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学校へ行きましょう。

 多くの人達にとって、休み明けの月曜日というのは憂鬱である。が、そんな多くの人の気持ちとは裏腹に空は青く澄み渡り、時折吹く風が心地よい。こういった穏やかな天気は少しだけ憂鬱な気分を払拭してくれるのだろう。ただし俺を除く。


「なぜだ……。なぜ台風が来ない……。いやもうコロニーでも何でもいいからピンポイントで学校に落ちてくれええぇ。これじゃ、これじゃ学校行かないといけねーじゃんかあああああ」


 諦めきれず窓から身を乗り出して、空に向かい両手を広げてしばらく念を送ってみた結果、コロニーが落ちてくる筈もなく、鳥が自由に空を飛び回っているのを見ているだけだった。あぁ、俺も自由になりたい。そんな平和で清々しい朝だが、俺の心はどんより曇り模様だ。そう、ついに運命の登校日を迎えてしまったのだ。何で寝たら次の日が来るんだろうね……。


「優奈~! 遅刻するわよ! 早く支度しなさい!」

「分かってるよ!」


 階段下から、俺の気も知らないお袋が俺を急かす。足を引き摺るようにのろのろとクローゼットの前に立ち、その扉を開けると、目に飛び込んでくるのは女子の制服。きちんとアイロン掛けがされたワイシャツと赤のリボン、紺のブレザーとチェックのスカート。それらを前に俺の心の天気はさらに荒れた。もう大荒れです。


「くっ、マジでこれを着るのか……。はぁ、もう考えるの止め! はい、止め!」


 一気にパジャマ代わりのジャージを脱ぎ去り、悪戦苦闘しながら制服に身を通す。最後に首元にリボンをすれば準備完了だ。結ぶタイプじゃなくて良かった……。一応、身嗜みチェックするべく鏡の前に立つ。


「くそぅ、悔しい、実に悔しいが、似合っている気がする」


 鏡の前には綺麗な眉を不機嫌そうに寄せ、こちらをかわいく睨みつけている美少女がいた。スカートと靴下の間の領域が眩しい。それにしても、やっぱりスカートはスースーして落ち着かない。この下は下着だし……。


「優奈! 朝ご飯冷めちゃうわよ!」


 しばらく、鏡の中の自分とにらめっこしていると、再びお袋の呼び出しが掛かる。色々と現実に抗っている間に思ったよりも時間が経過していたようだ。流石に何も食べないで行くのはつらいので、最後にもう一度おかしな所が無いかを確認すると、俺はカバンを引っ掴んで自室を後にした。



「やっと来たわね。さくっと食べちゃいなさい。髪もやってあげるから! 早くしないと陸哉君が来ちゃうわよ」

「へいへい」


 お袋が少しご立腹のようなので急いで箸を進めて朝食を食べ終え、洗面所で歯磨きをしていると、玄関のチャイムが鳴った。リビングのインターホンを確認すると陸哉の姿が映っていた。


「ほら! 陸哉君来ちゃったじゃない!」


 小言を残しつつお袋が玄関へ陸哉を出迎えに行き、陸哉を伴って戻ってくる。


「優人! おはよ!」

「はよー。すまん、もうちょっと待ってくれ」

「いいよ、ゆっくりで!」


 お袋に身嗜みを整えて貰い、登校準備は完了した。次からは自分で出来るようになるよう練習させられるらしい……。うぅ、面倒臭い。


「お待たせ。行くか」

「うん!」

「あ、優奈! ちょっと来なさい!」

「え、まだ何かあんの……」

「いいから!」


 ローファーに足を突っ込みかけていたのに、強制的にお袋の前まで連れ戻される。


「何かあったの?」

「先に謝るわ。ごめんなさい。最終確認よ!」


 突然、謝られて首を傾げていると、お袋の手が俺のスカートに伸びる。止める暇もなく、ピラっと捲り上げられ、露になる青の下着。


「な、な、ななななな」

「ふぅ。安心したわ。ショートパンツとか入ってないわね!」

「そんなんわざわざチェックする事かああああ!!」


 一仕事終えたと言わんばかりに額の汗を拭っているお袋に向かって力の限り抗議していると、誰かの存在を忘れている事に気付く。ゆっくりとそちらへ振り向くと、顔を真っ赤にして明後日の方向を見ている陸哉がいた……。


