番外編*佳久也の走る理由
中学編(回想?)です
平和なある日の桃香と天都の会話である。
「そういえば、どうして鬼先輩が佳久也を追い回し始めたのか、覚えてますよね?」
「そこに佳久也くんがいたから……だったかな」
「いやいや、あたしが頼んだんですよ、最初は」
「そうだっけ?」
思い返す天都。そう言われれば、そうだったかもしれない。
◆
中学時代の鬼ヶ島天都と竹野佳久也の関係は上司と部下だった。具体的にいえば、生徒会長と書記であった。天都の人使いの荒さに嫌気が差した生徒会役員たち全員が辞めてしまったところに、ひょっこり顔を出した佳久也が捕まってしまったのである。
それはさておき、ある日校内一の問題児であった竹野桃香から、名前入りで生徒会意見箱に投書されていたので、珍しく思いつつ天都が開いて見ると、それはただの個人的な相談のための呼び出し状だった。
「体育館裏に来い、なんて物騒な響きだな……、なんで教室じゃ駄目なんだ?」
相談内容は弟佳久也の病弱さについて。確かに佳久也は体が弱い。月に何日か体調不良で欠席し、生徒会の仕事も休んでいる。しかし桃香は、投書したものを佳久也が見る可能性には思い至らなかったのだろうか?
気になる。佳久也も心配だが、その他諸々のことも気になる。
手紙に従って体育館裏に行ってみると、桃香の代わりに男子生徒が待っていた。
「先輩、ちょっと待っててください! これから桃香さん呼んで来るっす!」
どうやらパシリらしい。ばたばたと忙しなく駆けていく。
しばらく後、待ち人は来た。彼女の言うことには、
「佳久也がこれから高校に入っても、あの調子で休み続けたら、進級できないの! このままじゃ、いけないと思いません?」
「えーっと、要するに、何?」
「だから、あの子に運動させてください」
「なんでこの僕がそんな面倒なことをしなければならないわけ――」
満面の笑みで桃香が、ばきばきと指を鳴らす。有無を言わさぬ威圧感。
「とりあえず、走り込みから! ……やりますよね?」
そんなこんなで、天都が佳久也を走らせることが決定した。が、問題はその後だった。
◇
「待ってくれ、佳久也くん! 冗談だってば……」
「会長の変態!」
『佳久也くんって、可愛いね。このまま食べてしまいたい』
ただランニングさせるのもつまらないので、試しにそう言ってみたら、佳久也は涙ぐんで逃げた。
反応が面白くて、冗談のつもりで言ったのだが、何度かやっているうちに本気で警戒されてしまったようだ。ついに、生徒会室にも来なくなってしまった。
「……」
寂しいではないか。以前の生徒会員が次々辞めても平気だった天都が、意外と凹んだ。
ところが数日後、生徒会室に顔を出した佳久也は言った。
「ちょっと体調崩しちゃって休んでました」
「てっきり、僕を怖がって来なくなったのかと」
「だって、冗談なんですよね?」
「会いたかった……佳久也くん、君が好きだ」
天都はさらりと無意識のうちに、とんでもないことを口走っていた。
「へ!? 考え直してください!」
素っ頓狂な声を上げ、佳久也は泣きそうな顔をする。そんなところもまた可愛いらしい――じゃなくて。
「ちょっと待て、冗談じゃない!」
自分で自分に突っ込みを入れる天都。
「いくら佳久也くんが校内一可愛いと評判でも、一応男子だろう、一応!」
一応は、ね!
「大丈夫ですか、会長」
取り乱す天都を下から見上げ、佳久也が問う。天都は目を反らす。
「……いや、全然」
なんで女の子に生まれて来なかったんだ。絶対、姉弟共に性別間違えて生まれただろう。天都は困惑していた。
嘘から出たまこと、とはよく言ったものである。
以上、これは天都が吹っ切れて暴走し始める少し前の出来事……。