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番外編 はじめてのお買いもの。

 少女マンガの面白さに目覚めた日じゃなくて、陸哉と再会した翌日。家にいても学校の事を考えて気が滅入るだけなので、今日は街へと繰り出そうと思う! 脱スカート、おいでませズボン作戦を行うのだ。

 部屋着のジャージを脱いで、昨日と同じお袋コーデに着替えた。準備オッケーだ。後はあれが必要だな。


「という事で、金ちょーだい」


 指で丸を作ってお袋に軍資金を要求する。自分の小遣いから出せ? 趣味以外にお金掛けたくないです。


「どういうことよ?」

「オレ、スカートヤダ! ズボンハク!」

「えー、いいじゃない。生足見せないよ。ハハ、スイショウスル、ナマアシ」

「何でだよ! 恥ずかしいからやだ!」


 本当に落ち着かないから嫌なんだよ。だって、下はすぐパンツなんだよ? なぜ、女はスカート穿けるの? ミニスカートとか信じられないんだが……。


「はぁ、分かったわ。よく考えたら、優奈がおしゃれに興味を持ったって事だもんね。特に止める必要はなかったわ」

「え? ま、まぁ、かわいい服着るのも悪くは無いと思うけどさ……」

「ただし! お母さんがお店を決めるわ! それ以外のお店で買うのは許さないからね!」

「えぇ、どんな所に行かせる気なんだ……。ユ○クロでいいじゃん」

「ダメよ。今後も買いに行くんだから、慣れときなさい。買ってきた服はチェックするから、誤魔化せないわよ」

「へいへい。分かったよ」


 お洒落な店に入るのは緊張するから嫌なんだよな……。だって、店の人ってすぐ話掛けて来るし、『良かったら試着してください』とか、『この服、僕も持ってるんですよ』とか、前者はともかく、後者の情報って聞いた所で、はぁそーなんですかって感じですよ。


 その後、お袋から軍資金を無事調達した俺は、指定された服屋へ向かっていた。柔らかく降り注ぐ日差しの中、ペタペタと慣れないパンプスに悪戦苦闘しながら歩く。それにしても、ショルダーバッグが肩に食い込む。運動靴? お袋に却下されました……。後、無駄にバッグ持たされました。これ、必要?


「ありえん。駅までの道がすごく遠く感じる……」


 目的地まで電車を利用するため、まずは自宅から最寄りの駅を目指す必要があるのだが、いつもよりも遠く感じます。帰りたくなってきたが、ここまで来て引き返すのも悔しいので、黙々と歩く事にした。


 歩くこと数十分。ようやく駅に到着した。休日という事もあり人通りは多い。それにしても、なぜかすごく見られている気がする。駅に来るまでにも擦れ違う人からじろじろ見られていた気がしたが、どうやら気のせいでは無かったらしい。


「何か俺に付いてるのか……? 俺が気付いてないだけで、来る途中で電信柱の上に止まってた鳥の糞が背中に付いてるとか?!」


 嫌な考えが頭を過ぎる。どうしても気になってしまい、勇気を出して道行く人に聞いてみる事にした。焦ってる時って普段やらないような行動するよね……。


「あの、すいません!」

「え、え、は、はい! な、何でしょう?」


 こちらに視線を向けていた人の良さそうなお兄さんに話し掛けたら、すげー動揺された。え、マジで糞付いてるの俺。


「いきなり変な事聞いて申し訳ないですが、自分にフ――、じゃない! 何か付いてないですか?」


 お兄さんの前でくるりと一回転をしておくのは忘れない。


「い、いえ、おかしなものは何も! その、敢えて言うなら、かわいらしい目と鼻と口が付いてます! なーんて!」

「え……?」


 自分で言っといて恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせるお兄さん。この人、いきなり何言ってんの? 思わず少し距離を取る。


「あ、あのこれも何かの縁ですし、一緒にお――」

「ありがとうございました! それでは!」


 どうやら問題ないみたいだし、さっさと行くか。何やら言い掛けていたお兄さんの言葉を遮り、さっさと改札へ向かった――。



 電車に揺られる事、十数分。繁華街へ到着した。どこも賑わっているが、やはり男性の姿が多い中、女性が集まる店があった。どうやら、ここが目的地らしい。

白を基調としたお洒落な外観の店であり、店頭にはコーディネートされたマネキンが展示されている。すごく、入りづらいです。


 その店の向かいのドラッグストアを意味もなく徘徊した後、ようやく店に入る決心が付いた俺はドラッグストアを出た勢いのまま、店内へ足を踏み入れた。


「いらっしゃいませー」


 絶対素の声はそんなじゃないだろと突っ込みたくなるような作り声をしているおしゃれな店員のお姉さんが俺を迎えた。目を合わせないようにしながら、目的のズボンを探す。

 ざっと店内を見渡すと、奥の方にスカートやズボンが置いてあるのを見つけた。こそこそと奥の方へ移動すると、目玉商品なのかマネキンが身に着けているブルーのジーパンが目に入った。