「見た……?」

「え? 見たって何を? 俺、さっきから目にゴミが入っててさ。取るのに夢中だったから何の事か分からないよ!」

「へぇ……。今日は天気が良いよなぁ。空も青いし。例えるならどんな感じだ?」

「え、いきなりだなぁ。確かにいい天気だよね! うーん、そうだな優人の下着みたい――。ごめんなさい!」

「っもうやだ!!!!」



 あの後、陸哉とは無言のまま学校に辿り着いた。別に怒ってた訳じゃないよ? ただ、ちょっとイラついてただけだ。同じ制服を見に付けた生徒達で賑わっている昇降口で上履きへと履き替える。


「あ、あの優人さん……。先生が職員室へ来るようにって言ってました……」

「そっか。了解」

「う、怒ってる?」

「怒ってねーよ。不可抗力だろ。あれは全面的にお袋が悪い」

「良かった……。それじゃ俺は先に教室で待ってるね」


 ぶっきらぼうにそう答えると、安心したように笑顔を浮かべ、陸哉は教室へと向かった。さて、俺も職員室へ行きますかね。

 廊下をしばらく歩くと、職員室と書かれたプレートが見えてきた。目的地に到着だ。しかし、職員室っていうのは、毎度来るたびに緊張するよな……。しかもこの姿なら尚更だ。少し汗ばんだ手を握りしめて、扉をノックして開ける。


「失礼します」


 パソコンに向き合っていたり、談笑している先生達の中から、我がクラスの先生を探す。すると、トレードマークである真っ赤なジャージを見に付けた筋骨隆々の男が目に入った。待ち合わせとかで便利そうだなと思いつつ、担任である真田勝先生の元へ向かう。


「お、瑠璃原であってるか?」

「はい。お久しぶりです。先生」

「はっは! 見事に変わったな! 先生は女の瑠璃原も良いと思うぞ! 男の時は男の時で良い所はあったけどな!」


 職員室中に響き渡る先生の声。職員室中の視線が俺と先生に集まる。あの、目立ちたくないんですけど……。『あの子が性転換の』、『あ、娘にするわ』とか、先生達の色々な会話が耳に入ってくる。あれ、一部変なの混ざってません?


「えっと、ありがとうございます? てか、先生。クラスの皆は俺の事を何て言ってますか? 俺、クラスにまた馴染めるでしょうか……」

「あぁ、それなら絶対に心配はいらない。少なくとも男共はお前が来るのをまだかまだかと待っていたぞ。ラッキースケベに期待とか、パンチラないかなぁとか言ってたしな。若いな! はっは!」

「……。主に自分の身が心配です。いや、それよりもあいつらの頭の中身が心配です。てか、笑い事じゃないですからね?」


 うん。お前らにラッキースケベの機会とか隙とか与えないから! しかし、俺のパンツを見て何が面白いんだろうか。こちらからすれば、気持ち悪いだけなんだが。


「ま、何かあったらすぐに俺に言えよ! 昨今、女子は貴重だ。聞き分けのないやつらには、暴力で会話する事も辞さないからな!」


 いきなり暴力かよっ! 対話はないのか! それは教師としてどうなんだろう?


「よし、そろそろホームルームの時間だな。教室へ行くぞ」


 先生と一緒に教室へ向かう。廊下を歩くたびに近づいてくる教室。それに合わせて俺の心拍数も徐々に上昇していく。は、入りたくない。


「んじゃ、瑠璃原はちょっと待っててな。先生が呼んだら来てくれ」

「分かりました……」


 やっぱり緊張するなぁ。どこもおかしな所ないよな? 廊下の窓に映る自分の姿を見て確認する。いや、まず男が女になったっていうこと自体がおかしいよな。ようするに俺はおかしい訳だ。おかしいという事はクラスで馴染めない……? いやいや、大丈夫。俺はおかしくない。でも――。


