」
「むふー、こんなに大きくて綺麗な胸は初めて見た! 優奈、触っていい? いいよね? ありがとう!」
「いやいや、何だよその例え! ってまだ何にも言ってないー!! こら、んっ、やめろ! ちょ、ちょっと! 手を、手を入れるな!」
いや、本当に洒落になんないから! 自分で触った時と何か違う! 何故か変な声が出ちゃうんだけど!
「指が沈み込む。どこまでも柔らかい感触。うん、至福」
「ずるいです! 私も失礼します! あぁ、何ということでしょう……。家に持って帰りたいです!」
「だああああ、誰か助けてくれええええぇ」
その後、二人の気が済むまで俺が開放される事はなかった……。女同士でもセクハラで訴えるって出来ないですかね?
悪夢のような採寸を終え、教室に戻った後、とても上機嫌で笑顔を浮かべる栞奈さんと一佳とは対照的に心底疲れていた俺を見た相場さんが、少しだけ同情的な顔をしていたのは覚えているが、それから家に帰るまでの記憶がない。気付いたら家のベッドで寝てた。あれ、オートラン機能でも発動したのだろうか……。
少しでも今日の出来事を思い出そうとすると、体が震え出す。あかん! これはトラウマになってるやつや! 早く記憶から抹消できるように努力しよう。うん。
それにしても文化祭か。これで最後なんだって思うと貴重なもののように思えてくるな。クラスの皆で何かをするのも最後なんだし……。はぁ、何かすごいプレッシャー感じるけど、選ばれた以上、何とかやってみますかね。何かあったら、俺を選んだやつらのせいにしていいよね……?