「お、これいいかも?」


 無難な感じで実に良い。ただ、ズボンは試着しないとサイズ分かんないよな……。残念ながら、この店は試着するのに店員に声を掛けないといけないようだ。自分から店員を呼ばないといけないパターンだと……。

大体これくらいかなというサイズのジーパンを手に握りしめながらどうしようかと悩んでいるとそんな俺の姿が目に入ったのか、店員さんが声を掛けてきた。


「それ、気になる感じですか? 私もそのデニム持ってるんですけど、何にでも合わせやすくて良い感じですよ!」


 決まり文句きたー! にっこりと笑みを浮かべて、商品の説明を始める店員さん。ジーパンじゃなくてデニムって言うんですね……。


「え、ひゃい! き、気になる感じです!」


 お、おお落ち着け。余りのアウェイ感に声が裏返る。


「あはっ! ひゃいってかわいい! お客様ならきっと似合いますよ! 良かったら試着されますか?」

「あ、お、お願いします」

「では、こちらへどうぞ」


 店員さんに案内され、試着室へとようやく辿り着いた。ユ○クロとかだったらこんなに苦労しないんだけどな……。

 着ていたロングスカートを脱いで持ってきたデニムへと着替える。うーん、少し大きかったかな? 手で押さえないとずれる……。いや、ベルトすれば大丈夫か? でも、女性ってベルトしてるイメージないな。うーん。


「お客様、どうですか?」


 扉がノックされ、店員さんから声を掛けられる。店員さんに聞いた方がいいかな?


「えっと、サイズがちょっと大きいみたいで……。ちょっと見て頂いていいですか?」

「分かりました。それじゃちょっと開けますね?」


 扉が開かれ、店員さんが俺の目の前に立つと、少しぼーとしたような顔でじっと見つめてくる。


「お客様。すっごく似合ってますよ! 思わずちょっと見惚れちゃいました! それじゃちょっとサイズ見させてくださいね!」


 そう言うと、店員さんがメジャーを手にして俺に近付き、目の前で膝立ちとなる。


「すいません、少し手を動かしていただいていいですか?」

「あ、すいません」


 店員さんに指示され、何も考えずにズボンを押さえていた手を離す俺。あれ、何か忘れてるような……。

 俺の手という枷を失ったデニムは重力に従い、太ももの位置まで落下した。結果、店員さんの目の前で露になる白の花レース。


「う、うひゃあ」

「も、申し訳ございません! あ、でもこの方が正確に測れるかも! すぐに測りますね!」


一気に熱が顔に集まる。驚きと恥ずかしさで何も考えらず、店員さんのなすがままの俺。


「はい! 終わりました! 一旦、失礼します! もうワンサイズ小さいの持ってきますね! 何か私まで緊張しちゃった。それにしても下着もかわいかったなぁ」


 店員さんは何か小さく呟きながら扉を閉めて出て行くと、俺の止まっていた時間が動き出した。


「俺のあほおおおぉぉぉ!!」


 がばっとそのままになっていたデニムを引き上げ、その場に頭を抱えてしゃがみ込むと店員さんが別の物を持ってくるまでの僅かな間、何でどうしてなぜ今日に限って持っている中で一番女っぽくてかわいい下着を選んでしまったのか等々を静かに叫んだ――。

 その後、同じ女性同士だから何も問題ない。いや、何も無かったと思う事にした俺は何とか気力を持ち直して、店員さんが持ってきてくれたワンサイズ小さいデニムを試着する。うん、今度は問題ないみたいだ。


「お客様。今度はどうですか?」

「あ、はい。良い感じです」

「うん、ぴったりですね。お客様、これ今のままだとちょっと普通過ぎません?」

「え、そう言われるとそうですね……」

「このままでも、もちろん良いんですけど、裾をちょっと折って巻き上げるとまた雰囲気が変わってかわいいですよ」


 店員さんがそう言って、俺の来ているデニムの裾を巻き上げると、確かに印象が変わった。


「あ、本当だ。さっきよりも良いかも……」

「でしょ? お客様は素材が良いんだからかわいくしないとダメですよ?」


 他にも何か色々とアドバイスを貰った後、無事に買い物を終わらせて家に帰る途中、手に持つ紙袋に視線を移す。思い出されるのは、試着の際のパ――、じゃなくて! 店員さんの言葉である。自分の気に入った服を着ると楽しくなるとの事。それは、うん、分かるかも。


 色々と恥ずかしかったけど、少しお洒落が楽しくなってきてしまった……。もう試着はしたくないけど……。

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