「瑠璃原ああああ! どうしたあああ! 入ってこい!」


 俺の中で『おかしい』がゲシュタルト崩壊しそうになっていると、先生が俺を大声で呼んでいた。どうやら考え事に没頭していた結果、呼び掛けに気付いていなかったらしい。


「やばっ、早く教室入らないと!」


 特に慌てる必要はなかったのに、なぜか慌てて教室に入ろうとした瞬間、足がもつれてしまい、徐々に傾いていく俺の体。近付く教室の扉。何とか体勢を立て直すべく扉へと手を伸ばす。


「おーい、何かあったのか?」


 しかし、伸ばした手は空を切った。タイミングよく扉を開けた先生の手によって。


「ちょ、ちょっと先生ええええ」

「うお、あぶなっ!」


 サッと身を翻し突っ込んできた俺を躱す先生。え、避けるの?

 結果、教室へとヘッドスライディングする形で乗り込む俺……。すごく痛い。肉体的にも精神的にも……。

 扉を開ける前までざわついてた教室が今は静まりかえっている。一体、何がどうなっているんだろう? とにかく体を起こそうとした瞬間、教室は熱狂に包まれた。


「復帰初日からやってくれるぜ瑠璃原あああああ」

「青空や! 教室に青空が広がった!」

「ラッキーきたあああああああ」


 何かよく分からないが、俺は何かしてしまったらしい。何やらクラスのやつらが支離滅裂な事を言っている。ラッキー? 青? 青?!


「瑠璃原! 早く身を起こせ! 見えてるぞ! そ、その、し、下着が!」

「う、うええええ」


 先生の言葉で状況を理解し、急いで身を起こす。


「さ、最悪……」


 もう最悪だ。何でこう俺はドジなんだろう。さっき、気を付けようと思ったばっかりなのに……。


「瑠璃原の初めてのパンチラは俺達が貰ったな!」


 未だ興奮冷めやらぬクラスのやつが言った何気ない一言。その一言が一人の親友に火を点けた。

 ダンっと教室に響き渡る音。陸哉が思い切り机に掌を叩きつけて立ち上がっていた。急な陸哉の行動に静かになる教室。


「皆、優人は優人だよ。姿は変わったけど、中身は変わってない。まだ女性になったばかりで色々と戸惑ったり、慣れてない事もあると思うし、もうちょっと配慮してあげてもいいんじゃないかな?」


 余りに真剣な陸哉の様子に、クラスメイトもバツが悪そうにしている。俺も混乱してて、うまく状況が理解出来ていないが、俺の事を考えて行動してくれたのだろう。ありがとな、陸哉。


「それに皆は重大な勘違いをしてる。とても、とても大きな勘違いだ。優人の初めてのパンチラを見たのは俺だっ!!!!」

「もう、お前黙れ」


 俺は無表情で静かに呟いた――。



 今後、あの話題を出した者は容赦なく先生による物理的制裁という事で話が落ち着いた後、ホームルームはようやく再開された。


「もうお前らには説明したとおりだ。今日から瑠璃原が女性として名前も変えて、クラスに復帰する事になった。変わらず接してやれとは言わない。女性となったからにはある程度の配慮は必要だからな。そこら辺のバランスはきちんと取れよ。瑠璃原は女子達の所に席用意したからそっちに移れ! 以上、ホームルーム終わり!」


 一方的にHRを終了させて教室から出ていく先生。何かもうちょっとフォローくださいよ!

 それにしても、このクラスの女子となんて挨拶ぐらいしかしたことないぞ……。難易度高いなぁ。ちらっとそちらに目を向けると、こちらを興味深そうに見ている子、不機嫌そうな表情で睨みつけてくる子、それとは正反対ににこにこと笑顔を浮かべている子の三人。

 明らかに一名、仲良く出来なそうなのがいるが、これから生活していく上で女性と接するという事は避けてはいられないだろうから、何とかコミュニケーションを取ってみるか!

