居眠り禁止
佳久也は眠れなかった。
額に濡れタオルを乗せられ、ついでに寝間着代わりに女装させられ、鬼ヶ島家の寝室で療養中である。
同じ室内のソファに、ゆったりと腰を下ろした天都が、微笑みを浮かべながらこちらを凝視している。
眠れるわけがない。
起きていたら、天都は佳久也を寝かしつけようと頑張ってしまうので、とりあえずおとなしくしている。だが、眠りに就いてしまったら、それはそれで危ない気がする。
こうなったら徹底的に根比べだ。
三十分ほど経って、先にうとうとし始めたのは天都だった。
「先輩……寝てます?」
返事はない。それを確認した佳久也は急に安心して、すとん、と眠りに落ちた。
目が覚めた。
最悪だ。
「――にぎゃっ!?」
視界いっぱいに天都の顔があるので、佳久也は思わず殴った。
「ぶべっ、な、何を」
「何って、正当防衛です! 先輩の変態ー!」
「誤解だ、佳久也くん。僕はまだ何もしちゃいない」
「まだ、って何かする気だったんですか!」
「いやその、アレだよ、えーとほら、あんまり無防備に寝てるものだから、当然キスくらいはしたかったさ!」
「…………」
弁明になっていない。
いや、もしかしてキスされた? どちらにしろ、変態は変態である。
「じゃあキスしないから、これ着けて見せて」
天都が突き出した手には、なぜか猫耳カチューシャが握られていた。
「嫌です」
「じゃあキスだね?」
なぜ交換条件なのだ。
猫耳にフリフリなんて、救えない組み合わせなのに。
押し問答の末、結局佳久也が猫耳を着けることになり、キスは免れたが恥ずかしい格好をさせられることとなった。
「先輩、そろそろ服を返してください」
「え?」
まだとぼける気か。
「寝たら大分良くなりましたから、もう帰ります」
佳久也はカチューシャを外す。
「ダメだよ、佳久也くん。僕が良いって言うまで服は返さないからね」
「…………じゃ、このまま帰ります」
どうせ田舎だし、大した人目もないだろう。永遠に帰れないよりはマシだ。
「また途中で具合悪くなったらどうするんだい。ここにずうぅーっといたほうが絶対に良いよ。なんなら一緒に住んでも良――」
「お世話になりました、さようなら」
佳久也は天都の主張を無視して立ち去った。