 覚悟を決め、用意された席へと向かう。切れ長の目、肩まで伸びた艶やかな黒髪の美人。先ほどの不機嫌そうな女子、確か相葉さんだったかの隣を通ろうとした瞬間――。


「男から女に性転換とかきっもい。しかもぶっさいくだし。男子に持て囃されただけの勘違いブス。死ねば?」


 不意に掛けられる刃物のような言葉に思わず足が止まる。女になってから暴言なんて言われたこと無かったために驚いた。受け入れてくれない人もいるって事か……。何とか愛想笑いを形作りながら通り過ぎ、自分の席に着いてふうっと溜息一つ。


「あの、大丈夫ですか? もうご存知だと思いますが、籐咲栞奈と申します。仲良くしてくださいね? 後、凛花の事は気にしないでくださいませ」 

 隣の女子、ゆるくパーマの掛かった髪、特徴的な細目。おっとりとした印象を受ける。先ほど笑顔でこちらを見ていた子、藤咲さんがその特徴的な細目をさらに細め、心配そうにこちらを見ている。


「う、ぐ、あっと、よろしく! 藤咲さん。凛花って相葉さんの事?」

「そうですわ。男性が苦手のようで……。瑠璃原さんはもう女性だと言うのに……」

「うん、優奈は女の子。美少女は癒し。歓迎」


 俺の前の席である相葉さんの隣に座っている子が、ショートカットの髪を揺らしながら振り向き、眠そうな目をこちらに向けて、会話に参加してきた。興味深そうに俺を見てた子だな。


「えーと、片瀬さん?」

「うん、片瀬一佳。一佳でいい。私も優奈って呼ぶ」

「では、私も名前で栞奈とお呼びください! 優奈さん!」

「あーと、二人は大丈夫なのか? 俺は性別は変わったかも知れないけど、中身は男だぞ?」


 ある意味で相葉さんのような反応が正しいのかもしれない。女子と話せなくても、男友達がいるから大丈夫さ……。うん。

「全く問題ありません!」

「問題ない」


 なぜか力強く首を縦に振って頷く二人。


「そ、そう? えっと、それじゃ、改めてよろしくお願いします」

「はい! 美少女は正義です」

「うん。栞奈の言う通り」


 何この残念女子達……。二人とも見た目が良い分、この性格の残念さが勿体ない……。

 相葉さんには嫌われてしまったが、この二人とは友達になれそうだと僅かに安心していると、始業を告げるチャイムがなった――。


 久しぶりの授業に追いつくために必死でノートを取ったり、栞奈さんと一佳からの質問攻めに四苦八苦しながらも、何とか一日を終え、帰宅する事が出来た。自室に入り制服を脱いで、ジャージへ着替えると、ようやく人心地着いた。


「すっげー疲れた……。これから大丈夫なんだろうか。特に女子と馴染めるかってところ」


 思い出されるのは終始こちらを睨みつけてきた女子。相葉さんだ。今日、話した限りでは残りの二人とは何とかやっていけそうなんだが。コミュニケーションすら取れないと何も出来ないんだよな……。


「しっかし、面と向かって、気持ち悪いって言われたのは初めてだったな。なんだろう。思ったよりもダメージ大きいかも……。今になって落ち込んできた……。なーんてね! ナイナイ!」


 いや、全然、全く、これっぽちも、別に? 今までかわいいって言われてたから、自分でも結構イケてるとか思ってた訳じゃないよ? そんなの全然思ってないよ?


「全く気にしてない! 気にしてないけど、結希に電話しよっかな。傷ついてなんかないからな! キモいって言われた時に実は涙目になりかけたなんて事はないんだからな!」


 久しぶりに結希の声が聞きたいから電話するだけだ。うん。スマホを手に取り、無料通話アプリを起動し、結希のアイコンをタッチする。数コールもしない内に結希は電話に出た。


『もしもーし、優奈! 久しぶりだね! 声が聞けて嬉しいよ! 今日はどうしたの?』

「結希……。お、俺って、き、気持ち悪いかなああああああ?」

『え? えぇ?! い、いきなりどうしたの?! 何か涙声だし!』


 こうして、結希に今日あった一連の出来事を説明した後に、愚痴をこぼす俺であった。ごめん。やっぱり、深刻なダメージ受けてたみたい……。

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